裏で国を支えていた令嬢「不純物だ」と追放されるも、強面辺境伯と共に辺境を改革する ~戻ってきてと嘆願されましたが、それに対する答えは……~、

水上

文字の大きさ
14 / 15

第14話:プロポーズ

しおりを挟む
 ヴォルフラム辺境伯領に戻った夜、領主館ではささやかな祝宴が開かれていた。
 王都での騒動の解決と、ルチアの帰還を祝う宴だ。

 広間には、ルチアが開発した圧力鍋で煮込まれた料理や、缶詰を使った彩り豊かな前菜が並び、使用人や家臣たちが笑顔でグラスを傾けている。

 その喧騒を少し離れ、ルチアは一人、館のバルコニーに出ていた。
 北の夜空は高く、澄んでいる。
 凍てつくような冷気の中で、満天の星が宝石箱をひっくり返したように輝いていた。

「……綺麗な結晶構造ですね」

 ルチアは眼鏡のブリッジを指で押し上げ、星空を見上げた。
 彼女の目には、星の並びが金属の結晶格子の配列のように見えていた。
 規則正しく、静謐で、永遠に変わらない美しさ。

「風邪を引くぞ」

 背後から、毛皮のコートが肩にかけられた。
 振り返ると、レオンハルトが立っていた。
 手には二つのグラスを持っている。
 湯気が立っているところを見ると、ホットワインのようだ。

「ありがとうございます、閣下」

「皆、お前を探していたぞ。主役がいなくなっては締まらん」

「ふふ、主役だなんて。私はただの裏方です」

「国を揺るがし、国王に頭を下げさせた裏方がいてたまるか」

 レオンハルトは苦笑し、隣に並んで手すりに寄りかかった。

 彼から手渡されたグラスを受け取る。
 温かいワインには、シナモンとスターアニスの香りが溶け込んでいた。
 一口飲むと、甘みとスパイスが体温を上げてくれる。

「……戻ってきて、よかったのでしょうか」

 ルチアはぽつりと零した。

「王宮に残れば、国の筆頭技術長官でした。名誉も、富も、研究設備も思いのまま。普通なら、そちらを選ぶのが合理的です」

「ああ。計算高いお前なら、そうするべきだったな」

「ですが……、計算が合わないのです」

 ルチアはグラスの中の赤い液体を見つめた。

「どれだけ条件を並べても、貴方がいない未来をシミュレーションすると、私の心拍数が低下し、ドーパミンの分泌量が激減するのです。どうしても機能不全を起こしてしまうのです」

「……ほう」

「だから、私は非合理を選びました。この辺境で、貴方にこき使われる道を選びました」

 ルチアが顔を上げて微笑むと、レオンハルトは気まずそうに視線を逸らし、ワインを煽った。
 耳が少し赤いのは、寒さのせいではないだろう。

 二人の間に、心地よい沈黙が流れる。
 星明かりの下、レオンハルトの横顔を見つめながら、ルチアは決意を固めた。
 王都での決別を経て、自分の中で明確になった感情がある。
 それを、きちんと言語化しなければならない。

「……閣下。金属の話をしても?」

「いつものことだ。聞こう」

 ルチアは空に向かって手を伸ばし、星を掴むような仕草をした。

「私と貴方は、本来混ざり合わない金属同士かもしれません。私は融通の利かない堅物のタングステンで、貴方は激しく燃え上がるマグネシウムのような……」

「随分と扱いにくい組み合わせだな」

「ええ。普通に混ぜれば分離するか、爆発します。……ですが」

 ルチアは言葉を切った。
 そして、勇気を振り絞ってレオンハルトの手の甲に、自分の手を重ねた。

「適切な温度管理と、信頼という触媒があれば……、私たちは、単独では決して出し得ない強度と靭性を持つ、最強の合金になれます」

 それは、彼女なりの精一杯の愛の告白だった。
 好きという曖昧な言葉ではなく、貴方と混ざり合い、新しい物質になりたいという、不可逆的な変化への渇望。

 レオンハルトは、重ねられたルチアの手を、大きな掌で反転させて包み込んだ。
 その手は熱く、力強かった。

「……ああ、そうだな」

 彼はルチアを真っ直ぐに見下ろした。
 その瞳には、星よりも強い光が宿っていた。

「俺からも、話をしていいか」

「はい」

「俺の人生は、ずっと栄養摂取のための作業だった。生きるために食い、強くなるために食う。そこに味や彩りは必要なかった」

 レオンハルトは、ルチアの指を一本一本、確かめるように握りしめた。

「だが、お前が来てから変わった。お前というスパイスがない人生なんぞ、もはや味のしないガムだ」

「味のしない……、ガム、ですか」

「ああ。噛んでも噛んでも何も感じない。ただ顎が疲れるだけの苦行だ。……俺はもう、食卓で向かい側に座っているのは、君でなければ満足できなくなった」

 レオンハルトは、ルチアを引き寄せ、その額に自分の額をコツンと合わせた。
 至近距離で、互いの吐息が混じり合う。

「ルチア・フォン・アイゼン。俺の残りの人生の、全ての食事に付き合え。……これは命令ではなく、懇願だ」

 それは、どんな詩的な言葉よりも、ルチアの胸に響くプロポーズだった。

 生活を共にするということ。
 命を分かち合うということ。
 地に足のついた、揺るがない約束。

「……謹んで、お受けいたします」

 ルチアの目から、一筋の涙がこぼれた。
 レオンハルトは優しくその涙を親指で拭うと、今度は額ではなく、唇に口づけを落とした。

 ワインの甘い味と、少しのスパイス。
 そして、何よりも温かい体温の味がした。

 夜空の下、二人の影が一つに重なる。

 かつて不純物として捨てられた令嬢と、周りから恐れられた辺境伯。
 不器用な二人が混ざり合い、世界で最も強固で、温かい合金が誕生した瞬間だった。

「……さて、戻るか。冷えてきた」

「はい。……あの、閣下」

「レオンでいい。……二人きりの時はな」

「! ……はい、レオン様」

 ルチアが赤くなりながら名前を呼ぶと、レオンハルトは満足げに笑った。
 繋いだ手は、館の中に戻るまで、一度も離れることはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『「君は飾りだ」と言われた公爵令嬢、契約通りに王太子を廃嫡へ導きました』

ふわふわ
恋愛
「君は優秀だが、王妃としては冷たい。正直に言えば――飾りとしては十分だった」 そう言って婚約者である王太子に公然と切り捨てられた、公爵令嬢アデルフィーナ。 さらに王太子は宣言する。 「王家は外部信用に頼らない」「王家が条文だ」と。 履行履歴も整えず、契約も軽視し、 新たな婚約者と共に“強い王家”を演出する王太子。 ――ですが。 契約は宣言では動きません。 信用は履歴の上にしか立ちません。 王命が止まり、出荷が止まり、資材が止まり、 やがて止まったのは王太子の未来でした。 自ら押した承認印が、 自らの継承権を奪うことになるとも知らずに。 公然侮辱から始まる、徹底的な強ザマァ。 救済なし。 やり直しなし。 契約通りに処理しただけですのに―― なぜか王太子が廃嫡されました。

追放された悪役令嬢、前世のスマホ知識で通信革命を起こしたら、王国に必須の存在になっていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢エリザは、婚約者の第二王子アルフォンスに身に覚えのない罪を着せられ、満座の中で婚約破棄と勘当を言い渡される。全てを奪われ、たった一人で追放されたのは、魔物が跋扈する寂れた辺境の地。 絶望の淵で、彼女の脳裏に蘇ったのは、現代日本で生きていた前世の記憶――人々がガラスの板で遠くの誰かと話す、魔法のような光景だった。 「これなら、私にも作れるかもしれない」 それは、この世界にはまだ存在しない「通信」という概念。魔石と魔術理論を応用し、彼女はたった一人で世界のあり方を変える事業を興すことを決意する。 頑固なドワーフ、陽気な情報屋、そして彼女の可能性を信じた若き辺境伯。新たな仲間と共に、エリザが作り上げた魔導通信端末『エル・ネット』は、辺境の地に革命をもたらし、やがてその評判は王都を、そして国全体を揺るがしていく。 一方、エリザを捨てた王子と異母妹は、彼女の輝かしい成功を耳にし、嫉妬と焦燥に駆られるが……時すでに遅し。 これは、偽りの断罪によって全てを失った令嬢が、その類まれなる知性と不屈の魂で自らの運命を切り拓き、やがて国を救う英雄、そして新時代の女王へと駆け上がっていく、痛快にして感動の逆転譚。

婚約破棄され森に捨てられました。探さないで下さい。

拓海のり
ファンタジー
属性魔法が使えず、役に立たない『自然魔法』だとバカにされていたステラは、婚約者の王太子から婚約破棄された。そして身に覚えのない罪で断罪され、修道院に行く途中で襲われる。他サイトにも投稿しています。

【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます

との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。 (さて、さっさと逃げ出すわよ) 公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。 リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。 どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。 結婚を申し込まれても・・ 「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」 「「はあ? そこ?」」 ーーーーーー 設定かなりゆるゆる? 第一章完結

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

「価値がない」と言われた私、隣国では国宝扱いです

ゆっこ
恋愛
「――リディア・フェンリル。お前との婚約は、今日をもって破棄する」  高らかに響いた声は、私の心を一瞬で凍らせた。  王城の大広間。煌びやかなシャンデリアの下で、私は静かに頭を垂れていた。  婚約者である王太子エドモンド殿下が、冷たい眼差しで私を見下ろしている。 「……理由を、お聞かせいただけますか」 「理由など、簡単なことだ。お前には“何の価値もない”からだ」

金喰い虫ですって!? 婚約破棄&追放された用済み聖女は、実は妖精の愛し子でした ~田舎に帰って妖精さんたちと幸せに暮らします~

アトハ
ファンタジー
「貴様はもう用済みだ。『聖女』などという迷信に踊らされて大損だった。どこへでも行くが良い」  突然の宣告で、国外追放。国のため、必死で毎日祈りを捧げたのに、その仕打ちはあんまりでではありませんか!  魔法技術が進んだ今、妖精への祈りという不確かな力を行使する聖女は国にとっての『金喰い虫』とのことですが。 「これから大災厄が来るのにね~」 「ばかな国だね~。自ら聖女様を手放そうなんて~」  妖精の声が聞こえる私は、知っています。  この国には、間もなく前代未聞の災厄が訪れるということを。  もう国のことなんて知りません。  追放したのはそっちです!  故郷に戻ってゆっくりさせてもらいますからね! ※ 他の小説サイト様にも投稿しています

悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした

ゆっこ
恋愛
 豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。  玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。  そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。  そう、これは断罪劇。 「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」  殿下が声を張り上げた。 「――処刑とする!」  広間がざわめいた。  けれど私は、ただ静かに微笑んだ。 (あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)

処理中です...