「地味な眼鏡女」と婚約破棄されましたが、この国は私の技術で保たれていたようです

水上

文字の大きさ
11 / 11

第11話:ガラスの役割と輝く宝石

しおりを挟む
 季節が巡り、辺境に遅い春が訪れました。

 かつては荒涼とした岩場だったオブシディアン辺境伯領は、今や大陸中から商人や技術者が集まるガラスの都として栄華を極めています。

 街並みはキラキラと輝いています。

 すべての家に断熱ガラスの窓が入り、夜にはガラス製の街灯が道を照らし、店先には色とりどりの工芸品や実用的なガラス容器が並ぶ。

 それは、王都が失ってしまった光と文明が、この地に再構築された姿でした。

 一方、王都からは寂しいニュースしか聞こえてきません。

 大火事と経済破綻の責任を問われ、王家は実権を議会に譲渡。
 殿下は廃嫡され、ミーナ様と散々にどこかの修道院へ送られたとか。

 彼らが軽視した技術と実務がなくなった王都は、辺境からの輸出品に頼らざるを得なくなっていました。

 さて、この日、私たちは領地の海岸線に建設された大灯台の最上階にいました。
 かつて王国の港で砕け散ったものよりも大きく、精密なフレネルレンズを、この辺境の海に設置したのです。

「……壮観だな」

 隣に立つギルバート様が、海風に髪をなびかせながら呟きました。

 彼の目には、私が作った正式な眼鏡――銀色のフレームに、彼の知的な顔立ちを引き立てる最高級のレンズが入ったもの――がかかっています。

「ええ。このレンズなら、この先の沖合まで光を届けられます。この海域の難所は全て安全航路に変わるでしょう」

「また、俺たちの領地が豊かになってしまうな」

 彼は冗談めかして言いましたが、その横顔は誇らしげでした。

 この数ヶ月で、彼は恐ろしい領主から、的確な判断と先進的な政策で領地を導く賢君へと評価を変えました。

 夕日が水平線に沈み、点灯の時刻が訪れました。
 カチリ、と技師がスイッチを入れると、巨大なレンズの中心にある光源が輝き始めました。

 複雑にカットされたプリズムが光を受け止め、屈折させ、一本の強烈な光の束となって、暗くなりかけた海を切り裂いていきます。

 その光は、王都のそれよりも遥かに強く、真っ直ぐでした。

「……リル」

 光を見つめていたギルバート様が、不意に私に向き直りました。

「俺はずっと、世界はぼんやりとしていて、敵意に満ちた暗い場所だと思っていた」

「……乱視と近視のせいですね」

「ああ。だが、お前が来てから、世界は驚くほど鮮やかで、美しい場所だと知った。……俺の人生に焦点を合わせてくれたのは、間違いなくお前だ」

 彼の真っ直ぐな言葉に、私は胸が詰まりました。

 私は、自分が華やかなヒロインのようだとは思ったことがありません。

 ドレスよりも作業着が似合う。
 宝石よりもレンズが好き。

 愛の言葉よりも数式の方が落ち着く。
 そんな地味で、可愛げのない女です。

 けれど、そんな私だからこそ、できることがあります。

 私は彼を見上げ、心の中に秘めていた想いを、静かに口にしました。

「……ギルバート様。私は、宝石のような華やかな物にはなれません」

 彼は黙って聞いています。

「でも、宝石を美しく見せるためのガラスケースでありたい。傷つかないように、曇らないように。そして、その透明なガラスの中に、一番大切な人を入れておきたいのです」

 それが、職人である私の、精一杯の愛の告白でした。

 主役じゃなくていい。
 誰かが輝くためのガラスでいい。

 そのガラスが世界一透明で強靭であれば、中にいる貴方は誰よりも輝けるはずだから。

 言い終えて、少し恥ずかしくなって視線を逸らそうとした時。
 ギルバート様の手が、私の頬を包み込みました。

 そして、優しいキスが、唇に触れました。

 長い、甘い口づけの後、彼は額を私の額に押し当てて囁きました。

「……お前自身の評価も悪くないが、俺は少し異なる評価をしている」

「はい?」

「俺にとっての世界の光は、お前というレンズを通して初めて美しく見えるんだ。ガラスケース? それも悪くはないが、お前こそが、俺の世界を照らすレンズであり、唯一無二の宝石だ」

 彼の言葉に、私の目の奥が熱くなりました。

 涙で視界が滲みます。
 これでは、せっかくの眼鏡の性能が台無しです。

「……泣くな。レンズが曇るぞ」

「……ふふ、そうですね。曇り止め加工を忘れていました」

 私たちは笑い合い、そしてもう一度、強く抱き締め合いました。
 
 灯台の光がぐるりと回り、私たち二人を照らします。
 その光の先には、どこまでも広がる海と、明るい未来が待っているはずです。
 
 かつて誰からも顧みられなかった透明なガラスは今、愛する人の隣で、どんな宝石よりも幸せに輝いています。
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

[完結]不実な婚約者に「あんたなんか大っ嫌いだわ」と叫んだら隣国の公爵令息に溺愛されました

masato
恋愛
アリーチェ・エストリアはエスト王国の筆頭伯爵家の嫡女である。 エストリア家は、建国に携わった五家の一つで、エストの名を冠する名家である。 エストの名を冠する五家は、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家に別れ、それぞれの爵位の家々を束ねる筆頭とされていた。 それ故に、エストの名を冠する五家は、爵位の壁を越える特別な家門とされていた。 エストリア家には姉妹しかおらず、長女であるアリーチェは幼い頃から跡取りとして厳しく教育を受けて来た。 妹のキャサリンは母似の器量良しで可愛がられていたにも関わらず。 そんな折、侯爵家の次男デヴィッドからの婿養子への打診が来る。 父はアリーチェではなくデヴィッドに爵位を継がせると言い出した。 釈然としないながらもデヴィッドに歩み寄ろうとするアリーチェだったが、デヴィッドの態度は最悪。 その内、デヴィッドとキャサリンの恋の噂が立ち始め、何故かアリーチェは2人の仲を邪魔する悪役にされていた。 学園内で嫌がらせを受ける日々の中、隣国からの留学生リディアムと出会った事で、 アリーチェは家と国を捨てて、隣国で新しい人生を送ることを決める。

「誰もお前なんか愛さない」と笑われたけど、隣国の王が即プロポーズしてきました

ゆっこ
恋愛
「アンナ・リヴィエール、貴様との婚約は、今日をもって破棄する!」  王城の大広間に響いた声を、私は冷静に見つめていた。  誰よりも愛していた婚約者、レオンハルト王太子が、冷たい笑みを浮かべて私を断罪する。 「お前は地味で、つまらなくて、礼儀ばかりの女だ。華もない。……誰もお前なんか愛さないさ」  笑い声が響く。  取り巻きの令嬢たちが、まるで待っていたかのように口元を隠して嘲笑した。  胸が痛んだ。  けれど涙は出なかった。もう、心が乾いていたからだ。

【完結】身代わりに病弱だった令嬢が隣国の冷酷王子と政略結婚したら、薬師の知識が役に立ちました。

朝日みらい
恋愛
リリスは内気な性格の貴族令嬢。幼い頃に患った大病の影響で、薬師顔負けの知識を持ち、自ら薬を調合する日々を送っている。家族の愛情を一身に受ける妹セシリアとは対照的に、彼女は控えめで存在感が薄い。 ある日、リリスは両親から突然「妹の代わりに隣国の王子と政略結婚をするように」と命じられる。結婚相手であるエドアルド王子は、かつて幼馴染でありながら、今では冷たく距離を置かれる存在。リリスは幼い頃から密かにエドアルドに憧れていたが、病弱だった過去もあって自分に自信が持てず、彼の真意がわからないまま結婚の日を迎えてしまい――

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

有賀冬馬
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。

母を亡くした公爵令嬢は、虐げられないが、今日も願いが叶わない

春風由実
恋愛
「何故お前が生きた?」 それは怪我をして長く眠っていたエルリカが、目覚めた直後に父親である公爵から掛けられた言葉だった。 「お前こそが、女神の元に行くべきだった!」 父親から強い口調で詰られたエルリカ。 普通の令嬢は、ここで泣くか、その後立ち直れなくなるという。 けれどエルリカは違った。 「あなたこそ、何をのうのうと元気にしているのですか?」 そうしてこの日父娘は、それぞれに絶縁を宣言した。 以来、母方の祖父母に引き取られ、侯爵領で過ごしてきたエルリカ。 ところが公爵は、いつまでもエルリカを除籍する手続きを実行しなかった。 おかげで名ばかりの公爵令嬢のまま、エルリカが王都へと戻る日がやって来てしまう──。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

処理中です...