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第3話:追撃の結果
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「では、基礎的な配合について伺います。石鹸基材である牛脂とパーム油のブレンド比率を教えてください。牛脂に含まれるステアリン酸と、パーム油のパルミチン酸のバランスによって、石鹸の硬度と溶解速度、泡立ちは劇的に変化します。貴女の魔法の石鹸の黄金比は?」
「うっ……!」
カレンの顔が真っ赤になる。
彼女が知っているのは、いい香りの油と、なんか白くなる粉を混ぜればいい、という程度のことなのだろう。
化学反応のプロセスなど、理解しているはずもない。
「ブレンド……、そんな難しい質問しないでよ! 私、みんなのために頑張っただけなのに! いじめないで!」
論理が破綻した瞬間、カレンは感情という安全地帯へ逃げ込んだ。
彼女はわっと泣き崩れ、ウィリアムの胸に顔を埋める。
それを見たウィリアムは、反射的に激昂した。
「貴様! カレンをいじめるなと言っているだろう! わけのわからない専門用語を並べ立てて、彼女を辱めるとは……、性格が悪いにも程があるぞ!」
ウィリアムの怒声が響く。
周囲の貴族たちも「そうだそうだ」「かわいそうに」と同調する。
だが、エレノアにとってその光景は、滑稽な喜劇にしか見えなかった。
彼らは理解していない。
科学とは、誰かの涙や感情論でねじ曲げられるものではないということを。
エレノアは深く、失望のため息をついた。
もはや、怒りすら湧かない。
ただ、目の前の元婚約者が、ここまで愚かであったという事実確認が完了しただけだ。
「……殿下」
「なんだ! 言い訳など聞かんぞ!」
エレノアは背筋を伸ばし、凛とした声で告げた。
「言い訳など致しません。ただ、一つだけ申し上げます」
彼女は会場全体を見渡すように視線を巡らせ、最後にウィリアムの瞳を射抜いた。
「上に立つ者にとって、無知は愛嬌ではなく罪です。知らなかったで済むのは、守られる立場の子供だけですわ」
「なっ……!?」
「私の質問に一つも答えられない著者の論文など、紙屑同然です。そんな不完全な知識で何ができるのか、高みの見物をさせていただきます」
エレノアは優雅にカーテシーをした。
それは完璧な角度と所作だったが、込められた意味は決別だ。
「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。これほど知性の欠如した……、失礼、論理的思考が不一致な方と生涯を共にするのは、私にとっても甚大なリスクですから」
「き、貴様ぁ……!」
顔を朱に染めてわなわなと震えるウィリアムと、訳もわからず泣き真似を続けるカレン。
その二人を背に、エレノアは踵を返した。
未練は、1ミリグラムもなかった。
むしろ、肩の荷が下りた清々しささえ感じていた。
これで、あんな非生産的なお茶会や、中身のない夜会に出なくて済む。
浮いた時間はすべて、愛しいビーカーとフラスコ、そして研究に費やせるのだ。
ざわめく大広間を、エレノアは一度も振り返ることなく歩き去る。
その背中は、孤独ではあったが、誰よりも気高く、美しかった。
――そして、そんな彼女の姿を、会場の隅からじっと見つめる鋭い金色の瞳があったことに、エレノアはまだ気づいていなかった。
「うっ……!」
カレンの顔が真っ赤になる。
彼女が知っているのは、いい香りの油と、なんか白くなる粉を混ぜればいい、という程度のことなのだろう。
化学反応のプロセスなど、理解しているはずもない。
「ブレンド……、そんな難しい質問しないでよ! 私、みんなのために頑張っただけなのに! いじめないで!」
論理が破綻した瞬間、カレンは感情という安全地帯へ逃げ込んだ。
彼女はわっと泣き崩れ、ウィリアムの胸に顔を埋める。
それを見たウィリアムは、反射的に激昂した。
「貴様! カレンをいじめるなと言っているだろう! わけのわからない専門用語を並べ立てて、彼女を辱めるとは……、性格が悪いにも程があるぞ!」
ウィリアムの怒声が響く。
周囲の貴族たちも「そうだそうだ」「かわいそうに」と同調する。
だが、エレノアにとってその光景は、滑稽な喜劇にしか見えなかった。
彼らは理解していない。
科学とは、誰かの涙や感情論でねじ曲げられるものではないということを。
エレノアは深く、失望のため息をついた。
もはや、怒りすら湧かない。
ただ、目の前の元婚約者が、ここまで愚かであったという事実確認が完了しただけだ。
「……殿下」
「なんだ! 言い訳など聞かんぞ!」
エレノアは背筋を伸ばし、凛とした声で告げた。
「言い訳など致しません。ただ、一つだけ申し上げます」
彼女は会場全体を見渡すように視線を巡らせ、最後にウィリアムの瞳を射抜いた。
「上に立つ者にとって、無知は愛嬌ではなく罪です。知らなかったで済むのは、守られる立場の子供だけですわ」
「なっ……!?」
「私の質問に一つも答えられない著者の論文など、紙屑同然です。そんな不完全な知識で何ができるのか、高みの見物をさせていただきます」
エレノアは優雅にカーテシーをした。
それは完璧な角度と所作だったが、込められた意味は決別だ。
「婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。これほど知性の欠如した……、失礼、論理的思考が不一致な方と生涯を共にするのは、私にとっても甚大なリスクですから」
「き、貴様ぁ……!」
顔を朱に染めてわなわなと震えるウィリアムと、訳もわからず泣き真似を続けるカレン。
その二人を背に、エレノアは踵を返した。
未練は、1ミリグラムもなかった。
むしろ、肩の荷が下りた清々しささえ感じていた。
これで、あんな非生産的なお茶会や、中身のない夜会に出なくて済む。
浮いた時間はすべて、愛しいビーカーとフラスコ、そして研究に費やせるのだ。
ざわめく大広間を、エレノアは一度も振り返ることなく歩き去る。
その背中は、孤独ではあったが、誰よりも気高く、美しかった。
――そして、そんな彼女の姿を、会場の隅からじっと見つめる鋭い金色の瞳があったことに、エレノアはまだ気づいていなかった。
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