断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第17話:理不尽な教育とダブルバインド

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 放課後。
 リリアは生徒会室に呼び出されていた。

 重厚なマホガニーの机の向こうに座っているのは、生徒会長のエドワードだ。
 彼はジェラルド王子の側近であり、イザベラの熱烈な信奉者でもあった。

「リリア・アシュベリー。君は最近、学園の風紀を乱しているようだな」

 エドワードは眼鏡を光らせ、書類の束を机に叩きつけた。

「イザベラ様から苦情が来ている。君が『私の指示を聞かない』『勝手な行動ばかりする』とな。そこで今日は、生徒会として君に雑用……、いや、奉仕活動を命じることにした」

 彼はうず高く積まれた資料の山を指差した。

「この資料の整理を今日中に終わらせろ。ただし、私の指示通りに完璧に分類しろよ。勝手な判断は一切許さん。一挙手一投足、許可を得てから動くことだ」

「は、はい。わかりました」

 リリアは頷き、作業に取り掛かろうとした。
 まずは分類方法を聞かなければならない。

「あの、会長。この書類は年度別に分ければよろしいでしょうか?」

「いちいち聞くな!」

 突然、エドワードが怒鳴った。

「そんなことぐらい自分で考えろ! 君には応用力というものがないのか? 指示待ち人間め!」

「えっ……? で、でも、勝手な判断はするなと……」

「口答えするな! 自分で考えて動けと言っているんだ!」

 リリアは萎縮した。
 言われた通り、自分で考えて年代別に分け始める。
 すると数分後、エドワードが飛んできて書類を払い落とした。

「誰が勝手に年代順にしろと言った! 重要度順だと言わなくてもわかるだろう! 勝手なことをするな!」

「あ……、ご、ごめんなさい……」

 ――指示を仰げば「自分で考えろ」と怒られる。
 ――自分で考えれば「勝手なことをするな」と怒られる。

 どうすればいいのかわからない。

 リリアの手が止まる。
 思考が真っ白になり、動悸が激しくなる。
 何かをしなければ叱られる。
 でも、何をしても叱られる。

「なんだ、その手は。サボっているのか? これだから平民の血は……」

 エドワードの冷たい視線が突き刺さる。
 リリアは呼吸が浅くなり、立っていることさえ辛くなってきた。
 逃げ場のない檻に閉じ込められたような閉塞感。

 その時、生徒会室のドアが破壊音と共に蹴り開けられた。

「――やはりここか。私の検体が見当たらないと思えば」

 アルヴィスが、不機嫌そうな顔で入ってきた。
 彼は蒼白な顔で震えているリリアを見るなり、瞬時に状況を理解し、エドワードを睨みつけた。

「辺境伯……、部外者の立ち入りは禁止ですが」

「黙れ。不快なノイズだ」

 アルヴィスはエドワードの机に歩み寄り、両手をついて威圧した。

「エドワード。君が今リリアに対して行っているのは、指導ではない。動物行動学における転嫁行動、いわゆる八つ当たりだ」

「な、何を……」

「君はイザベラや王子からのプレッシャーでストレスを感じているな? 自分より強い相手には逆らえないから、自分より弱いリリアを攻撃することでストレスを発散している。……猿山でボスに殴られた猿が、部下を殴るのと同じ構図だ。浅ましい」

「ぶ、無礼な! 私は彼女を教育しているんだ!」

「教育? 笑わせるな」

 アルヴィスはリリアの肩を抱き寄せ、彼女の震えを鎮めるように背中をさすった。

「君が彼女に与えているのは、ダブルバインド(二重拘束)という、最も悪質な精神攻撃だ」

「だぶる……、ばいんど?」

「『命令に従え』と『自分で考えろ』という、相互に矛盾する二つの命令を同時に与え、かつ逃げ場がない状況を作る。これを繰り返されると、人間の脳はどちらを選択しても罰せられるため、処理不能に陥る」

 アルヴィスの声の温度が、氷点下まで下がった。

「かつて提唱された理論だ。親が子にこれを行うと、子供は統合失調症に似た精神症状を発症し、思考停止に陥る。君がやっているのは教育ではない。精神破壊という名の拷問だ」

「ご、拷問だと……!? 人聞きの悪い!」

「事実だ。見ろ、リリアの瞳孔が開いている。過度なストレスで解離症状を起こしかけているぞ」

 アルヴィスはエドワードの目の前に指を突きつけた。

「論理学的にも、君の命令は排中律を無視している。『Aをせよ』かつ『Aをするな』という命令は、論理空間上に解が存在しない。実行不可能なプログラムを入力されたら、ロボットでも壊れる。君はバグだらけの無能な司令官だ」

「う……、ぐぬぬ……!」

 エドワードは顔を赤くして反論しようとしたが、論理の怪物の前では言葉が出ない。

「今後、リリアに対する生徒会の指揮権を剥奪する。彼女のメンタルヘルスを損なう環境は、私の管理下において排除されるべきだ」

 アルヴィスはリリアの手を引いた。

「行くぞ、リリア。こんな論理破綻した空間にいたら、君の脳細胞が死滅してしまう」 

「は、はい……、アルヴィス様……」

 リリアはよろめきながらも、彼に寄り添った。
 廊下に出て、少し離れた場所でアルヴィスは立ち止まった。

「……怖かったか?」

「はい。……どうしていいか、わからなくて……、私が駄目な人間だから怒られるんだと思っていました」

 リリアが俯くと、アルヴィスは彼女の頭を優しく撫でた。

「君は駄目ではない。相手の命令が腐っていただけだ。自分を責めるな」

 そして、彼はリリアの目を見つめて、真剣な表情で告げた。

「リリア。私からの命令は常に一つだ」

「え?」

「私のそばで、心身ともに健康でいろ。……これだけだ。矛盾はないな?」

 シンプルで、逃げ場のない、けれど温かい拘束。
 リリアの目から涙がこぼれた。

「……はい。その命令なら、喜んで従います」

 ダブルバインドの呪縛は解かれた。
 アルヴィスという絶対的な基準が、リリアの心を再び自由にしてくれたのだった。
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