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第16話:循環する悪意
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ストーカー騒ぎが自作自演だと暴かれた翌日。
イザベラはまだ諦めていなかった。
昼休みの中庭、噴水の周りに数人の生徒を集め、涙ながらに訴えていたのだ。
「いいえ、違うのです! 辺境伯様はああ仰いましたけれど、私の恐怖は本物ですわ! 夜も眠れず、食事も喉を通らない……。私がこれほど怯えていることこそが、リリアが邪悪な魔女である何よりの証拠なのです!」
彼女の主張は、もはや悲鳴に近かった。
周囲の生徒たちは困惑している。
「自作自演だったんじゃないの?」
「でも、あんなに青い顔をして……、本当に怖いのかも」
と、判断に迷う空気が漂う。
そこへ、リリアとアルヴィスが通りかかった。
イザベラはリリアを見つけるなり、ヒッと息を飲み、大げさに身をすくませた。
「ほら見て! 彼女を見ただけで私の手が震えているわ! これが証拠よ! 彼女は恐ろしい存在に違いないの!」
リリアは悲しげに眉を寄せた。
「イザベラ様……、私は貴女に何もしていません。どうしてそこまで……」
「黙って! 貴女が怖いのよ! 私が怖いと感じるのだから、貴女は怖いに決まっているでしょう!?」
イザベラが叫ぶ。
その時、アルヴィスが静かに噴水の縁に足をかけた。
「……やれやれ。壊れたレコードのように同じ思考回路を回っているな」
彼は冷徹な瞳でイザベラを見下ろした。
「イザベラ。君の今の主張は、論理学において最も初歩的な誤謬、循環論法だ」
「じゅん、かん……?」
「君はこう言った。『私が怖いと感じるから、彼女は怖い存在だ』と。そして『彼女は怖い存在だから、私は怖いのだ』と」
アルヴィスは空中に指で円を描いた。
「AだからBである。その根拠としてBだからAである、と言っているに過ぎない。前提(私が怖い)と結論(彼女は怖い)が同じ意味でループしているだけで、そこには客観的な根拠が一つも存在しない」
彼は一歩踏み出し、冷たく言い放つ。
「例えるなら、『この本は正しい。なぜなら本に正しいと書いてあるからだ』と言っているのと同じだ。そんなものは証明とは呼ばない。ただの信仰、あるいは妄想だ」
「っ……! で、でも、私のこの震えは!? この涙は嘘じゃないわ!」
イザベラが震える手を突き出す。
アルヴィスは鼻で笑った。
「その震えは、君の内部で発生した生理現象に過ぎない。原因はリリアではなく、君自身の罪悪感や発覚への恐怖、あるいは単なる低血糖かもしれない。君の感情(主観)は、リリアが有罪であるという証拠(客観)にはなり得ない」
アルヴィスは、イザベラの周りにいた生徒たちに向き直った。
「諸君。彼女は今、『私がそう思うからそうだ』と駄々をこねている幼児と同じレベルの主張をしている。感情の強さと、事実の真偽は無関係だ。泣き叫べば嘘が真実になるなら、この世に裁判所はいらない」
生徒たちはハッとしたように顔を見合わせた。
「確かに……」
「証拠は何もないよな」
と、イザベラから距離を取り始める。
孤立したイザベラは、わなわなと唇を震わせた。
「う、ううっ……理屈なんてどうでもいいのよ! とにかく嫌なの! 彼女が私の視界に入ること自体が、生理的に無理なのよ!」
ついに論理を放棄し、感情論を爆発させるイザベラ。
それを見たアルヴィスは、ふっと表情を緩めた。
「そうか。生理的に無理か」
彼はくるりとリリアに向き直ると、いきなり彼女の両頬を両手で包み込んだ。
「あ、アルヴィス様……?」
「リリア。君はどうだ? 私に対して生理的な嫌悪感はあるか?」
「えっ!? い、いえ、そんな……、あるわけありません! アルヴィス様の手は温かくて、安心しますし……、その、お慕いしております……」
リリアが顔を真っ赤にして答えると、アルヴィスは満足げに頷いた。
「聞いたか、イザベラ。これが客観的事実だ」
彼はリリアを愛おしそうに見つめながら、イザベラに背を向けた。
「君がどう感じようと、私の観測範囲においてリリアは愛すべき対象であり、無害で善良な存在だ。君一人の歪んだ感情で、彼女の価値はいささかも揺らがない」
そして、呆然とするイザベラに言い捨てた。
「君の世界では彼女は悪魔かもしれないが、残念ながらこの世界は君の脳内で完結していない。……君の主観など、私の溺愛の前ではチリに等しい」
アルヴィスはリリアの肩を抱き、中庭を後にした。
残されたイザベラは、自分の感情論が溺愛という圧倒的な肯定感の前に無力化されたことを悟り、悔しさにハンカチを噛み締めるしかなかった。
論理の迷路で自滅した令嬢。
その姿は、あまりにも滑稽で、哀れだった。
イザベラはまだ諦めていなかった。
昼休みの中庭、噴水の周りに数人の生徒を集め、涙ながらに訴えていたのだ。
「いいえ、違うのです! 辺境伯様はああ仰いましたけれど、私の恐怖は本物ですわ! 夜も眠れず、食事も喉を通らない……。私がこれほど怯えていることこそが、リリアが邪悪な魔女である何よりの証拠なのです!」
彼女の主張は、もはや悲鳴に近かった。
周囲の生徒たちは困惑している。
「自作自演だったんじゃないの?」
「でも、あんなに青い顔をして……、本当に怖いのかも」
と、判断に迷う空気が漂う。
そこへ、リリアとアルヴィスが通りかかった。
イザベラはリリアを見つけるなり、ヒッと息を飲み、大げさに身をすくませた。
「ほら見て! 彼女を見ただけで私の手が震えているわ! これが証拠よ! 彼女は恐ろしい存在に違いないの!」
リリアは悲しげに眉を寄せた。
「イザベラ様……、私は貴女に何もしていません。どうしてそこまで……」
「黙って! 貴女が怖いのよ! 私が怖いと感じるのだから、貴女は怖いに決まっているでしょう!?」
イザベラが叫ぶ。
その時、アルヴィスが静かに噴水の縁に足をかけた。
「……やれやれ。壊れたレコードのように同じ思考回路を回っているな」
彼は冷徹な瞳でイザベラを見下ろした。
「イザベラ。君の今の主張は、論理学において最も初歩的な誤謬、循環論法だ」
「じゅん、かん……?」
「君はこう言った。『私が怖いと感じるから、彼女は怖い存在だ』と。そして『彼女は怖い存在だから、私は怖いのだ』と」
アルヴィスは空中に指で円を描いた。
「AだからBである。その根拠としてBだからAである、と言っているに過ぎない。前提(私が怖い)と結論(彼女は怖い)が同じ意味でループしているだけで、そこには客観的な根拠が一つも存在しない」
彼は一歩踏み出し、冷たく言い放つ。
「例えるなら、『この本は正しい。なぜなら本に正しいと書いてあるからだ』と言っているのと同じだ。そんなものは証明とは呼ばない。ただの信仰、あるいは妄想だ」
「っ……! で、でも、私のこの震えは!? この涙は嘘じゃないわ!」
イザベラが震える手を突き出す。
アルヴィスは鼻で笑った。
「その震えは、君の内部で発生した生理現象に過ぎない。原因はリリアではなく、君自身の罪悪感や発覚への恐怖、あるいは単なる低血糖かもしれない。君の感情(主観)は、リリアが有罪であるという証拠(客観)にはなり得ない」
アルヴィスは、イザベラの周りにいた生徒たちに向き直った。
「諸君。彼女は今、『私がそう思うからそうだ』と駄々をこねている幼児と同じレベルの主張をしている。感情の強さと、事実の真偽は無関係だ。泣き叫べば嘘が真実になるなら、この世に裁判所はいらない」
生徒たちはハッとしたように顔を見合わせた。
「確かに……」
「証拠は何もないよな」
と、イザベラから距離を取り始める。
孤立したイザベラは、わなわなと唇を震わせた。
「う、ううっ……理屈なんてどうでもいいのよ! とにかく嫌なの! 彼女が私の視界に入ること自体が、生理的に無理なのよ!」
ついに論理を放棄し、感情論を爆発させるイザベラ。
それを見たアルヴィスは、ふっと表情を緩めた。
「そうか。生理的に無理か」
彼はくるりとリリアに向き直ると、いきなり彼女の両頬を両手で包み込んだ。
「あ、アルヴィス様……?」
「リリア。君はどうだ? 私に対して生理的な嫌悪感はあるか?」
「えっ!? い、いえ、そんな……、あるわけありません! アルヴィス様の手は温かくて、安心しますし……、その、お慕いしております……」
リリアが顔を真っ赤にして答えると、アルヴィスは満足げに頷いた。
「聞いたか、イザベラ。これが客観的事実だ」
彼はリリアを愛おしそうに見つめながら、イザベラに背を向けた。
「君がどう感じようと、私の観測範囲においてリリアは愛すべき対象であり、無害で善良な存在だ。君一人の歪んだ感情で、彼女の価値はいささかも揺らがない」
そして、呆然とするイザベラに言い捨てた。
「君の世界では彼女は悪魔かもしれないが、残念ながらこの世界は君の脳内で完結していない。……君の主観など、私の溺愛の前ではチリに等しい」
アルヴィスはリリアの肩を抱き、中庭を後にした。
残されたイザベラは、自分の感情論が溺愛という圧倒的な肯定感の前に無力化されたことを悟り、悔しさにハンカチを噛み締めるしかなかった。
論理の迷路で自滅した令嬢。
その姿は、あまりにも滑稽で、哀れだった。
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