断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

文字の大きさ
19 / 50

第19話:幽霊騒動とパレイドリア効果

しおりを挟む
 深夜の女子寮に、鼓膜をつんざくような悲鳴が響き渡った。

「きゃああああ! で、出たぁーーっ!」

 静寂は一瞬にしてパニックへと変わった。
 リリアが廊下に出ると、パジャマ姿の令嬢たちが真っ青な顔で逃げ惑っていた。
 その中心に、勝ち誇ったような、それでいて恐怖に歪んだ顔をしたイザベラが立っていた。

「見たでしょう!? 今、リリアの部屋のドアに、女の怨霊が浮かび上がったのを!」

 イザベラは震える指で、リリアの部屋の扉を指差した。

「あれは彼女が呪いをかけたせいで呼び寄せた悪霊よ! ああ、怖い! 急に寒気がしてきたわ。気分が悪い……。これぞ呪いの証拠よ!」

 周囲の生徒たちも口々に騒ぎ出す。

「本当だ、あそこのシミ、人の顔に見える……!」

「私も吐き気がしてきた」

「リリア様の近くにいると呪われるんだわ!」

 恐怖は伝染病のように広がり、リリアは再び孤立した。

 (そんな……幽霊なんて……)

 リリア自身、オカルトは大の苦手だ。
 自分の背後に何かがいると言われ、恐怖で足がすくむ。

「出て行って! 呪われた女は寮から出て行って!」

 イザベラが叫ぶ。

 その時、廊下の窓がガタガタと鳴り、漆黒の影が舞い降りた。

「――非科学的な騒音で安眠が妨害された。賠償を請求する」

 窓から侵入してきたのは、なんとアルヴィスだった。
 女子寮の二階によじ登ってきたらしい。
 彼は悲鳴を上げる女子生徒たちを無視し、スタスタとリリアの元へ歩み寄った。

「あ、アルヴィス様!? ここは女子寮です!」

「緊急事態だ。君の脳が幽霊という非科学的な情報に汚染される前に、修正に来た」

 アルヴィスは懐中電灯(魔道具)を取り出し、イザベラが「幽霊だ」と騒いでいるドアを強烈な光で照らした。

「ひっ! ま、眩しい! でも消えないわよ! ほら、あそこに恨めしそうな女の顔が!」

 イザベラが指差す先には、確かに木目が複雑に絡まり合い、叫んでいる人の顔のように見える模様があった。

「ふん。……くだらん」

 アルヴィスは鼻で笑った。

「イザベラ。君が見ているそれは幽霊ではない。脳の錯覚、パレイドリア効果(シミュラクラ現象)だ」

「ぱれい……?」

「人間の脳は、ランダムな模様の中に知っているパターン(特に人の顔)を見つけ出そうとする本能的なプログラムが組み込まれている。壁のシミが顔に見えたり、月の模様がウサギに見えたりするのがそれだ」

 彼はドアの木目を指でなぞった。

「これは、進化の過程で草むらに隠れた敵(捕食者)をいち早く見つけるために過剰発達した防衛機能だ。敵じゃないものを敵と見間違える方が、敵を見逃して食われるより生存率が高かったからな。つまり君は、ただの木目の汚れを、原始的な脳の恐怖回路が勝手に幽霊だと誤認しているに過ぎない」

「で、でも! みんな気分が悪くなったのよ! 寒気もしたわ! これは霊障でしょう!?」

 イザベラが食い下がるが、アルヴィスは即答した。

「それは集団ヒステリー(心因性集団発生疾患)だ」

 彼は周囲の青ざめた生徒たちを見渡した。

「閉鎖的な環境で、一人が怖い、気分が悪いと強い情動を発信すると、周囲の人間の自律神経も共鳴し、同様の身体症状を引き起こす。君たちは呪われているのではない。イザベラという不安の病原菌に感染しただけだ」

 そして、アルヴィスはイザベラに詰め寄った。

「最後に、論理学の基本を教えてやろう。オッカムの剃刀だ」

「か、かみそり……?」

「ある事象を説明する際、必要以上に多くの仮定をしてはならないという原則だ」

 アルヴィスは指を二本立てた。

「仮説A:『死者の魂が現世に留まり、物理法則を無視して壁に顔を浮かび上がらせ、特定の人間にだけ寒気を感じさせている』。仮説B:『古い寮のドアにある汚れを夜中に見た君が勝手に怖がって騒いだため、周りもつられて怖がった』」

 彼は冷徹に断じた。

「どちらがよりシンプルで、合理的かな? 蹄が響く足音を聞いて『ユニコーンだ』と叫ぶのはファンタジーの中だけにしろ。現実ではそれは馬だ」

 ぐうの音も出ない正論。
 イザベラは顔を真っ赤にして、「だ、だって……、見えたんだもの……!」と呻くしかなかった。
 壁のシミは、光を当ててよく見れば、ただのコーヒーの染みのような汚れだったことが判明した。

「解決だな。さあ、解散しろ。明日の授業に支障が出る」

 アルヴィスが手を叩くと、生徒たちは憑き物が落ちたように、「なんだ、汚れか」「怖がって損した」と部屋へ戻っていった。

 廊下に残されたリリアは、へなへなと座り込んだ。

「よ、よかった……。お化けじゃなくて……」

「やれやれ。君まで非科学的な思考に陥るとは」

 アルヴィスは呆れつつも、リリアの手を引いて立たせた。

「……怖かったか?」

「はい。私、暗いのが苦手で……」

 リリアが正直に答えると、アルヴィスは少し思案し、自分のコートのボタンを外してリリアにかけた。

「なら、今夜は私の匂い(フェロモン)付きのコートを貸してやる。霊長類のオスとしてのマーキング効果により、他の悪いものは近寄らないはずだ」

「ふふ、魔除けですね」

「魔除けではない。生物学的な結界だ」

 真顔で言う彼がおかしくて、リリアの恐怖心は完全に消えていた。
 オカルトさえも論破するその知性は、どんな灯りよりもリリアの夜を明るく照らしてくれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

聖獣使い唯一の末裔である私は追放されたので、命の恩人の牧場に尽力します。~お願いですから帰ってきてください?はて?~

雪丸
恋愛
【あらすじ】 聖獣使い唯一の末裔としてキルベキア王国に従事していた主人公”アメリア・オルコット”は、聖獣に関する重大な事実を黙っていた裏切り者として国外追放と婚約破棄を言い渡された。 追放されたアメリアは、キルベキア王国と隣の大国ラルヴァクナ王国の間にある森を彷徨い、一度は死を覚悟した。 そんな中、ブランディという牧場経営者一家に拾われ、人の温かさに触れて、彼らのために尽力することを心の底から誓う。 「もう恋愛はいいや。私はブランディ牧場に骨を埋めるって決めたんだ。」 「羊もふもふ!猫吸いうはうは!楽しい!楽しい!」 「え?この国の王子なんて聞いてないです…。」 命の恩人の牧場に尽力すると決めた、アメリアの第二の人生の行く末はいかに? ◇◇◇ 小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 カクヨムにて先行公開中(敬称略)

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

処理中です...