断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

文字の大きさ
25 / 50

第25話:偽りの聖女と互恵的利他主義

しおりを挟む
 王都の新聞は、連日ある話題で持ちきりだった。

 『麗しのイザベラ嬢、貧民街の孤児院に多額の寄付!』

 『子供たちに笑顔を届ける真の聖女』

 精霊騒動での失態を挽回すべく、イザベラは慈善活動に力を入れ始めていたのだ。
 彼女が汚れた子供を抱きしめ、慈愛に満ちた(ように見える)笑顔を浮かべる写真は、多くの貴族たちの涙を誘っていた。

 そして今日、王家主催のチャリティー・オークション会場で、イザベラは主役の座にいた。

「まあ、リリアさん。貴女もいらしたの?」

 イザベラは純白のドレスに身を包み、まるで女神のような微笑みでリリアに歩み寄ってきた。
 その背後には、動員された新聞記者たちがカメラを構えている。

「わたくし、先ほども孤児院の子供たちにパンを配ってきましたの。あの子たちが『イザベラお姉様、ありがとう』と涙を流して感謝してくれて……、ああ、心が洗われるようですわ」

 イザベラは胸の前で手を組み、うっとりと陶酔した。

「それに比べてリリアさん、貴女は毎日、辺境伯様の屋敷でぬくぬくと過ごされているとか。社会への貢献もせず、自分の幸せだけを追い求めるなんて……、貴族としての責務を感じないのかしら?」

 周囲の貴族たちがヒソヒソと囁く。

「確かにイザベラ様の活動は立派だ」

「リリア嬢は自分のことばかりだな」

 善行という正義を盾に取られ、リリアは言葉に詰まった。

「私は……、できる範囲で……」

「口だけなら誰でも言えますわ! 実際に汗を流していない貴女に、私と対等に話す資格なんてなくてよ!」

 イザベラが勝ち誇ったように言い放つ。

 これは対人論証の一種だ。
 行動していないお前には発言権がない、と相手の属性を攻撃し、議論を封じる手口である。

 その時、アルヴィスが静かに割って入った。

「……汗を流す? 君がか?」

 彼はイザベラの純白のドレスを上から下まで眺めた。

「孤児院に行ってきた直後にしては、ドレスの裾に泥一つついていないな。それにその香水。嗅覚の鋭い子供たちには刺激が強すぎて、抱きしめれば不快感で泣き出すレベルだが」

「っ……! 着替えてきたに決まってるでしょう! 揚げ足を取らないで!」

 イザベラが睨みつけると、アルヴィスは冷ややかに鼻を鳴らした。

「イザベラ。君のその活動は、生物学的には善意でも愛でもない。典型的な互恵的利他主義だ」

「ごけい……?」

「吸血コウモリを知っているか? 彼らは血を吸えなかった仲間に、自分の血を吐き戻して分け与える。一見、感動的な自己犠牲に見えるが、これは次は自分が飢えた時に助けてもらうための投資行動だ。お返しをしない個体は、次から仲間外れにされる」

 アルヴィスは記者たちを顎でしゃくった。

「君の寄付や奉仕も同じだ。『子供たちのため』と言いながら、実際には名声や支持率という見返りを期待して行っている。君がやっているのは慈善ではなく、称賛を買うための商取引だ」

「な、なんて酷いことを……! 私は純粋に子供たちの笑顔が見たいだけで……!」

 イザベラが涙ぐむ演技をすると、アルヴィスはさらに冷徹に分析を続けた。

「ほう、純粋な動機か。ならばなぜ、君は孤児院の裏口で、院長に『私が来た時にだけ子供たちを集めて、感謝の言葉を言わせなさい』と指示していたんだ?」

「えっ……!?」

 イザベラの顔が凍りつく。アルヴィスは懐から一枚のメモを取り出した。

「私の情報網を甘く見るな。これは君が院長に渡した演出指示書の写しだ。『汚れた服を着せておくこと』『カメラの前で泣かせること』……随分と詳細な演技指導だな」

 会場がどよめく。
 記者たちがざわめきながらペンを走らせる。

「これは心身医学におけるマキャベリズムの傾向だ。他者を自分の目的のための道具として利用し、操作することに躊躇がない。君は子供たちを愛しているのではなく、子供たちに感謝される慈悲深い自分に酔い、ドーパミンを出したいだけの中毒者だ」

 アルヴィスは指示書をイザベラの足元に落とした。

「君のそれは聖女の慈悲ではない。弱者を食い物にする演出家の搾取だ」

「あ、あう……、違う、これは……!」

 イザベラは後ずさった。
 善行という最強の盾が、搾取の証拠によって粉々に砕かれたのだ。

 アルヴィスはリリアの肩を抱き寄せた。

「それに、リリアが何もしていないというのは誤りだ。彼女は私の研究を支え、間接的に領地の農業改革や新薬開発に貢献している。派手なパフォーマンスだけが社会貢献ではない」

「アルヴィス様……」

「行くぞ、リリア。偽善の悪臭で鼻が曲がりそうだ」

 二人が去った後、イザベラは記者たちに囲まれていた。

「演出とは本当ですか?」

「子供を利用したのですか?」

 という質問の嵐に、彼女は顔を覆って逃げ出すしかなかった。

 本当の善意とは、カメラの前で行うものではない。
 アルヴィスの論理は、見せかけの聖女の仮面を容赦なく剥ぎ取ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】追放された私、宮廷楽師になったら最強騎士に溺愛されました

er
恋愛
両親を亡くし、叔父に引き取られたクレアは、義妹ペトラに全てを奪われ虐げられていた。 宮廷楽師選考会への出場も拒まれ、老商人との結婚を強要される。 絶望の中、クレアは母から受け継いだ「音花の恵み」——音楽を物質化する力——を使い、家を飛び出す。 近衛騎士団隊長アーロンに助けられ、彼の助けもあり選考会に参加。首席合格を果たし、叔父と義妹を見返す。クレアは王室専属楽師として、アーロンと共に新たな人生を歩み始める。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

オッドアイの伯爵令嬢、姉の代わりに嫁ぐことになる~私の結婚相手は、青血閣下と言われている恐ろしい公爵様。でも実は、とっても優しいお方でした~

夏芽空
恋愛
両親から虐げられている伯爵令嬢のアリシア。 ある日、父から契約結婚をしろと言い渡される。 嫁ぎ先は、病死してしまった姉が嫁ぐ予定の公爵家だった。 早い話が、姉の代わりに嫁いでこい、とそういうことだ。 結婚相手のルシルは、人格に難があるともっぱらの噂。 他人に対してどこまでも厳しく、これまでに心を壊された人間が大勢いるとか。 赤い血が通っているとは思えない冷酷非道なその所業から、青血閣下、という悪名がついている。 そんな恐ろしい相手と契約結婚することになってしまったアリシア。 でも実際の彼は、聞いていた噂とは全然違う優しい人物だった。

婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします

たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。 荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。 「この猫に構うな。人間嫌いだから」 冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。 猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。

真面目くさった女はいらないと婚約破棄された伯爵令嬢ですが、王太子様に求婚されました。実はかわいい彼の溺愛っぷりに困っています

綾森れん
恋愛
「リラ・プリマヴェーラ、お前と交わした婚約を破棄させてもらう!」 公爵家主催の夜会にて、リラ・プリマヴェーラ伯爵令嬢はグイード・ブライデン公爵令息から言い渡された。 「お前のような真面目くさった女はいらない!」 ギャンブルに財産を賭ける婚約者の姿に公爵家の将来を憂いたリラは、彼をいさめたのだが逆恨みされて婚約破棄されてしまったのだ。 リラとグイードの婚約は政略結婚であり、そこに愛はなかった。リラは今でも7歳のころ茶会で出会ったアルベルト王子の優しさと可愛らしさを覚えていた。しかしアルベルト王子はそのすぐあとに、毒殺されてしまった。 夜会で恥をさらし、居場所を失った彼女を救ったのは、美しい青年歌手アルカンジェロだった。 心優しいアルカンジェロに惹かれていくリラだが、彼は高い声を保つため、少年時代に残酷な手術を受けた「カストラート(去勢歌手)」と呼ばれる存在。教会は、子孫を残せない彼らに結婚を禁じていた。 禁断の恋に悩むリラのもとへ、父親が新たな婚約話をもってくる。相手の男性は親子ほども歳の離れた下級貴族で子だくさん。数年前に妻を亡くし、後妻に入ってくれる女性を探しているという、悪い条件の相手だった。 望まぬ婚姻を強いられ未来に希望を持てなくなったリラは、アルカンジェロと二人、教会の勢力が及ばない国外へ逃げ出す計画を立てる。 仮面舞踏会の夜、二人の愛は通じ合い、結ばれる。だがアルカンジェロが自身の秘密を打ち明けた。彼の正体は歌手などではなく、十年前に毒殺されたはずのアルベルト王子その人だった。 しかし再び、王権転覆を狙う暗殺者が迫りくる。 これは、愛し合うリラとアルベルト王子が二人で幸せをつかむまでの物語である。

聖獣使い唯一の末裔である私は追放されたので、命の恩人の牧場に尽力します。~お願いですから帰ってきてください?はて?~

雪丸
恋愛
【あらすじ】 聖獣使い唯一の末裔としてキルベキア王国に従事していた主人公”アメリア・オルコット”は、聖獣に関する重大な事実を黙っていた裏切り者として国外追放と婚約破棄を言い渡された。 追放されたアメリアは、キルベキア王国と隣の大国ラルヴァクナ王国の間にある森を彷徨い、一度は死を覚悟した。 そんな中、ブランディという牧場経営者一家に拾われ、人の温かさに触れて、彼らのために尽力することを心の底から誓う。 「もう恋愛はいいや。私はブランディ牧場に骨を埋めるって決めたんだ。」 「羊もふもふ!猫吸いうはうは!楽しい!楽しい!」 「え?この国の王子なんて聞いてないです…。」 命の恩人の牧場に尽力すると決めた、アメリアの第二の人生の行く末はいかに? ◇◇◇ 小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 カクヨムにて先行公開中(敬称略)

【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン
恋愛
王太子から理不尽な婚約破棄を突きつけられた伯爵令嬢ルティア。聖女であるライバルの策略で「悪女」の烙印を押され、すべてを奪われた彼女が追放された先は荒れ果てた「廃墟の街」。人生のどん底――かと思いきや、ルティアは不敵に微笑んだ。 「問題が山積み? つまり、改善の余地(チャンス)しかありませんわ!」 彼女には前世で凄腕【経営コンサルタント】だった知識が眠っていた。 瓦礫を資材に変えてインフラ整備、ゴロツキたちを警備隊として雇用、嫌われ者のキノコや雑草(?)を名物料理「キノコスープ」や「うどん」に変えて大ヒット! 彼女の手腕によって、死んだ街は瞬く間に大陸随一の活気あふれる自由交易都市へと変貌を遂げる! その姿に、当初彼女を蔑んでいた冷酷伯爵シオンの心も次第に溶かされていき…。 一方、ルティアを追放した王国は経済が破綻し、崩壊寸前。焦った元婚約者の王太子がやってくるが、幸せな市民と最愛の伯爵に守られた彼女にもう死角なんてない――――。 知恵と才覚で運命を切り拓く、痛快逆転サクセス&シンデレラストーリー、ここに開幕!

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

処理中です...