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第37話:不幸な生い立ちと学習性無力感
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執事ガゼルの自白により、ワインセラーの奥から横領された金貨と食糧が発見された。
証拠の山を前に、イザベラは床にへたり込んでいた。
もはや言い逃れは不可能。
父であるローズ伯爵も、「汚らわしい」と娘を拒絶して以来、抜け殻のように椅子に座り込んでいる。
すべてが終わったかに見えた。
だが、イザベラは震える唇を開いた。
「……私のせいじゃない」
彼女はぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。
「私が悪いんじゃないわ……! こんな風に育ったのは、全部お父様のせいよ!」
イザベラは虚ろな目の父親を指差した。
「お父様は厳しかった。『ローズ家の娘として完璧であれ』『誰よりも美しくあれ』『一番になれ』って、毎日毎日プレッシャーをかけ続けてきた! 私は愛されたかっただけなのに、成績が下がれば無視され、失敗すれば罵られた!」
彼女は胸をかきむしり、悲劇のヒロインのように訴えた。
「私は操り人形だったのよ! 心が歪んでしまったのは、愛のない教育のせいだわ。私は被害者なの! だから……、だから今回ことだって、私の意志じゃない。歪んだ環境が生んだ悲劇なのよ!」
その涙は、見る者の良心を揺さぶる迫力があった。
虐待された子供という立場を利用し、罪を環境のせいに転嫁する。
リリアも一瞬、同情しそうになった。
「イザベラ様……、お辛い過去があったのですね……」
しかし、アルヴィスは冷徹に言い放った。
「――ほう。それで?」
彼はハンカチで手を拭きながら、冷ややかにイザベラを見下ろした。
「環境が悪かったから、犯罪を犯しても無罪だと? 君の主張は、心理学における学習性無力感を悪用した言い訳に過ぎない」
「がくしゅうせい……?」
「心理学者の有名な実験だ。逃げ場のない箱の中で、ショックを与え続けられた犬は、やがて抵抗を諦めてうずくまるようになる。その後、逃げ道を用意してやっても犬は、どうせ何をやっても無駄だと学習してしまっているため、逃げようとしなくなる」
アルヴィスはイザベラに一歩近づいた。
「君は言いたいのだろう。『私は父という檻の中でショックを受け続けた哀れな犬だ。だから性格が歪み、自分の意志で正しい道を選べなくなったのだ』と」
「そ、そうよ! 私は逆らえなかったの! だから仕方なかったのよ!」
「だが、君は犬ではない。人間だ」
アルヴィスの声が厳しく響く。
「人間には、過去の学習を上書きし、再学習する能力がある。檻の扉はもう開いているのに、君は『私は被害者だから動けない』とうずくまり、同情という餌を待っているだけだ。それは無力感ではない。無責任という甘えだ」
彼はさらに畳み掛ける。
「君の思考パターンは、外的統制型の極みだ。自分の人生の結果をすべて、親、環境、運のせいにしている。その思考法は、一時的に自尊心を守る鎮痛剤にはなるが、長期的には成長を阻害する精神の癌だ」
「なっ……、癌ですって!?」
「ああ。自分の行動に責任を持たない人間に、更生の余地はない。君は永遠に、可哀想な私という檻の中に引きこもり続けるつもりか?」
イザベラは言葉に詰まった。
アルヴィスはリリアの肩を引き寄せた。
「それに、環境のせいにするなら、リリアはどうなる?」
彼はリリアを指し示した。
「リリアは平民の血という理由だけで、実家から冷遇され、使用人同然の扱いを受けてきた。君よりも遥かに過酷な環境だ。だが、彼女は性格を歪ませて他人を攻撃したか? 不正に手を染めたか?」
リリアは静かに首を横に振った。
「……辛いことはたくさんありました。でも、誰かを傷つけていい理由にはなりません」
「その通りだ」
アルヴィスはイザベラにトドメを刺した。
「これは論理学における因果関係の過度な単純化だ。親が悪いから子が犯罪者になるというのは必然ではない。同じような環境でも、立派に生きている人間はごまんといる」
彼は冷酷に宣告した。
「過去は、君がなぜ歪んだかという動機の説明にはなる。だが、君が犯した罪を正当化する根拠には1ミリもならない。……大人になれ、イザベラ。自分で選んだ行動の責任は、自分で取るんだ」
「あ……、うう……」
イザベラは崩れ落ちた。
可哀想な私という最後の盾すらも、論理的に粉砕されたのだ。
彼女に残されたのは、被害者という仮面を剥がされた、ただの罪人としての自分だけだった。
「連れて行け」
アルヴィスの合図で、騎士たちがイザベラを立ち上がらせる。
彼女はもう抵抗しなかった。
ただ、絶望に沈んだ目で、自分を拒絶した父親と、かつて見下していたリリアを見つめることしかできなかった。
過去のトラウマは免罪符にはならない。
その厳しい現実を突きつけられ、イザベラの気力も尽きたように見えたが……。
証拠の山を前に、イザベラは床にへたり込んでいた。
もはや言い逃れは不可能。
父であるローズ伯爵も、「汚らわしい」と娘を拒絶して以来、抜け殻のように椅子に座り込んでいる。
すべてが終わったかに見えた。
だが、イザベラは震える唇を開いた。
「……私のせいじゃない」
彼女はぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。
「私が悪いんじゃないわ……! こんな風に育ったのは、全部お父様のせいよ!」
イザベラは虚ろな目の父親を指差した。
「お父様は厳しかった。『ローズ家の娘として完璧であれ』『誰よりも美しくあれ』『一番になれ』って、毎日毎日プレッシャーをかけ続けてきた! 私は愛されたかっただけなのに、成績が下がれば無視され、失敗すれば罵られた!」
彼女は胸をかきむしり、悲劇のヒロインのように訴えた。
「私は操り人形だったのよ! 心が歪んでしまったのは、愛のない教育のせいだわ。私は被害者なの! だから……、だから今回ことだって、私の意志じゃない。歪んだ環境が生んだ悲劇なのよ!」
その涙は、見る者の良心を揺さぶる迫力があった。
虐待された子供という立場を利用し、罪を環境のせいに転嫁する。
リリアも一瞬、同情しそうになった。
「イザベラ様……、お辛い過去があったのですね……」
しかし、アルヴィスは冷徹に言い放った。
「――ほう。それで?」
彼はハンカチで手を拭きながら、冷ややかにイザベラを見下ろした。
「環境が悪かったから、犯罪を犯しても無罪だと? 君の主張は、心理学における学習性無力感を悪用した言い訳に過ぎない」
「がくしゅうせい……?」
「心理学者の有名な実験だ。逃げ場のない箱の中で、ショックを与え続けられた犬は、やがて抵抗を諦めてうずくまるようになる。その後、逃げ道を用意してやっても犬は、どうせ何をやっても無駄だと学習してしまっているため、逃げようとしなくなる」
アルヴィスはイザベラに一歩近づいた。
「君は言いたいのだろう。『私は父という檻の中でショックを受け続けた哀れな犬だ。だから性格が歪み、自分の意志で正しい道を選べなくなったのだ』と」
「そ、そうよ! 私は逆らえなかったの! だから仕方なかったのよ!」
「だが、君は犬ではない。人間だ」
アルヴィスの声が厳しく響く。
「人間には、過去の学習を上書きし、再学習する能力がある。檻の扉はもう開いているのに、君は『私は被害者だから動けない』とうずくまり、同情という餌を待っているだけだ。それは無力感ではない。無責任という甘えだ」
彼はさらに畳み掛ける。
「君の思考パターンは、外的統制型の極みだ。自分の人生の結果をすべて、親、環境、運のせいにしている。その思考法は、一時的に自尊心を守る鎮痛剤にはなるが、長期的には成長を阻害する精神の癌だ」
「なっ……、癌ですって!?」
「ああ。自分の行動に責任を持たない人間に、更生の余地はない。君は永遠に、可哀想な私という檻の中に引きこもり続けるつもりか?」
イザベラは言葉に詰まった。
アルヴィスはリリアの肩を引き寄せた。
「それに、環境のせいにするなら、リリアはどうなる?」
彼はリリアを指し示した。
「リリアは平民の血という理由だけで、実家から冷遇され、使用人同然の扱いを受けてきた。君よりも遥かに過酷な環境だ。だが、彼女は性格を歪ませて他人を攻撃したか? 不正に手を染めたか?」
リリアは静かに首を横に振った。
「……辛いことはたくさんありました。でも、誰かを傷つけていい理由にはなりません」
「その通りだ」
アルヴィスはイザベラにトドメを刺した。
「これは論理学における因果関係の過度な単純化だ。親が悪いから子が犯罪者になるというのは必然ではない。同じような環境でも、立派に生きている人間はごまんといる」
彼は冷酷に宣告した。
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「あ……、うう……」
イザベラは崩れ落ちた。
可哀想な私という最後の盾すらも、論理的に粉砕されたのだ。
彼女に残されたのは、被害者という仮面を剥がされた、ただの罪人としての自分だけだった。
「連れて行け」
アルヴィスの合図で、騎士たちがイザベラを立ち上がらせる。
彼女はもう抵抗しなかった。
ただ、絶望に沈んだ目で、自分を拒絶した父親と、かつて見下していたリリアを見つめることしかできなかった。
過去のトラウマは免罪符にはならない。
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