断罪されていたはずなのですが、成り行きで辺境伯様に連れ去られた結果……。

水上

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第48話:最後の実験 ~愛の波形~

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 地下実験室は、怪しげな機械の駆動音で満たされていた。
 壁一面に設置された魔導計器。
 そこから伸びる無数のコードが、中央の椅子に座るアルヴィスの身体に繋がれている。

「……アルヴィス様。これ、本当にやるのですか?」

 リリアは引きつった笑顔で尋ねた。
 アルヴィスの姿は、まるでマッドサイエンティストの人体実験そのものだった。
 頭にはヘッドギア、胸には心拍センサー、指先には発汗検知器。

「当然だ。これが私の愛を客観的数値(エビデンス)として証明する唯一の手段だ」

 アルヴィスは真顔で頷いた。

「この装置は、私の脳波、心拍数、ホルモン分泌量、体温変化をリアルタイムで魔導紙に記録する。名付けて、ラブ・アナライザー試作一号機だ」

「……ネーミングセンスは論理的ではないですね」

 リリアがツッコミを入れると、アルヴィスは咳払いをした。

「まずはベースライン(平常時)を測定する。リリア、少し離れていてくれ」

 リリアが数歩下がると、アルヴィスは目を閉じ、深呼吸をした。

 記録用紙に走るペンが、規則正しい波線を描き始める。

「よし。これが私の平常運転だ。極めて冷静で、論理的な精神状態にある」

「はい。いつものアルヴィス様ですね」

「では、実験を開始する。……リリア、私の前に立ってくれ」

 言われた通り、リリアが彼の目の前に進み出る。
 距離にして約一メートル。

 突然、記録用紙のペンが激しく暴れ出した。
 波形が乱れ、針が振り切れる。

「うわっ!?」

「視覚的刺激(インプット)だけで、心拍数が20%上昇。ドーパミン分泌量が急増している」

 アルヴィスは冷静に数値を読み上げようとするが、その声は少し上擦っていた。

「くっ……、やはり君の視覚情報は劇薬だ。網膜に君が映るだけで、脳の報酬系が『もっと見ろ』と命令を出してくる」

「あ、あの……、ただ立っているだけですが」

「それが問題なのだ! 君がただ立っているだけで、私の平穏な日常(ベースライン)は崩壊する!」

 アルヴィスは額の汗を拭った。

「次は聴覚刺激だ。……リリア、何か喋ってくれ。できれば私の名前を」

「えっと……、アルヴィス様?」

 魔導計器が高い警告音を発した。
 ペンが紙を突き破りそうな勢いで動く。

「脳内麻薬(エンドルフィン)の分泌を確認! 君の声は鼓膜を振動させるだけでなく、大脳辺縁系を直接揺さぶっているようだ。……危険だ。このままでは思考回路がショートする」

「もうやめましょうか? アルヴィス様のお体が心配です」

「いいや、続行だ! ここからが本番だ!」

 アルヴィスはコードを引きずりながら、椅子から立ち上がった。
 そして、おぼつかない足取りでリリアに近づいた。

「最終フェーズ。……接触(タッチ)によるオキシトシン濃度の測定を行う」

「接触、ですか?」

「ああ。……抱きしめてくれ、リリア」

 彼は両手を広げた。
 顔は真っ赤で、目は泳いでいる。
 リリアはため息交じりに微笑み、そっと彼の胸に飛び込んだ。

 温かい体温が重なる。
 アルヴィスの腕が、リリアの背中に回される。

 その瞬間。
 先ほどまで暴れ回っていた機械の音が、フッ……、と静まり返った。

「えっ? 壊れちゃいましたか?」

「……いいや。見ろ」

 アルヴィスが指差した先。
 記録用紙のペンは、先ほどのギザギザした乱れとは違う、大きく、ゆったりとした、美しい曲線を描き始めていた。

 それはまるで、穏やかな大波のようなリズムだった。

「これが答えだ」

 アルヴィスは、リリアを抱きしめたまま、耳元で囁いた。

「ドキドキする興奮(ドーパミン)は一過性のものだ。だが、君と触れ合っている今、私の脳内には大量のオキシトシンが溢れている」

「オキシトシン……、幸せホルモン、ですよね」

「そうだ。このホルモンは、ストレスを消し去り、血圧を下げ、心に深い安らぎをもたらす。……見てわかる通り、君といる時の私は、一人でいる時よりも遥かに安定し、満たされている」

 彼はリリアの髪に顔を埋め、深く呼吸をした。

「君は、私にとっての精神安定剤(トランキライザー)であり、生きるための免疫力そのものだ。この波形こそが、私が君なしでは生きていけないという、科学的証明だ」

 リリアは記録用紙を見た。

 そこには、彼の心臓の鼓動と、心が感じている幸せが、美しい波となって刻まれている。
 どんな愛の詩よりも雄弁な、真実のデータ。

「……すごいです。私のハグひとつで、アルヴィス様をこんなに変えられるなんて」

「ああ。君は私の制御権を完全に掌握している」

 アルヴィスはリリアの体を離し、真っ直ぐに彼女を見つめた。

「実験終了だ。……結論は明白だな」

「はい。……貴方には私が必要だということが、よくわかりました」

 リリアが意地悪く笑うと、アルヴィスはふいと顔を背けた。

「……私の負けだ。論理で武装しても、君という存在には勝てない」

 機械仕掛けの愛の証明。
 それは不器用な彼が辿り着いた、世界でたった一つの好きの形だった。

 実験室の片隅で、役目を終えた機械が、最後の波形を描き終えて静かに停止した。
 そこには、二人が寄り添う未来を示すかのような、長く続く安定した線が残されていた。
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