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第49話:プロポーズと必要十分条件
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実験室の無機質な空気から一転、二人は屋敷の最上階にあるバルコニーに出ていた。
頭上には、息を飲むような満天の星空が広がっている。
辺境の澄んだ空気のおかげで、天の川の粒子までがはっきりと見える美しい夜だった。
「……綺麗な星空ですね」
リリアが手すりに寄りかかり、夜風に髪をなびかせた。
アルヴィスは隣に立ち、同じ空を見上げている。
「ああ。星々の運行は美しい。ケプラーの法則に従い、一分の狂いもなく周回している。そこには完璧な論理と秩序がある」
彼は少しの間、沈黙した。
そして、静かに視線をリリアへと移した。
「だが、今の私には、この宇宙の法則よりも君の方不可解で……、そして美しく見える」
「えっ……」
リリアが驚いて彼を見ると、アルヴィスは真剣な表情で語り始めた。
「リリア。私はこれまで、この世の全ては論理で説明できると信じてきた。感情などという不確定な要素は、判断を鈍らせるノイズだと」
彼は自分の胸に手を当てた。
「だが、君に出会って私の理論は崩壊した。君が笑うだけで、私の論理回路はショートする。君が泣くと、正解のない迷路に迷い込む。君という存在は、私の完璧だった世界に生じた、予測不可能なバグだ」
「バグ……、ですか?」
「ああ。致命的なバグだ」
アルヴィスは苦笑した。
「だが、このバグを取り除こうとすると、システム全体――つまり私の人生そのものが機能停止してしまうことが、先日の体調不良で証明された」
彼はリリアに向き直り、その手を取った。
白く長い指が、微かに震えている。
「そこで私は、論理学における必要十分条件について再考した」
「再考、ですか?」
「私が事件を解決し、学者として生きるために、論理的思考は必要条件だ。これがないと私は私でいられない」
アルヴィスは、リリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だが、それだけでは幸せにはなれない。私が人間として幸福を感じ、満たされた生涯を送るためには……、論理だけでは足りないのだ」
彼はリリアの手を強く握りしめた。
「君だ、リリア。君という温かくて、非論理的で、愛おしい存在があって初めて、私の世界は完全になる。君こそが、私が幸福になるための十分条件なんだ」
リリアの胸が震えた。
必要条件と十分条件。
かつて教室で習った無味乾燥な数式用語が、これほど熱烈な愛の言葉に聞こえるなんて。
アルヴィスは懐から、小さな箱を取り出した。
パカッ、と蓋が開く。
中には、星空をそのまま閉じ込めたような、深く青い宝石の指輪が輝いていた。
「……サファイアだ。モース硬度9。ダイヤモンドに次ぐ硬さを持ち、永遠に傷つくことのない結晶構造をしている」
彼は震える手で、その指輪をリリアの左手の薬指に差し出した。
「リリア・アシュベリー。この説明不可能なバグを、私は愛と定義することにした。……どうか、私の妻になってくれないか?」
直球の言葉。
飾り気のない、けれど彼なりの全精力を注ぎ込んだプロポーズ。
リリアの目から、大粒の涙が溢れ出した。
今度は悲しみでも、悔しさでもない。喜びだけの涙。
「……はい。喜んで」
リリアは指輪を受け入れると、泣き笑いのような表情で彼を見上げた。
「私、計算も苦手ですし、論理的でもありません。これからも貴方を困らせるバグであり続けると思います。それでも、いいですか?」
「望むところだ。君という難問を解き明かすのに、一生をかける価値はある」
アルヴィスはリリアの腰を引き寄せ、月明かりの下で口付けた。
星々が見守る中、二人の影が一つになる。
「……リリア。心拍数が上昇しているぞ」
「アルヴィス様こそ。耳が真っ赤です」
「……夜風のせいだ」
下手な嘘をついて、彼はもう一度、深くリリアを抱きしめた。
論理と感情。
氷と炎。
正反対だった二つの魂は、今ここに、完全な方程式として結ばれたのだった。
頭上には、息を飲むような満天の星空が広がっている。
辺境の澄んだ空気のおかげで、天の川の粒子までがはっきりと見える美しい夜だった。
「……綺麗な星空ですね」
リリアが手すりに寄りかかり、夜風に髪をなびかせた。
アルヴィスは隣に立ち、同じ空を見上げている。
「ああ。星々の運行は美しい。ケプラーの法則に従い、一分の狂いもなく周回している。そこには完璧な論理と秩序がある」
彼は少しの間、沈黙した。
そして、静かに視線をリリアへと移した。
「だが、今の私には、この宇宙の法則よりも君の方不可解で……、そして美しく見える」
「えっ……」
リリアが驚いて彼を見ると、アルヴィスは真剣な表情で語り始めた。
「リリア。私はこれまで、この世の全ては論理で説明できると信じてきた。感情などという不確定な要素は、判断を鈍らせるノイズだと」
彼は自分の胸に手を当てた。
「だが、君に出会って私の理論は崩壊した。君が笑うだけで、私の論理回路はショートする。君が泣くと、正解のない迷路に迷い込む。君という存在は、私の完璧だった世界に生じた、予測不可能なバグだ」
「バグ……、ですか?」
「ああ。致命的なバグだ」
アルヴィスは苦笑した。
「だが、このバグを取り除こうとすると、システム全体――つまり私の人生そのものが機能停止してしまうことが、先日の体調不良で証明された」
彼はリリアに向き直り、その手を取った。
白く長い指が、微かに震えている。
「そこで私は、論理学における必要十分条件について再考した」
「再考、ですか?」
「私が事件を解決し、学者として生きるために、論理的思考は必要条件だ。これがないと私は私でいられない」
アルヴィスは、リリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「だが、それだけでは幸せにはなれない。私が人間として幸福を感じ、満たされた生涯を送るためには……、論理だけでは足りないのだ」
彼はリリアの手を強く握りしめた。
「君だ、リリア。君という温かくて、非論理的で、愛おしい存在があって初めて、私の世界は完全になる。君こそが、私が幸福になるための十分条件なんだ」
リリアの胸が震えた。
必要条件と十分条件。
かつて教室で習った無味乾燥な数式用語が、これほど熱烈な愛の言葉に聞こえるなんて。
アルヴィスは懐から、小さな箱を取り出した。
パカッ、と蓋が開く。
中には、星空をそのまま閉じ込めたような、深く青い宝石の指輪が輝いていた。
「……サファイアだ。モース硬度9。ダイヤモンドに次ぐ硬さを持ち、永遠に傷つくことのない結晶構造をしている」
彼は震える手で、その指輪をリリアの左手の薬指に差し出した。
「リリア・アシュベリー。この説明不可能なバグを、私は愛と定義することにした。……どうか、私の妻になってくれないか?」
直球の言葉。
飾り気のない、けれど彼なりの全精力を注ぎ込んだプロポーズ。
リリアの目から、大粒の涙が溢れ出した。
今度は悲しみでも、悔しさでもない。喜びだけの涙。
「……はい。喜んで」
リリアは指輪を受け入れると、泣き笑いのような表情で彼を見上げた。
「私、計算も苦手ですし、論理的でもありません。これからも貴方を困らせるバグであり続けると思います。それでも、いいですか?」
「望むところだ。君という難問を解き明かすのに、一生をかける価値はある」
アルヴィスはリリアの腰を引き寄せ、月明かりの下で口付けた。
星々が見守る中、二人の影が一つになる。
「……リリア。心拍数が上昇しているぞ」
「アルヴィス様こそ。耳が真っ赤です」
「……夜風のせいだ」
下手な嘘をついて、彼はもう一度、深くリリアを抱きしめた。
論理と感情。
氷と炎。
正反対だった二つの魂は、今ここに、完全な方程式として結ばれたのだった。
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