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第7話:携行食の改善
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北の国境線を守るダリウス辺境伯軍。
その練度は王国一と謳われているが、ここ数日、騎士団の演習場には重苦しい空気が漂っていた。
「どうした! その程度で膝をつくのか! 立て!」
騎士団長の怒号が飛ぶ。
しかし、叱咤された若手兵士は青白い顔で立ち上がろうとし、そのまま眩暈を起こして崩れ落ちた。
一人ではない。
ここ数日、演習中にスタミナ切れで倒れる兵士が続出しているのだ。
視察に訪れていたギルバートは、腕組みをしてギリリと奥歯を噛み締めた。
「……士気が落ちているな。動きにキレがない」
「申し訳ありません、閣下。遠征訓練が続き、疲労が蓄積しているようです。それに、例の食事の問題も……」
副官が言い淀む。
エリアナは一歩後ろで、搬送される兵士たちの様子を観察していた。
(筋肉の痙攣、集中力の低下、そして慢性の疲労感……。これは単なる疲れではありませんね)
彼女は兵士たちが休憩中に口にしている携行食を覗き込んだ。
石のように硬い黒パン、塩漬けの干し肉、そして水。
(……これでは、戦う前に胃腸が敗北しますわ)
エリアナは静かに、しかし断固とした口調でギルバートに告げた。
「閣下。兵士たちの不調の原因は、明らかに腸内環境の悪化とビタミンB群の欠乏です」
執務室に戻ったエリアナは、机の上に現在の携行食を並べ、プレゼンテーションを開始した。
「現在の携行食は、保存性こそ高いですが、消化が悪すぎます。激しい運動の合間にこんな硬いものを食べていては、消化にエネルギーを奪われ、パフォーマンスが低下するのは必然。さらに、炭水化物をエネルギーに変えるビタミンB群が圧倒的に不足しています」
ギルバートが難しい顔で頷く。
「だが、遠征や行軍中に火を使った調理は難しい。保存が効いて、軽くて、すぐに食えるものでなければならん」
「ええ、存じております。そこで提案したいのが、この二つの発酵ポータブルフードです」
エリアナが取り出したのは、茶色い丸薬のようなものと、乾燥した豆の袋だった。
「まず、こちらが味噌玉です」
「味噌……? あの味噌か?」
「はい。味噌に魚粉、乾燥させた野菜やワカメを混ぜ込み、一食分ずつ丸めたものです。これをお湯で溶くだけで、栄養満点のスープになります」
エリアナは続ける。
「そしてこちらが乾燥納豆です。煮た大豆を枯草菌で発酵させたものを、さらに乾燥させました。独特のネバネバや強い匂いは消えていますが、栄養価はそのまま。スナック感覚でポリポリと食べられます」
ギルバートは乾燥納豆を一粒つまみ、口に放り込んだ。
「……ふむ。香ばしいな。豆の味が濃縮されている」
「納豆菌はプロバイオティクスとして腸内環境を整え、免疫力を高めます。さらにビタミンKやB群が豊富で、疲労回復に絶大な効果があります」
ギルバートの目が光った。
「湯で溶くだけのスープと、歩きながら食える高栄養の豆……。理想的なレーションだ。よし、すぐに採用する!」
数日後、雪深い山中での行軍演習。
昼休憩の合図と共に、兵士たちは半信半疑で配給された味噌玉をカップに入れ、魔法瓶の湯を注いだ。
立ち上ったのは、芳醇で香ばしい味噌の香り。
冷え切った空気の中で、その湯気は暴力的なまでの魅力を放っていた。
「いい匂い……」
「なんだこれ、すげぇ温まるぞ!」
一口飲んだ兵士たちが、次々と感嘆の声を上げる。
五臓六腑に染み渡る塩分とアミノ酸が、凍えた体を芯から解きほぐしていく。
「それに、この豆も美味いぞ! 噛めば噛むほど味が出る!」
「腹持ちもいいし、なんだか力が湧いてくる気がする!」
乾燥納豆のポリポリとした食感と塩気が、兵士たちの空腹とストレスを解消していく。
その日の午後、演習の結果は劇的だった。
午前の疲労を感じさせないほど兵士たちの動きは機敏になり、脱落者はゼロ。
隊列の乱れもなく、見事な行軍を見せつけたのだ。
「これが奥方様の発明品だって?」
「奥方様、バンザイ! 味噌玉バンザイ!」
演習場に、エリアナを称える野太い歓声が響き渡った。
その様子を丘の上から見ていたギルバートは、隣に立つエリアナに視線を落とした。
「……見事だ、エリアナ。お前の知恵が、軍の戦闘能力を底上げした」
「腸内フローラを整えれば、人間のポテンシャルは最大化されますから」
淡々と答えるエリアナだが、ギルバートはその横顔を眩しそうに見つめた。
かつて王都で「地味」「役に立たない」と蔑まれていた彼女。
だが、ここでは何百人もの屈強な男たちが、彼女の作ったスープ一杯に涙し、感謝している。
「帰ったら、特上の赤身肉を用意してある。……お前も、もっと精をつけろ」
「はい! ……あ、でも赤身肉なら、赤ワインとバルサミコ酢のソースがいいですね。ポリフェノールと酢酸の相乗効果で……」
「……ああ、好きにしろ」
呆れつつも、ギルバートの口元は緩んでいた。
現場の困りごとを、知恵で鮮やかに解決する。
その快感と達成感が、二人の信頼関係をより強固なものへと変化させていた。
その練度は王国一と謳われているが、ここ数日、騎士団の演習場には重苦しい空気が漂っていた。
「どうした! その程度で膝をつくのか! 立て!」
騎士団長の怒号が飛ぶ。
しかし、叱咤された若手兵士は青白い顔で立ち上がろうとし、そのまま眩暈を起こして崩れ落ちた。
一人ではない。
ここ数日、演習中にスタミナ切れで倒れる兵士が続出しているのだ。
視察に訪れていたギルバートは、腕組みをしてギリリと奥歯を噛み締めた。
「……士気が落ちているな。動きにキレがない」
「申し訳ありません、閣下。遠征訓練が続き、疲労が蓄積しているようです。それに、例の食事の問題も……」
副官が言い淀む。
エリアナは一歩後ろで、搬送される兵士たちの様子を観察していた。
(筋肉の痙攣、集中力の低下、そして慢性の疲労感……。これは単なる疲れではありませんね)
彼女は兵士たちが休憩中に口にしている携行食を覗き込んだ。
石のように硬い黒パン、塩漬けの干し肉、そして水。
(……これでは、戦う前に胃腸が敗北しますわ)
エリアナは静かに、しかし断固とした口調でギルバートに告げた。
「閣下。兵士たちの不調の原因は、明らかに腸内環境の悪化とビタミンB群の欠乏です」
執務室に戻ったエリアナは、机の上に現在の携行食を並べ、プレゼンテーションを開始した。
「現在の携行食は、保存性こそ高いですが、消化が悪すぎます。激しい運動の合間にこんな硬いものを食べていては、消化にエネルギーを奪われ、パフォーマンスが低下するのは必然。さらに、炭水化物をエネルギーに変えるビタミンB群が圧倒的に不足しています」
ギルバートが難しい顔で頷く。
「だが、遠征や行軍中に火を使った調理は難しい。保存が効いて、軽くて、すぐに食えるものでなければならん」
「ええ、存じております。そこで提案したいのが、この二つの発酵ポータブルフードです」
エリアナが取り出したのは、茶色い丸薬のようなものと、乾燥した豆の袋だった。
「まず、こちらが味噌玉です」
「味噌……? あの味噌か?」
「はい。味噌に魚粉、乾燥させた野菜やワカメを混ぜ込み、一食分ずつ丸めたものです。これをお湯で溶くだけで、栄養満点のスープになります」
エリアナは続ける。
「そしてこちらが乾燥納豆です。煮た大豆を枯草菌で発酵させたものを、さらに乾燥させました。独特のネバネバや強い匂いは消えていますが、栄養価はそのまま。スナック感覚でポリポリと食べられます」
ギルバートは乾燥納豆を一粒つまみ、口に放り込んだ。
「……ふむ。香ばしいな。豆の味が濃縮されている」
「納豆菌はプロバイオティクスとして腸内環境を整え、免疫力を高めます。さらにビタミンKやB群が豊富で、疲労回復に絶大な効果があります」
ギルバートの目が光った。
「湯で溶くだけのスープと、歩きながら食える高栄養の豆……。理想的なレーションだ。よし、すぐに採用する!」
数日後、雪深い山中での行軍演習。
昼休憩の合図と共に、兵士たちは半信半疑で配給された味噌玉をカップに入れ、魔法瓶の湯を注いだ。
立ち上ったのは、芳醇で香ばしい味噌の香り。
冷え切った空気の中で、その湯気は暴力的なまでの魅力を放っていた。
「いい匂い……」
「なんだこれ、すげぇ温まるぞ!」
一口飲んだ兵士たちが、次々と感嘆の声を上げる。
五臓六腑に染み渡る塩分とアミノ酸が、凍えた体を芯から解きほぐしていく。
「それに、この豆も美味いぞ! 噛めば噛むほど味が出る!」
「腹持ちもいいし、なんだか力が湧いてくる気がする!」
乾燥納豆のポリポリとした食感と塩気が、兵士たちの空腹とストレスを解消していく。
その日の午後、演習の結果は劇的だった。
午前の疲労を感じさせないほど兵士たちの動きは機敏になり、脱落者はゼロ。
隊列の乱れもなく、見事な行軍を見せつけたのだ。
「これが奥方様の発明品だって?」
「奥方様、バンザイ! 味噌玉バンザイ!」
演習場に、エリアナを称える野太い歓声が響き渡った。
その様子を丘の上から見ていたギルバートは、隣に立つエリアナに視線を落とした。
「……見事だ、エリアナ。お前の知恵が、軍の戦闘能力を底上げした」
「腸内フローラを整えれば、人間のポテンシャルは最大化されますから」
淡々と答えるエリアナだが、ギルバートはその横顔を眩しそうに見つめた。
かつて王都で「地味」「役に立たない」と蔑まれていた彼女。
だが、ここでは何百人もの屈強な男たちが、彼女の作ったスープ一杯に涙し、感謝している。
「帰ったら、特上の赤身肉を用意してある。……お前も、もっと精をつけろ」
「はい! ……あ、でも赤身肉なら、赤ワインとバルサミコ酢のソースがいいですね。ポリフェノールと酢酸の相乗効果で……」
「……ああ、好きにしろ」
呆れつつも、ギルバートの口元は緩んでいた。
現場の困りごとを、知恵で鮮やかに解決する。
その快感と達成感が、二人の信頼関係をより強固なものへと変化させていた。
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