王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました

水上

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第12話:爆発する倉庫、凍える家畜

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 王城のダイニングでは、王太子テオドールがナイフとフォークを投げ出す音が響いた。

「なんだこの肉は! ゴムでも食わせる気か!」

「も、申し訳ありません、殿下……」

 料理長が青ざめて震えている。

 皿に乗っているのは、かつては王室御用達と謳われた最高級牛のステーキ……、のはずだった。
 だが、その肉はパサパサで脂がなく、獣臭い。

「牛の品質が落ちているぞ。管理はどうなっている!」

「それが……、牧場からの報告によりますと、牛たちが冬場に食べる餌がなく、痩せ細ってしまっているそうで……」

「餌がない? 干し草があるだろう!」

 テオドールが怒鳴ると、料理長は言いづらそうに視線を逸らした。

「そ、それが……、以前は冬の間、サイレージと呼ばれる酸っぱい匂いのする発酵牧草を与えておりました。あれは栄養価が高く、牛の食欲も増進させていたのですが……」

「ならそれを食わせればいい!」

「在庫がないのです。作り方を知っていたのは、エリアナ様だけでしたから」

 また、あいつの名前か。
 テオドールは不快げに舌打ちをした。

「それに……、マリアンヌ様が夏場に、草をビニールで密閉して放置するなんて、腐らせているだけじゃない! 臭いから捨てなさい!』と命じられまして……」

「……」

「その結果、用意していた冬用の飼料は全て廃棄され、現在はカビの生えた古い藁を食べさせている状態でして……」

 テオドールは言葉を失った。

 サイレージ――牧草を乳酸発酵させた飼料。
 
 エリアナは夏場の青草を刈り取り、密閉して乳酸菌の力で保存性を高め、冬場の貴重なビタミン源として確保していたのだ。

 それを臭いという理由だけで廃棄した結果が、この不味い肉と、乳が出ずに弱りゆく家畜たちだった。

「ええい、もういい! 飯が不味くなる!」

 テオドールは席を立った。
 食事の楽しみが奪われた今、彼に残された希望は金だった。

「財務大臣を呼べ。例の魚醤の輸出はどうなっている? あれがあれば、輸入肉を買うことなど造作もないはずだ!」

 エリアナが開発した魚醤は、その強烈な香りと旨味で、近隣諸国の食通たちを高値で唸らせていた。

 彼女が去った後も、王家の倉庫には出荷前の在庫が大量に残されていたはずだ。
 テオドールは財務大臣と共に、王都の港湾地区にある巨大倉庫へと向かった。

「殿下、ご安心ください。倉庫にはエリアナが残した樽が山のように積まれております。これを売りさえすれば、国庫は安泰です!」

「うむ。あいつは嫌な女だったが、金になるものを残したことだけは褒めてやろう」

 倉庫の前に到着したテオドールは、皮算用で口元を緩めた。
 だが、その時だった。

 腹に響くような爆発音が轟いた。
 続いて、何かが破裂する連鎖音が響き渡る。

「な、なんだ!? 敵襲か!?」

「倉庫の中から音が!」

 衛兵たちが慌てて倉庫の扉を開け放つ。
 その瞬間、テオドールたちは絶句した。

 倉庫の中は、地獄絵図だった。
 積み上げられた木樽が次々と破裂し、中から茶色い液体が噴水のように吹き出しているのだ。

 天井まで届く飛沫。
 床を埋め尽くす茶色い洪水。

 そして、襲いかかるのは――鼻がひん曲がるほどの、濃厚な魚の発酵臭だった。

「うわあああっ! 臭い! 臭すぎる!!」

「目が、目が痛い!」

「服に、服についたぁぁぁ!」

 大臣たちが逃げ惑う。
 テオドールも慌てて後退したが、爆風に乗った魚醤の霧を全身に浴びてしまった。

 高級な服が、茶色いシミと強烈な磯の香りに染まる。

「な、ななな、何が起きたのだ!? なぜ樽が爆発する!?」

「分かりません! ただ置いていただけなのに!」

 倉庫番が泣き叫ぶ。
 彼らは知らなかったのだ。

 発酵中の液体は、微生物の活動によって常に二酸化炭素を出し続けていることを。

 エリアナがいた頃は、彼女が定期的に倉庫を回り、ガスの発生音を聞き分け、蓋を緩めてガス抜きを行っていた。

 あるいは、ガスが落ち着くまでは出荷用の完全密閉を行わないよう徹底していた。

 だが、マリアンヌや新しい担当者は、それを知らずに蓋をきつく閉め切り、放置した。
 逃げ場を失ったガスは樽の中で圧力を高め続け――限界を迎えた今日、ついに大爆発を起こしたのである。

「私の資産が……! 金貨の山が、ただの臭い汚水に……!」

 テオドールは膝から崩れ落ちた。

 輸出用商品の全滅。
 倉庫の修繕費。

 そして何より、この悪臭の除去費用。
 損害額は天文学的な数字になるだろう。

     *

 一方、ダリウス領。
 エリアナは、平和にガス抜きの作業をしていた。

「……よし、いい音です。元気ですね」

 彼女は醸造庫で、魚醤の樽に耳を当て、満足げに微笑んだ。
 手際よく栓を少しだけ緩め、ガスを逃がす。

「何をしているんだ?」

 見回りに来たギルバートが、不思議そうに尋ねた。

「ガスの圧力を調整しています。これを怠ると、樽が爆弾に変わってしまいますから」

「爆弾だと?」

「ええ。発酵のエネルギーは凄まじいですから。密閉容器を木っ端微塵にするくらいの力は簡単に生み出しますよ」

 エリアナは何気ないことのように言いながら、愛おしそうに樽を撫でた。

「正しい知識を持って管理すれば、彼らは最高の恵みを与えてくれます。でも、無視したり軽視したりすれば、牙を剥く。……微生物は正直なんです」

 ギルバートは、王都の方角をちらりと見た。

 風の噂で、王都の港で謎の爆発事故があったと聞いていた。
 原因は不明だが、現場からは強烈な匂いが漂っているらしい。

「……王都の連中は、その牙に噛みつかれたようだな」

「おや、何かありましたか?」

「いや。……お前がここにいてくれて良かった、と心底思っただけだ」

 ギルバートは苦笑し、エリアナの頭に大きな手を乗せた。

「さあ、作業が終わったら飯にするぞ。今日はサイレージをたっぷり食べて育った、極上の羊肉だ」

「乳酸発酵の香りが移った羊肉ですね! 楽しみです!」

 爆発も飢餓もない、温かく満たされた辺境の冬。
 王都の悲劇など露知らず、二人は今日も美味しい食卓を囲むのだった。
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