後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第一章 

10 先生の庵

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「夜中、宮中がやたら騒がしいと思ったら。蒼太子でしたか」
「……〝やはり〟って何だよ」
 
 翌朝。
 まだ暗いうちに厩を抜け出した2人は、蒼龍の案内で抜け道をゆき、藁やら枯葉にまみれた姿で、先生の寝室に転がり込んだ。

 どこまでも冷ややかな視線を浴びせる春明に、蒼龍は不貞腐れている。
 一方で小蘭には、まるで違う笑顔を見せた。
 
「可哀想に、大変なとばっちりでしたね、小蘭」
「先生……私、怖かったです」
 
 潤んだ瞳で甘える小蘭の頭を、春明は子犬のように優しく撫でた。

「まあ、蒼太子ツァンタイツーのお話は解りました。……仕方ありません。小蘭に免じて、特別に匿ってあげましょう」
「おお、助かる」
 ぱっと顔を明るくした蒼龍に、春明はすかさず釘を刺した。

「ただしそれは少しの間、長くは持ちませんからね。太子には早めに策を講じて頂かないと」
「……分かってるよ。チッ、小蘭と俺とじゃえらい扱いの違いだな」
 苦々しげに文句を言うと、蒼龍は、先生に甘えていた小蘭を強引に引き寄せた。
 
「わっ、何するの?」
「君もだ、そっちにばかり甘えるな。なあ、俺たち一夜を供にした仲じゃないか」
「ほう……!」
 
 春明が驚いたように目を見開く。
 甘ったるい視線を流した蒼龍に、小蘭は顔を真っ赤に染めた。
「なっ、何言ってるのよ加害者の癖にっ。せ、先生。誤解ですからね」
 
 逞しい腕からもがき出ようとする小蘭に、蒼龍はわざと腕を絡める。小蘭は身体を仰け反らせ、それに抵抗した。
 
「そう照れるなよ、可愛い姑娘おじょうさん
「照れてない、やめろキモいっ」
 
「ハイハイ、ニ人とも騒がないこと。隠れているのがバレてしまう。蒼太子も、あまりからかってやりなさんな」
 
「か、からか……った?」
「ちぇ、つまんね」
 目論見がばれ、パッと離した蒼龍を、真っ赤な顔で見上げる小蘭。
 その、蒼龍に掴みかかろうとしている姿に苦笑しつつ、春明は椅子から立ち上がった。
 
「さて、痴話喧嘩はそこまでにして。お腹も空いたことでしょうから、朝粥でも馳走しましょうか」
「む」
 喧嘩をしていても空腹には勝てない。目を見合わせ、互いの手を下ろしたふたりに春明は苦笑した。奥の間の食卓にふたりを誘うと、すぐ戸口に『隔離』の札をかけてしまう。
 そうしておいて、給士見習いの宦官が、興味本位に戸口へ顔を寄せると、春明は低く告げた。
「この部屋の患者は疱瘡で気が触れている。近づくな」
 それだけで、宦官は青ざめて逃げていった。
 
 おかしなことにその重病人達は、今、中華粥と胡麻団子を頬張りながら春明先生と談笑の真っ最中なのだが。

「……あ~あ、気が重い。行きたくねぇな」
 粥を口に入れながらも、蒼龍はさっきからしきりにぼやいている。
「あ~、でも、そろそろ行かないとな~。昨日の今日だし、カンカンだろうなぁ、親父の奴」
 
「行くのなら、早くお行きなさい。遅いほど、あの御方は難しくなられる」
「……分かってるよ、そんなこと。でもさ」
 
「ねね、さっきからごちゃごちゃ言ってるけど、一体何処へ行こうっていうの?」
 
 杏仁豆腐を口元に付けた小蘭が尋ねると、蒼龍はプイと横を向く。
 答えようとしない蒼龍に代わって春明が解説してくれた。
 
「蒼太子には、政務があるのです。大臣たちの朝礼――そこには、皇帝陛下もいらっしゃる。それで、行きたくないと言っているのです」
「ふうん、そっか……。私と一緒に、隠れているわけじゃないんだね」
 少し寂しそうに言った小蘭に、春明は語気を強めた。
 
「勿論。何せ一国の太子ですから、きちんと仕事をしてもらわなくては困ります」
「う~、だりい」
 
 そんな春明の牽制にも、彼は卓上に顔を伏せたまま一向に腰を上げる気配がない。
 
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