後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第一章 

23 恐ろしい刑

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 皇帝が腕を振り上げると、四隅の兵士が同時に赤い紐を引いた。

「キ、キャアアアアアーッ」
 
 続いて、甲高い叫び声が会場を裂く。
 地面を覆っていた白い布が引かれ、下から現れたのはすり鉢状の大きな黒い穴。

 それもただの黒ではない、どろりと廃油を流したようにテラテラと光る幾筋もの黒い影。そいつが絡まり、うねり、鎌首を次々と持ち上げる。そう、それは――。

「……蛇だ」
「毒蛇だ! それも、すごい数の……!」

 観客が口々に叫んだ。悲鳴やざわめきが水紋のように広がっていく。そして、視線はその真上へと吸い寄せられてゆく。

 彼らが見上げた先には、巨大な鉄檻があった。その中に、美しい衣を纏った少女が横たわっている。

「あれは女の子?」
「父ちゃん、あれ……お姫様だ」

 もう一度おこったざわめきに、覇皇帝は、混乱を楽しむようにほくそ笑んだ。

「皆、聞くがよい」
 声は朗々としているのに、どこか冷やかな響きがある。
 
「その檻に囚われているのは、北の国、胡国の小欄妃シャオランフェイ。この者は、朕のきさきでありながら、わが子蒼龍を唆し、不貞を働いた大罪人である」
 皇帝は、辺りを睥睨した。

「本来ならな、蟇盆たいぼんにより、毒蛇に穴という穴を侵され、毒により死ぬのが相応しい。だが」

 皇帝はわざと言葉を切った。
 観客席が、しんと静まった。息を呑む音が聞こえる。

「わが息子は、この妃を救いたいという。ひいては娶り、手元に置きたいと。なんとも我儘な望みではあるが……親としての情もあるのだ。よって朕は、息子に機会を与えることにした」

 覇皇帝は、高く手を掲げた。

「もし、蒼龍が優勝した場合。褒美として、この女の命を赦し、婚姻を赦す。金子は次点の者に遣わす」
 場内がわっと歓声に沸いた。

「あんな女、蛇にくれてやれ!」
「皇子様に近づくからだよっ!」

 歓声と罵声が入り混じり、大変な騒ぎだ。
 皇帝は満足気にその双方に手を振った。

「それでは。本日ここに集いし戦士たちよ、各々が限界を超えて闘え。開幕!」

 ジャアアアアアアーンッ――。
 
 鳴り響く銅鑼の音に、今日一番の歓声が湧いた。

 *

 観客達の喧騒の影で、その全てを見、聞いていた蒼龍は、ぎり、と歯を噛み締めた。
 
「あの……鬼畜野郎が!」
 怒りと後悔がこみ上げる。
 ――予測すべきだったのだ。皇帝あいつが、ただで済ませるわけはないと。
 
 熱が、喉奥に込み上げる。
 帰る途中でさらわれたのか、それともへやから連れ出されたのか。
 まさか父が、ここまでするとは考えなかった。少しでも用心していれば、と後悔が消えない。
 
 視界の端で揺れる鉄檻。中には、薬か何かで眠らされているのか、身を横たえた小蘭の姿がぼやけて見える。
 
 心の底から怒りが湧いた。
(こんな悪趣味な見世物、王である以前に、人として間違っている……!)
 
 一体何が父を変えてしまったのか、昔から残虐ではあったが、ここまでではなかった。
 いずれにしろ、小蘭を、この歪んだ父子関係の犠牲にするわけにはいかない。

(優勝するしかない。小蘭を助ける唯一の道だ)
 
 観客の声が遠くに聞こえる。
 
 蒼龍は、拳を握り直した。

 *

「いいぞ、そこだ、やっちまえ!」
「いけ! おいおい、ちゃんと飯食ってきたんか~」

 怒号と野次の飛び交う中、十の試合場では、大陸中の猛者達が各々、一対一の勝負を繰り広げている。
 
 方々で砂煙が舞い、金属の衝突音と呻きが連続する。
 各試合に審判役の王宮兵が立つものの、介入はほとんどしない。
 そんな荒っぽい進行だから、すべてが真剣勝負ガチンコ、敗者は血と汗にまみれ、呻き声をあげながら次々と担ぎ出されていく。
 
 その中で、蒼龍は順当に勝ち進んでいた。
 上背もあり、鍛え抜かれた体躯を持つ彼だ。おまけに王宮剣術の正式な継承者だときては、いくら各地の力自慢が相手でも、彼が押し負けるわけがない。

 三回戦では、一度、重い斧槍を受け止めた瞬間、膝が沈んだ。それでも蒼龍は歯を食いしばり、柄を滑らせて刃を外し、喉元に剣先を突きつけた。
 圧倒的な緊張感。彼が一歩前に進むたび、観客が息を呑む。
 
 開会の宣言での、皇帝の妃に手を出したというくだりのせいで、最初は飛んでいたわずかな罵声も、蒼龍の圧倒的な勝ち上がりによって、いつの間にか消えていた。
 
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