後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第二章 華燭

34 許婚の嫉妬

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「そうよ! 凛麗様のお父様は、この国の丞相様よ! あんたたちなんて簡単に処刑できちゃうんだから」
「そもそも、あんた達が下らない嘘を喚いてばかりいるから、ちょっと注意してあげただけでしょう」
 口々に取り巻きたちが喚いた。
 
「は? 処刑なんて、簡単に出来るわけないでしょ。こちとら、天子様のお妃よ」
 じろりと睨みつけた碧衣に向かって、女は長い鼻をつまんでみせる。

「それに……何よあれ、くっさい田舎言葉なんて、夏国の後宮に持ち込まないで欲しいわ」

 たちまち、小蘭たちの間で空気がピリついた。
 口の達者な碧衣が豊かな胸をぐっとせり出す。

「あらあ、さっすが貴族のお嬢様は優れた教養をお持ちだこと。くっさい田舎言葉でも、内容をちゃあんと理解していらっしゃるのねえ」
「はあ?」
 碧衣はにやっと不敵に笑った。

「まあでも……、今の言葉で、わざとやったってことは確定よね。ほら、さっさと尚真に謝りな」
「はあ? 何で私が、あんた達に謝らないといけないのよ! この田舎者が!」

「ハア、もう聞き飽きたわ。田舎者、蛮族、下女? あんた達、悪口すらワンパターンなのね。たまにはここ、使ってみたら?」

 トントンと人差し指で自分の頭を示した碧衣姐姐に、女はあうあうと口だけを動かした。
 と、碧衣の不意を突き、もうひとりがつかみかかった。

「この! 調子に乗らないでよ、賎しい辺境の女が」

 何と淑やかなお嬢様の外面はどこへやら、醜く歯をむいて突進してくる。
 驚いた碧衣が慌てて身構えると、今度は後ろから長い手を伸ばしてくる。

(お、これはいい展開)
〝助太刀するぜ〟とばかりに、小蘭が腰を浮かせた時だった。

「お止しなさい」
 この騒ぎにも我関せず、背を向けていた真ん中の女が、優雅に振り返った。

 それは、まさに"鶴の一声"。

 慌てて手を引っ込めた二人を交互に見、女は美しい眉を僅かにひそめた。絹のような黒髪が、風もないのにサラリと揺れる。色白の瓜実顔に、細くつり上がった切れ長の目は高貴な気品を感じさせる。

 だが、彼女が小蘭達を一瞥するその瞳は、ただ冷たかった。
 彼女の名は、曹凛麗ツァオ・リンリー
 国政を司る官僚のトップ、曹丞相の娘で――、皇太子、蒼龍の幼いころからの許嫁いいなずけだと言われている。

「貴女方も醜いマネは止めてちょうだい。こちらの品性を疑われるわ」
「で、でも凜麗様。あいつらが蒼龍様、蒼龍様ってあんまりうるさいから」

「そうよ、特にあのチビ。ちょっと蒼龍様に気に入られたからって、あちこちに吹聴してるのよ? 凜麗様の気持ちも知らないで」
 必死に言い訳する二人を、凜麗は無言の一瞥で制した。
 
 それから碧衣、尚真と順に視線を移し、最後に小蘭を見つめた。一見無表情に見えるその瞳には、しかし燃えるような憎しみの色を湛えていた。

「あなたも」
 ふわりと裳裾を揺らしながら、小蘭に向かって一歩、歩み寄る。
「根も葉もないさえずりは止めることね。愚かな者達は、下らない嘘をすぐに信じてしまう……。蒼様の名を貶めることになりますから」
 
「嘘じゃないもの! 小蘭はあんたと違って、本当に蒼太子に愛されてるんだから。昨夜だって――!」
「ち、ちょっと尚真」

 小蘭は焦った。友達とはいえ、勝手にそんなことを言われたくない。
 だって私たちの関係は――。
 胸の奥がきゅっと痛む。

 ところが、小蘭が「やめて」と言う前に、凜麗がその言葉を奪い取った。

「フフッ、やっぱり。あなたたち、何も知らないのね。ちょっと構われたからっていい気になって。私はね、ずっと小さい頃から蒼様を知っているのよ。その間、あの方にどれだけの遊び女がいたと思っているの?」
 
 余裕ありげな微笑みの奥には、かすかな震えが滲んでいる。
 どこか虚勢を張るように、冷たい笑みを浮かべたまま、彼女はうっとりと語ってみせた。
 
「でもね、私はそんなことで怒ったりはしないわ。だって、蒼様は皇太子。多くの女を欲するのは仕方のないことだわ。全く、これだから辺境者は」

 まるで汚物を見るような眼差し。
 小蘭の心に、むくむくと対抗心が湧き起こった。
 
「な、何だとぉ……!」
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