後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第二章 華燭

35 燻る火種

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 だが、小蘭が突っかかるより早く、今度は尚真が凛麗に食って掛かった。

「なによ! 成人をとっくに超えても、まだお側にも上げてもらってないくせに! “許嫁”なんて言ってるけど、本当は嫌われるんじゃない? 小蘭なんてねえ、最近は、もう毎晩みたいなものだからっ」

 これには、取り巻きたちが口泡を飛ばして応戦した。
「時期を待っているだけだわ! 言っとくけどね、凛麗くらいになると、婚姻の重みが全然違うの」
「そうよ、どうせすぐに飽きられて、捨てられてしまうのだわ。まあ、蒼龍様はお優しいから、兵隊の一人くらいは、あてがってくれるかもねえ」

「何よ、それ。……小蘭が遊び女だとでも言いたいの」
「別にぃ。そこまではっきりとは言わないけど。それに“小蘭”だっけ? 一時は皇帝様のだったんでしょう。おお、穢らわしい。盛りのついた犬と一緒だわ」
「なんですってぇ……!」

 彼女らは後宮の妃ではなく、父の権勢を背に、花嫁修行の名目で出入りする“選ばれた娘たち”だ。
 だからこそ、小蘭たちを見下し、故郷を侮辱することにいっさいの躊躇がなかった。

 小蘭は奥歯をぐっと噛みしめ、尚真は、自分のことでもないくせに涙を浮かべて反論した。

「違うわ! 小蘭はれっきとしたお妃様よ。遊びなんかじゃないわ。蒼太子様が皆の前で誓ったんだもの……!」

 必死に主張する尚真が余程面白いらしく、三人は顔を見合わせてせせら笑っている。

 と、それまで黙って様子を見ていた碧衣が、凛麗たちを見下ろすように目を細め——冷たく告げた。

「ふん、ほざいてな。そのうち小蘭に子ができれば、そうは言ってられないんだから」

 途端、それまで薄ら笑いを浮かべていた凛麗の表情が、凍りついた。

「ち、ちょっと碧衣」
 小蘭は慌ててそれを否定しようとした。
 が、小蘭がそれを言う前に、凛麗の腰巾着がたちまちわめき出した。

「何言ってるの? そんな事が許されるわけないじゃない」
「そうよ、賎しい女が太子様の御子なんて、授かるわけがないでしょう?」

「あーら、知らないの? さっき習ったでしょ。陰陽風水、神羅万象の摂理よ。皇帝だろうが下女だろうが、身分が高かろうが低かろうが、男と女が交合すれば、子は授かるの。太子も皇帝も、人間の男。そんなの遥か昔から、いくつもあることだわ」

「げ、下劣なことを……黙りなさい! 死刑にするわよ」
「はっ、出来るもんならやってみな。受けて立つわよ」
「何ですってぇ」

(どうしよう……こんなつもりじゃなかったのに)
 騒ぎがすっかり大きくなってしまった。
 にわかに起こるどよめきに、辺りにいた女官や宦官、私たちと同じように授業に向かっていた妃達も集まってきて、我々の周りに円をつくり始めている。

 口笛や野次が飛び交う中、舌戦はますます過熱していく。

(ああ、もう止めて二人とも。私はそんなのじゃないのに)
 だって蒼龍は本当は――。
 事態に流され、小蘭がただオロオロしていたときだった。

「止めなさい」
 落ち着き払った、しかし凛とした声が辺りに響き渡った。声の主は、しばらく黙って騒ぎを見ていた凛麗だ。四人は言い争いを止め、一斉に彼女のほうを見た。
 彼女は静かにその真ん中へと歩み寄ると、取り巻きの二人を促した。

「さあ、参りましょう。時刻に遅れてしまいますから」
「で、でも」
 二人はまだ言い足りなさそうにしていたが、凛麗の顔色を見て黙ると、彼女の後に従った。
 勝ち誇る碧衣と尚真。

 ふと、凛麗が振り返った。
 そうして、小蘭に向かって凍てつく眼差しを投げつけ、一言こう言い放ったのだ。

「そんなこと――、絶対にさせるもんですか」

 その気迫は、背筋だけでなく、指先まで冷たくなるような凄みがあった。
 
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