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第二章 華燭
45 蒼龍と凛麗 2
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「まあ……凛麗の立場を考えれば、全く分からんこともない。あいつの父親——聞いたことあるか? 丞相って国の偉いさんなんだが」
「うん、知ってるわ」
蒼龍の政敵、『曹丞相』のことは、皇后様から聞いたから知っている。うんと首を縦に振ると、蒼龍も同じようにうなずいた。
「……あいつにとっては、俺と凛麗の結婚が切り札なんだろうな」
「権力争いみたいなこと?」
「ああ、そうだ。……きっと彼女も親父から相当の重圧をかけられているんだろうよ。それにしたって、いつもやり過ぎなんだよな」
「……ふうん」
そんなに酷い事をされたのに、彼の器は、いったいどこまで広いのだろう。自分なら、ここまでされて、同じように語れるだろうか。
感心していたところに、蒼龍は続けた。
「で、さらにその後のことなんだが……」
「ええっ、まだあるの?!」
「ああ、むしろここからが本題だ」
蒼龍は、いやに真剣な顔をして寝台の天蓋に鎮座する龍を見つめた。
仄暗い灯りに照らされた龍の画は、当時の彼の怒りを宿して、今にも動き出しそうだ。
「仲間の中で、犯人を見つけて謝らせようって話になったんだ。被害にあった子は、怖がって何も言おうとしなかったから」
蒼龍は、眉に皺を寄せた。
「その中に、一人の秀才がいた。貧しい士官の家の出だが、才を認められて、俺たちと一緒に教育を受けていたんだ」
「へえ……なんか意外。身分や血筋にもっとこだわるのかと思ってたわ」
「実力主義なんだよ、うちの親父は。まあ、それは数少ないいいところのひとつだな」
話がそれたと、蒼龍は一度言葉を切った。
「で、そいつが臆病な割に、正義感の強い男でな。地道に証拠を集めて、とうとう犯人を凛麗達だと突き止めた。……皆の前で糾弾したソイツに、凛麗が何をしたと思う?」
ここまで聞けば、ろくなことではないとわかる。黙って頷く小蘭に蒼龍は言った。
「どうみても明らかな証拠があるのに、『私じゃない』って言い張って、ソイツを思いっきり突き飛ばしたのさ」
「うわっ」
思わず肩をすくめた小蘭。
蒼龍が、無意識にその頭を撫でる。
「……悪いことに、そこにあった切り株の枝がぐっさりと刺さって……そいつの耳には、深い傷が残った」
ぎりっ。
蒼龍の歯噛みが、小蘭の元まで届いてくる。
「俺は泣きながら、ただ手を握っていることしかできなかった」
「うん……うん」
話に没頭するあまり、拳を握りしめた小蘭に、彼はふっと語調を和らげた。
「で、そのすぐ後さ。彼女の家もそいつの家も、急に親父が国のはじっこに飛ばされて、俺達は急に会えなくなった」
「そんな……」
小蘭は言葉を失った。背筋に冷たいものが走る。
「俺たちの中の噂じゃ、あいつの父親、曹丞相の差し金だって話だ」
「その二人は、じゃあ」
「ああ、今は元気だよ。女の子の方はそのまま地方で県令のもとに嫁入りしたし。男の方は、少し前に科挙に受かって官職を得た」
ホッと胸をなで下ろす小蘭に、蒼龍は誇らしげに胸を張った。
「ちなみにソイツ、今では俺の一番の頭脳だ。めでたしめでたし、ってことではあるんだが……」
蒼龍は、横を向いて小蘭をまっすぐに見つめた。
「もしこれが君ならどうする? 誰だって、仲間にそんな酷いことをされたら、嫌になるに決まっている」
蒼龍は、興奮を抑えるように一息をついた。
「確かに、許婚と仲良くしている奴がいれば『面白くない』くらいは思うかもしれない。俺も……うまくやれたとは思っていない」
蒼龍の誠実な怒りが痛いほど伝わって、小蘭はぎゅっと胸を締め付けられた。
「……でも、嫌いではないんだよね?」
「ああ、あいつが親や周囲から受けている圧は、俺にも身に覚えがあるものだ。ただ……」
蒼龍は、天井をぼんやりと見つめて言った。
「凛麗は、俺ほど強くも自由でもない。親父さんに逆らうことが出来ないくせに、気位だけは高い。──気持ちを伝えるのが下手くそなんだろう」
「そっ……か」
──決して交わらない想い。
小蘭はふと、自分と蒼龍の間にまで、見えない霧が立ち込めているような気がした。
夜気が帳の隙間から忍び込み、静かに二人の間を満たしていった。
「うん、知ってるわ」
蒼龍の政敵、『曹丞相』のことは、皇后様から聞いたから知っている。うんと首を縦に振ると、蒼龍も同じようにうなずいた。
「……あいつにとっては、俺と凛麗の結婚が切り札なんだろうな」
「権力争いみたいなこと?」
「ああ、そうだ。……きっと彼女も親父から相当の重圧をかけられているんだろうよ。それにしたって、いつもやり過ぎなんだよな」
「……ふうん」
そんなに酷い事をされたのに、彼の器は、いったいどこまで広いのだろう。自分なら、ここまでされて、同じように語れるだろうか。
感心していたところに、蒼龍は続けた。
「で、さらにその後のことなんだが……」
「ええっ、まだあるの?!」
「ああ、むしろここからが本題だ」
蒼龍は、いやに真剣な顔をして寝台の天蓋に鎮座する龍を見つめた。
仄暗い灯りに照らされた龍の画は、当時の彼の怒りを宿して、今にも動き出しそうだ。
「仲間の中で、犯人を見つけて謝らせようって話になったんだ。被害にあった子は、怖がって何も言おうとしなかったから」
蒼龍は、眉に皺を寄せた。
「その中に、一人の秀才がいた。貧しい士官の家の出だが、才を認められて、俺たちと一緒に教育を受けていたんだ」
「へえ……なんか意外。身分や血筋にもっとこだわるのかと思ってたわ」
「実力主義なんだよ、うちの親父は。まあ、それは数少ないいいところのひとつだな」
話がそれたと、蒼龍は一度言葉を切った。
「で、そいつが臆病な割に、正義感の強い男でな。地道に証拠を集めて、とうとう犯人を凛麗達だと突き止めた。……皆の前で糾弾したソイツに、凛麗が何をしたと思う?」
ここまで聞けば、ろくなことではないとわかる。黙って頷く小蘭に蒼龍は言った。
「どうみても明らかな証拠があるのに、『私じゃない』って言い張って、ソイツを思いっきり突き飛ばしたのさ」
「うわっ」
思わず肩をすくめた小蘭。
蒼龍が、無意識にその頭を撫でる。
「……悪いことに、そこにあった切り株の枝がぐっさりと刺さって……そいつの耳には、深い傷が残った」
ぎりっ。
蒼龍の歯噛みが、小蘭の元まで届いてくる。
「俺は泣きながら、ただ手を握っていることしかできなかった」
「うん……うん」
話に没頭するあまり、拳を握りしめた小蘭に、彼はふっと語調を和らげた。
「で、そのすぐ後さ。彼女の家もそいつの家も、急に親父が国のはじっこに飛ばされて、俺達は急に会えなくなった」
「そんな……」
小蘭は言葉を失った。背筋に冷たいものが走る。
「俺たちの中の噂じゃ、あいつの父親、曹丞相の差し金だって話だ」
「その二人は、じゃあ」
「ああ、今は元気だよ。女の子の方はそのまま地方で県令のもとに嫁入りしたし。男の方は、少し前に科挙に受かって官職を得た」
ホッと胸をなで下ろす小蘭に、蒼龍は誇らしげに胸を張った。
「ちなみにソイツ、今では俺の一番の頭脳だ。めでたしめでたし、ってことではあるんだが……」
蒼龍は、横を向いて小蘭をまっすぐに見つめた。
「もしこれが君ならどうする? 誰だって、仲間にそんな酷いことをされたら、嫌になるに決まっている」
蒼龍は、興奮を抑えるように一息をついた。
「確かに、許婚と仲良くしている奴がいれば『面白くない』くらいは思うかもしれない。俺も……うまくやれたとは思っていない」
蒼龍の誠実な怒りが痛いほど伝わって、小蘭はぎゅっと胸を締め付けられた。
「……でも、嫌いではないんだよね?」
「ああ、あいつが親や周囲から受けている圧は、俺にも身に覚えがあるものだ。ただ……」
蒼龍は、天井をぼんやりと見つめて言った。
「凛麗は、俺ほど強くも自由でもない。親父さんに逆らうことが出来ないくせに、気位だけは高い。──気持ちを伝えるのが下手くそなんだろう」
「そっ……か」
──決して交わらない想い。
小蘭はふと、自分と蒼龍の間にまで、見えない霧が立ち込めているような気がした。
夜気が帳の隙間から忍び込み、静かに二人の間を満たしていった。
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