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第二章 華燭
44 蒼龍と凛麗
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「……でも、それはないんじゃないかな」
小蘭は、胸のわだかまりを拭えずにいた。
授業の後のあの剣幕。
凛麗の蒼龍への想いはちょっとやそっとじゃない。
皇后様も仰っていた。『あの子は……蒼龍を想っているのです』と。
すると蒼龍は、ひどく苦い顔をした。
「だって。あいつガキの頃から、すげえイジワルだったんだぜ?」
「例えば?」
小蘭の相づちに、蒼龍は少し間を置いてから話し始めた。
「正直、最初に会った時は思ったよ。――うわ、綺麗な子だ、って」
苦笑交じりの一言に、当時の浮かれた少年の面影がありありと浮かんで、小蘭は少し面白くない。
「ふうん、それで?」
小蘭がむすっとしながら続きを促すと、蒼龍はふっと笑って続ける。
「満面の笑みで「君が凛麗?」って手を出したら、すぐに扇で顔を隠されて。『女の子の手を握ろうとするなんて、はしたない』ってさ」
その手をぶらぶらさせていた自分を思い出すように、蒼龍は肩をすくめた。
「そのまま固まってるしかなかった俺、ものすごく惨めだったぞ」
「うわ、キツいね」
ふっと差し出した小さな手が、空気だけを握ったまま震えていた——そんな幼い蒼龍の姿が、小蘭の脳裏に浮かんで、思わず笑ってしまった。
「それからも、一緒に並んで絵を描けば『私のほうが上手い』なんて張り合ってくるし、廷内でばったり会っても完全無視だ。そんな風で〝許婚〟だとか言われてもな」
「多分、恥ずかしかったのよ」
好きな人に、つい反発してしまう気持ちが、小蘭にはちょっとだけ分かる。思わずクスッと笑っていると、蒼龍は不思議そうに首を傾げた。
「極めつけは10歳の時だ。ちょっとした事件があった」
蒼龍は、わずかに声を低くした。
「俺ら皇族や貴族の子は、7つになったら集められて、宮廷教育を受けるんだ」
「私たちが、お妃教育をうけるようなもの?」
「ああ、そうだ。凛麗はそこで、俺の仲間にまで手を出してきたんだ」
「一体、何があったの?」
思わず身を乗り出す小蘭。
サラリと鳴った衣擦れの音に、蒼龍は意識して少し身体をずらした。
「あ、う、うん。中にまあ……その頃好きだった女の子がいたんだが。あ、いちいち妬くなよ、ガキの頃の初恋なんだから」
「は? 別に妬くとか無いんですけど?」
「……ちぇっ、つまんね」
「はいはい、誰でもいいから。さっさと本題に入って」
「……。まあそれが、いわゆる両想いってやつで、仲間も囃立てたりしていて……でも、凛麗にはそれが気に食わなかったらしくてさ」
宮殿の広い庭園に、青々としたヤマナラシの大樹。夏の光が葉を透かし、笑い声が風に溶けている。
その様子を、柱の影から恨めしそうに見つめる少女がひとり——。
小蘭の瞼に、そんな景色が浮かび上がる。
「凛麗な、頭の上から籠いっぱいの毛虫をぶっかけたのさ」
「えっ」
「それも、直接じゃない。取り巻きを使って。その子が一人でいるところを狙ったんだ」
「……ひどい」
思わず口を手で覆った小蘭に、蒼龍は視線を落とした。
「かわいそうにその子、顔が倍くらいに腫れ上がって。ショックだったんだろう、俺、『もう二度と会わない』って言われてさ」
好きだからこそ、素直になれないことがある。
それにしたって、少しやりすぎだ。
思わず掌を握る小蘭。
だが蒼龍は、彼女を庇うように付け足した。
小蘭は、胸のわだかまりを拭えずにいた。
授業の後のあの剣幕。
凛麗の蒼龍への想いはちょっとやそっとじゃない。
皇后様も仰っていた。『あの子は……蒼龍を想っているのです』と。
すると蒼龍は、ひどく苦い顔をした。
「だって。あいつガキの頃から、すげえイジワルだったんだぜ?」
「例えば?」
小蘭の相づちに、蒼龍は少し間を置いてから話し始めた。
「正直、最初に会った時は思ったよ。――うわ、綺麗な子だ、って」
苦笑交じりの一言に、当時の浮かれた少年の面影がありありと浮かんで、小蘭は少し面白くない。
「ふうん、それで?」
小蘭がむすっとしながら続きを促すと、蒼龍はふっと笑って続ける。
「満面の笑みで「君が凛麗?」って手を出したら、すぐに扇で顔を隠されて。『女の子の手を握ろうとするなんて、はしたない』ってさ」
その手をぶらぶらさせていた自分を思い出すように、蒼龍は肩をすくめた。
「そのまま固まってるしかなかった俺、ものすごく惨めだったぞ」
「うわ、キツいね」
ふっと差し出した小さな手が、空気だけを握ったまま震えていた——そんな幼い蒼龍の姿が、小蘭の脳裏に浮かんで、思わず笑ってしまった。
「それからも、一緒に並んで絵を描けば『私のほうが上手い』なんて張り合ってくるし、廷内でばったり会っても完全無視だ。そんな風で〝許婚〟だとか言われてもな」
「多分、恥ずかしかったのよ」
好きな人に、つい反発してしまう気持ちが、小蘭にはちょっとだけ分かる。思わずクスッと笑っていると、蒼龍は不思議そうに首を傾げた。
「極めつけは10歳の時だ。ちょっとした事件があった」
蒼龍は、わずかに声を低くした。
「俺ら皇族や貴族の子は、7つになったら集められて、宮廷教育を受けるんだ」
「私たちが、お妃教育をうけるようなもの?」
「ああ、そうだ。凛麗はそこで、俺の仲間にまで手を出してきたんだ」
「一体、何があったの?」
思わず身を乗り出す小蘭。
サラリと鳴った衣擦れの音に、蒼龍は意識して少し身体をずらした。
「あ、う、うん。中にまあ……その頃好きだった女の子がいたんだが。あ、いちいち妬くなよ、ガキの頃の初恋なんだから」
「は? 別に妬くとか無いんですけど?」
「……ちぇっ、つまんね」
「はいはい、誰でもいいから。さっさと本題に入って」
「……。まあそれが、いわゆる両想いってやつで、仲間も囃立てたりしていて……でも、凛麗にはそれが気に食わなかったらしくてさ」
宮殿の広い庭園に、青々としたヤマナラシの大樹。夏の光が葉を透かし、笑い声が風に溶けている。
その様子を、柱の影から恨めしそうに見つめる少女がひとり——。
小蘭の瞼に、そんな景色が浮かび上がる。
「凛麗な、頭の上から籠いっぱいの毛虫をぶっかけたのさ」
「えっ」
「それも、直接じゃない。取り巻きを使って。その子が一人でいるところを狙ったんだ」
「……ひどい」
思わず口を手で覆った小蘭に、蒼龍は視線を落とした。
「かわいそうにその子、顔が倍くらいに腫れ上がって。ショックだったんだろう、俺、『もう二度と会わない』って言われてさ」
好きだからこそ、素直になれないことがある。
それにしたって、少しやりすぎだ。
思わず掌を握る小蘭。
だが蒼龍は、彼女を庇うように付け足した。
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