46 / 103
第二章 華燭
45 蒼龍と凛麗 2
しおりを挟む
「まあ……凛麗の立場を考えれば、全く分からんこともない。あいつの父親——聞いたことあるか? 丞相って国の偉いさんなんだが」
「うん、知ってるわ」
蒼龍の政敵、『曹丞相』のことは、皇后様から聞いたから知っている。うんと首を縦に振ると、蒼龍も同じようにうなずいた。
「……あいつにとっては、俺と凛麗の結婚が切り札なんだろうな」
「権力争いみたいなこと?」
「ああ、そうだ。……きっと彼女も親父から相当の重圧をかけられているんだろうよ。それにしたって、いつもやり過ぎなんだよな」
「……ふうん」
そんなに酷い事をされたのに、彼の器は、いったいどこまで広いのだろう。自分なら、ここまでされて、同じように語れるだろうか。
感心していたところに、蒼龍は続けた。
「で、さらにその後のことなんだが……」
「ええっ、まだあるの?!」
「ああ、むしろここからが本題だ」
蒼龍は、いやに真剣な顔をして寝台の天蓋に鎮座する龍を見つめた。
仄暗い灯りに照らされた龍の画は、当時の彼の怒りを宿して、今にも動き出しそうだ。
「仲間の中で、犯人を見つけて謝らせようって話になったんだ。被害にあった子は、怖がって何も言おうとしなかったから」
蒼龍は、眉に皺を寄せた。
「その中に、一人の秀才がいた。貧しい士官の家の出だが、才を認められて、俺たちと一緒に教育を受けていたんだ」
「へえ……なんか意外。身分や血筋にもっとこだわるのかと思ってたわ」
「実力主義なんだよ、うちの親父は。まあ、それは数少ないいいところのひとつだな」
話がそれたと、蒼龍は一度言葉を切った。
「で、そいつが臆病な割に、正義感の強い男でな。地道に証拠を集めて、とうとう犯人を凛麗達だと突き止めた。……皆の前で糾弾したソイツに、凛麗が何をしたと思う?」
ここまで聞けば、ろくなことではないとわかる。黙って頷く小蘭に蒼龍は言った。
「どうみても明らかな証拠があるのに、『私じゃない』って言い張って、ソイツを思いっきり突き飛ばしたのさ」
「うわっ」
思わず肩をすくめた小蘭。
蒼龍が、無意識にその頭を撫でる。
「……悪いことに、そこにあった切り株の枝がぐっさりと刺さって……そいつの耳には、深い傷が残った」
ぎりっ。
蒼龍の歯噛みが、小蘭の元まで届いてくる。
「俺は泣きながら、ただ手を握っていることしかできなかった」
「うん……うん」
話に没頭するあまり、拳を握りしめた小蘭に、彼はふっと語調を和らげた。
「で、そのすぐ後さ。彼女の家もそいつの家も、急に親父が国のはじっこに飛ばされて、俺達は急に会えなくなった」
「そんな……」
小蘭は言葉を失った。背筋に冷たいものが走る。
「俺たちの中の噂じゃ、あいつの父親、曹丞相の差し金だって話だ」
「その二人は、じゃあ」
「ああ、今は元気だよ。女の子の方はそのまま地方で県令のもとに嫁入りしたし。男の方は、少し前に科挙に受かって官職を得た」
ホッと胸をなで下ろす小蘭に、蒼龍は誇らしげに胸を張った。
「ちなみにソイツ、今では俺の一番の頭脳だ。めでたしめでたし、ってことではあるんだが……」
蒼龍は、横を向いて小蘭をまっすぐに見つめた。
「もしこれが君ならどうする? 誰だって、仲間にそんな酷いことをされたら、嫌になるに決まっている」
蒼龍は、興奮を抑えるように一息をついた。
「確かに、許婚と仲良くしている奴がいれば『面白くない』くらいは思うかもしれない。俺も……うまくやれたとは思っていない」
蒼龍の誠実な怒りが痛いほど伝わって、小蘭はぎゅっと胸を締め付けられた。
「……でも、嫌いではないんだよね?」
「ああ、あいつが親や周囲から受けている圧は、俺にも身に覚えがあるものだ。ただ……」
蒼龍は、天井をぼんやりと見つめて言った。
「凛麗は、俺ほど強くも自由でもない。親父さんに逆らうことが出来ないくせに、気位だけは高い。──気持ちを伝えるのが下手くそなんだろう」
「そっ……か」
──決して交わらない想い。
小蘭はふと、自分と蒼龍の間にまで、見えない霧が立ち込めているような気がした。
夜気が帳の隙間から忍び込み、静かに二人の間を満たしていった。
「うん、知ってるわ」
蒼龍の政敵、『曹丞相』のことは、皇后様から聞いたから知っている。うんと首を縦に振ると、蒼龍も同じようにうなずいた。
「……あいつにとっては、俺と凛麗の結婚が切り札なんだろうな」
「権力争いみたいなこと?」
「ああ、そうだ。……きっと彼女も親父から相当の重圧をかけられているんだろうよ。それにしたって、いつもやり過ぎなんだよな」
「……ふうん」
そんなに酷い事をされたのに、彼の器は、いったいどこまで広いのだろう。自分なら、ここまでされて、同じように語れるだろうか。
感心していたところに、蒼龍は続けた。
「で、さらにその後のことなんだが……」
「ええっ、まだあるの?!」
「ああ、むしろここからが本題だ」
蒼龍は、いやに真剣な顔をして寝台の天蓋に鎮座する龍を見つめた。
仄暗い灯りに照らされた龍の画は、当時の彼の怒りを宿して、今にも動き出しそうだ。
「仲間の中で、犯人を見つけて謝らせようって話になったんだ。被害にあった子は、怖がって何も言おうとしなかったから」
蒼龍は、眉に皺を寄せた。
「その中に、一人の秀才がいた。貧しい士官の家の出だが、才を認められて、俺たちと一緒に教育を受けていたんだ」
「へえ……なんか意外。身分や血筋にもっとこだわるのかと思ってたわ」
「実力主義なんだよ、うちの親父は。まあ、それは数少ないいいところのひとつだな」
話がそれたと、蒼龍は一度言葉を切った。
「で、そいつが臆病な割に、正義感の強い男でな。地道に証拠を集めて、とうとう犯人を凛麗達だと突き止めた。……皆の前で糾弾したソイツに、凛麗が何をしたと思う?」
ここまで聞けば、ろくなことではないとわかる。黙って頷く小蘭に蒼龍は言った。
「どうみても明らかな証拠があるのに、『私じゃない』って言い張って、ソイツを思いっきり突き飛ばしたのさ」
「うわっ」
思わず肩をすくめた小蘭。
蒼龍が、無意識にその頭を撫でる。
「……悪いことに、そこにあった切り株の枝がぐっさりと刺さって……そいつの耳には、深い傷が残った」
ぎりっ。
蒼龍の歯噛みが、小蘭の元まで届いてくる。
「俺は泣きながら、ただ手を握っていることしかできなかった」
「うん……うん」
話に没頭するあまり、拳を握りしめた小蘭に、彼はふっと語調を和らげた。
「で、そのすぐ後さ。彼女の家もそいつの家も、急に親父が国のはじっこに飛ばされて、俺達は急に会えなくなった」
「そんな……」
小蘭は言葉を失った。背筋に冷たいものが走る。
「俺たちの中の噂じゃ、あいつの父親、曹丞相の差し金だって話だ」
「その二人は、じゃあ」
「ああ、今は元気だよ。女の子の方はそのまま地方で県令のもとに嫁入りしたし。男の方は、少し前に科挙に受かって官職を得た」
ホッと胸をなで下ろす小蘭に、蒼龍は誇らしげに胸を張った。
「ちなみにソイツ、今では俺の一番の頭脳だ。めでたしめでたし、ってことではあるんだが……」
蒼龍は、横を向いて小蘭をまっすぐに見つめた。
「もしこれが君ならどうする? 誰だって、仲間にそんな酷いことをされたら、嫌になるに決まっている」
蒼龍は、興奮を抑えるように一息をついた。
「確かに、許婚と仲良くしている奴がいれば『面白くない』くらいは思うかもしれない。俺も……うまくやれたとは思っていない」
蒼龍の誠実な怒りが痛いほど伝わって、小蘭はぎゅっと胸を締め付けられた。
「……でも、嫌いではないんだよね?」
「ああ、あいつが親や周囲から受けている圧は、俺にも身に覚えがあるものだ。ただ……」
蒼龍は、天井をぼんやりと見つめて言った。
「凛麗は、俺ほど強くも自由でもない。親父さんに逆らうことが出来ないくせに、気位だけは高い。──気持ちを伝えるのが下手くそなんだろう」
「そっ……か」
──決して交わらない想い。
小蘭はふと、自分と蒼龍の間にまで、見えない霧が立ち込めているような気がした。
夜気が帳の隙間から忍び込み、静かに二人の間を満たしていった。
0
あなたにおすすめの小説
後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました
藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】
※ヒーロー目線で進んでいきます。
王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。
ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。
不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。
才能を開花させ成長していくカティア。
そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。
立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。
「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」
「これからも、私の隣には君がいる」
甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。
大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~
佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。
それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。
しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。
不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。
陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。
契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。
これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。
香死妃(かしひ)は香りに埋もれて謎を解く
液体猫
キャラ文芸
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞受賞しました(^_^)/
香を操り、死者の想いを知る一族がいる。そう囁かれたのは、ずっと昔の話だった。今ではその一族の生き残りすら見ず、誰もが彼ら、彼女たちの存在を忘れてしまっていた。
ある日のこと、一人の侍女が急死した。原因は不明で、解決されないまま月日が流れていき……
その事件を解決するために一人の青年が動き出す。その過程で出会った少女──香 麗然《コウ レイラン》──は、忘れ去られた一族の者だったと知った。
香 麗然《コウ レイラン》が後宮に現れた瞬間、事態は動いていく。
彼女は香りに秘められた事件を解決。ついでに、ぶっきらぼうな青年兵、幼い妃など。数多の人々を無自覚に誑かしていった。
テンパると田舎娘丸出しになる香 麗然《コウ レイラン》と謎だらけの青年兵がダッグを組み、数々の事件に挑んでいく。
後宮の闇、そして人々の想いを描く、後宮恋愛ミステリーです。
シリアス成分が少し多めとなっています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる