後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

文字の大きさ
60 / 66
第二章 華燭

58 計略

しおりを挟む
 後宮北宮ーー締め切った一室の円卓について、三人は作戦を練っていた。
 その姿は、卓を囲うように置かれた灯りに煌々と照らされ、幾重もの影をつくっている。
 
 一体どこに隠していたのか。
 日鳳は、懐から筒状の紙を抜き出して、大きく広げた。蒼龍と小蘭が覗き込むと、それは大きな地図だ。

「……時間はない。曹は婚礼を急がせている。だから、こちらも――急ぐ」
 日鳳の指先が、地図の一点で止まった。

「蒼龍は、皇帝が半年の後に大規模な南征を予定しているのを知っているよな?」
 
「そこ……確か、碧衣の国があるところだわ!」
 思わず叫んだ小蘭に、蒼龍が表情を曇らせた。
 
「ああ、婚礼話が持ち上がる前から決まっていた戦だ。特に反乱などもない中、「今更南征など」と、反対の声も大きい」
 
 静かな声に日鳳は、深い怒りを滲ませる。
「ここは――王宮に士官する前、住んでいた場所。いわば私の第二の故郷だ」

 蒼龍はそっと睫毛を伏せた。
「……実は、これも曹の仕業だ。奴が皇帝をそそのかした。〝家臣内部がたるんでいる。ここは、今一度覇帝のご威光を知らしめるべき〟と」

 すかさず日鳳が継ぎ足す。

「曹がくわだてているのは、半年間の大掛かりな大遠征。豪華な軍事行進パレードに派手に税金を使い、春の作付け時期に戦を起こせば、自然、民の心は離れる」
 
 蒼龍はギリリと歯噛みした。
「くそっ! ……くだらない茶番だ。狙いは知れている。皇室の評判を落とすこと、無駄遣いをさせること、ついでに覇皇帝オヤジの寿命が縮まれば、万々歳ってわけだ」
 
「そんなことのために……戦を……?」
 蒼龍の毒舌に、小蘭は眉をひそめた。

「それが、曹にとっては、〝そんなこと〟ではないんだ……で、日鳳はそいつをどうする気だ?」
 
 すると日鳳は、これまでになく悪辣に笑って見せた。

「――無論、それらを全てひっくり返す」

 日鳳は円卓にぐぐっと身を乗り出した。

「いいか? まず、南征が始まるのは『婚礼の儀が終わった後』じゃない。『これからすぐ』だ」
「そんなことが出来るのか?」
 
「ああ、第二の故郷だと言っただろう。がある。わざと騒ぎを起こさせるのさ。そして……南に行くのは皇帝ではなくーー蒼龍おまえだ」

「……俺?」
「ああ。蒼龍、お前が――総大将・・・に名乗り出ろ」

 日鳳の指先が蒼龍を指した。
 にわかに、小蘭の胸がざわめく。

「これでまず、〝結婚の回避〟〝皇帝の疲労阻止〟のふたつを一気に解決する」

「だが……」
「分かってる、これは根本的な解決じゃない。だから蒼龍」

 日鳳が、真っ直ぐ蒼龍に視線を向けた。

「ここからはお前にかかってる」

 蒼龍の表情が、途端に引き締まる。

「蒼龍。街道では、出来る限り派手に行軍するんだ。そういうのは大得意だろ?」

「で、でも、それ。さっきはお金の無駄遣いだって」
 慌てて割入った小蘭に、日鳳は首を横に振った。

「いいや、り手が蒼龍ならば、大いに意味があるのさ。皆に向かって、〝次は俺の世だ〟と強烈に皆に知らしめるんだ。覇帝というカリスマが、そうして人の心を掴んだように」
 
 小蘭が納得する前に、腕組みをして考えていた蒼龍が、うんと頷いた。
 
「なるほどな、曹の準備した舞台装置をまるごと利用してやろうってか……悪くない」
「フン、そうだろう」
 
「へ、ええ……」
 感心するように相槌は打つものの、小蘭にはさっぱり分からない。
 
 二人は、まるで最初から答えを知っているみたいだ。
 自分だけが、地図の外に置かれている。

 小蘭を置いて、ふたりは続ける。
 
「で、そのあいだ、日鳳はどうするんだ? まさか、左団扇ひだりうちわってことはないだろう」
「勿論。私は宮中こちらに残り、曹の専横を暴く。奴は……蒼龍おまえという邪魔者が居ない間に、必ず尻尾を出すはずだ。出さなきゃ出させる」
 
「ふうん。その間、俺は南で兵力を温存、があれば、お前から伝令がくると、そういうわけだな」
「そういうこと」
 
「疑惑で曹の人望はガタ落ち。満を持して、大人気の次期後継者を表面アピールしまくった俺が、都に凱旋すればよし、と」
 
「ああ……ただし。これは肝に銘じておけ」
 日鳳が再び蒼龍に迫る。

「私の小細工はそこまで。あとはお前の力量次第だ。……お前はその後、本物の力で家臣団の信頼を勝ち取り、皆に認められなくてはいけない。それができなきゃ、位を降りろ」

「フン、相変わらず、手厳しいことだ」
 にやりと笑った蒼龍だが、額には汗が浮いている。
 
 一方、すっかり理解から置いていかれてしまった小蘭は、頭の上を飛び交う言葉に戸惑ってばかりだ。
 
(ダメ……さっぱり意味が分からないわ)
 
 二人の間には何か符牒でもあるみたい。今の会話で、笑いあっている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。 それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。 しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。 不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。 陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。 契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。 これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

冷たい王妃の生活

柴田はつみ
恋愛
大国セイラン王国と公爵領ファルネーゼ家の同盟のため、21歳の令嬢リディアは冷徹と噂される若き国王アレクシスと政略結婚する。 三年間、王妃として宮廷に仕えるも、愛されている実感は一度もなかった。 王の傍らには、いつも美貌の女魔導師ミレーネの姿があり、宮廷中では「王の愛妾」と囁かれていた。 孤独と誤解に耐え切れなくなったリディアは、ついに離縁を願い出る。 「わかった」――王は一言だけ告げ、三年の婚姻生活はあっけなく幕を閉じた。 自由の身となったリディアは、旅先で騎士や魔導師と交流し、少しずつ自分の世界を広げていくが、心の奥底で忘れられないのは初恋の相手であるアレクシス。 やがて王都で再会した二人は、宮廷の陰謀と誤解に再び翻弄される。 嫉妬、すれ違い、噂――三年越しの愛は果たして誓いとなるのか。

処理中です...