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第二章 華燭
58 計略
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後宮北宮ーー締め切った一室の円卓について、三人は作戦を練っていた。
その姿は、卓を囲うように置かれた灯りに煌々と照らされ、幾重もの影をつくっている。
一体どこに隠していたのか。
日鳳は、懐から筒状の紙を抜き出して、大きく広げた。蒼龍と小蘭が覗き込むと、それは大きな地図だ。
「……時間はない。曹は婚礼を急がせている。だから、こちらも――急ぐ」
日鳳の指先が、地図の一点で止まった。
「蒼龍は、皇帝が半年の後に大規模な南征を予定しているのを知っているよな?」
「そこ……確か、碧衣の国があるところだわ!」
思わず叫んだ小蘭に、蒼龍が表情を曇らせた。
「ああ、婚礼話が持ち上がる前から決まっていた戦だ。特に反乱などもない中、「今更南征など」と、反対の声も大きい」
静かな声に日鳳は、深い怒りを滲ませる。
「ここは――王宮に士官する前、住んでいた場所。いわば私の第二の故郷だ」
蒼龍はそっと睫毛を伏せた。
「……実は、これも曹の仕業だ。奴が皇帝をそそのかした。〝家臣内部がたるんでいる。ここは、今一度覇帝のご威光を知らしめるべき〟と」
すかさず日鳳が継ぎ足す。
「曹が企てているのは、半年間の大掛かりな大遠征。豪華な軍事行進に派手に税金を使い、春の作付け時期に戦を起こせば、自然、民の心は離れる」
蒼龍はギリリと歯噛みした。
「くそっ! ……くだらない茶番だ。狙いは知れている。皇室の評判を落とすこと、無駄遣いをさせること、ついでに覇皇帝の寿命が縮まれば、万々歳ってわけだ」
「そんなことのために……戦を……?」
蒼龍の毒舌に、小蘭は眉を顰めた。
「それが、曹にとっては、〝そんなこと〟ではないんだ……で、日鳳はそいつをどうする気だ?」
すると日鳳は、これまでになく悪辣に笑って見せた。
「――無論、それらを全てひっくり返す」
日鳳は円卓にぐぐっと身を乗り出した。
「いいか? まず、南征が始まるのは『婚礼の儀が終わった後』じゃない。『これからすぐ』だ」
「そんなことが出来るのか?」
「ああ、第二の故郷だと言っただろう。あてがある。わざと騒ぎを起こさせるのさ。そして……南に行くのは皇帝ではなくーー蒼龍だ」
「……俺?」
「ああ。蒼龍、お前が――総大将に名乗り出ろ」
日鳳の指先が蒼龍を指した。
にわかに、小蘭の胸がざわめく。
「これでまず、〝結婚の回避〟〝皇帝の疲労阻止〟のふたつを一気に解決する」
「だが……」
「分かってる、これは根本的な解決じゃない。だから蒼龍」
日鳳が、真っ直ぐ蒼龍に視線を向けた。
「ここからはお前にかかってる」
蒼龍の表情が、途端に引き締まる。
「蒼龍。街道では、出来る限り派手に行軍するんだ。そういうのは大得意だろ?」
「で、でも、それ。さっきはお金の無駄遣いだって」
慌てて割入った小蘭に、日鳳は首を横に振った。
「いいや、演り手が蒼龍ならば、大いに意味があるのさ。皆に向かって、〝次は俺の世だ〟と強烈に皆に知らしめるんだ。覇帝というカリスマが、そうして人の心を掴んだように」
小蘭が納得する前に、腕組みをして考えていた蒼龍が、うんと頷いた。
「なるほどな、曹の準備した舞台装置をまるごと利用してやろうってか……悪くない」
「フン、そうだろう」
「へ、ええ……」
感心するように相槌は打つものの、小蘭にはさっぱり分からない。
二人は、まるで最初から答えを知っているみたいだ。
自分だけが、地図の外に置かれている。
小蘭を置いて、ふたりは続ける。
「で、その間、日鳳はどうするんだ? まさか、左団扇ってことはないだろう」
「勿論。私は宮中に残り、曹の専横を暴く。奴は……蒼龍という邪魔者が居ない間に、必ず尻尾を出すはずだ。出さなきゃ出させる」
「ふうん。その間、俺は南で兵力を温存、何かがあれば、お前から伝令がくると、そういうわけだな」
「そういうこと」
「疑惑で曹の人望はガタ落ち。満を持して、大人気の次期後継者を表面しまくった俺が、都に凱旋すればよし、と」
「ああ……ただし。これは肝に銘じておけ」
日鳳が再び蒼龍に迫る。
「私の小細工はそこまで。あとはお前の力量次第だ。……お前はその後、本物の力で家臣団の信頼を勝ち取り、皆に認められなくてはいけない。それができなきゃ、位を降りろ」
「フン、相変わらず、手厳しいことだ」
にやりと笑った蒼龍だが、額には汗が浮いている。
一方、すっかり理解から置いていかれてしまった小蘭は、頭の上を飛び交う言葉に戸惑ってばかりだ。
(ダメ……さっぱり意味が分からないわ)
二人の間には何か符牒でもあるみたい。今の会話で、笑いあっている。
その姿は、卓を囲うように置かれた灯りに煌々と照らされ、幾重もの影をつくっている。
一体どこに隠していたのか。
日鳳は、懐から筒状の紙を抜き出して、大きく広げた。蒼龍と小蘭が覗き込むと、それは大きな地図だ。
「……時間はない。曹は婚礼を急がせている。だから、こちらも――急ぐ」
日鳳の指先が、地図の一点で止まった。
「蒼龍は、皇帝が半年の後に大規模な南征を予定しているのを知っているよな?」
「そこ……確か、碧衣の国があるところだわ!」
思わず叫んだ小蘭に、蒼龍が表情を曇らせた。
「ああ、婚礼話が持ち上がる前から決まっていた戦だ。特に反乱などもない中、「今更南征など」と、反対の声も大きい」
静かな声に日鳳は、深い怒りを滲ませる。
「ここは――王宮に士官する前、住んでいた場所。いわば私の第二の故郷だ」
蒼龍はそっと睫毛を伏せた。
「……実は、これも曹の仕業だ。奴が皇帝をそそのかした。〝家臣内部がたるんでいる。ここは、今一度覇帝のご威光を知らしめるべき〟と」
すかさず日鳳が継ぎ足す。
「曹が企てているのは、半年間の大掛かりな大遠征。豪華な軍事行進に派手に税金を使い、春の作付け時期に戦を起こせば、自然、民の心は離れる」
蒼龍はギリリと歯噛みした。
「くそっ! ……くだらない茶番だ。狙いは知れている。皇室の評判を落とすこと、無駄遣いをさせること、ついでに覇皇帝の寿命が縮まれば、万々歳ってわけだ」
「そんなことのために……戦を……?」
蒼龍の毒舌に、小蘭は眉を顰めた。
「それが、曹にとっては、〝そんなこと〟ではないんだ……で、日鳳はそいつをどうする気だ?」
すると日鳳は、これまでになく悪辣に笑って見せた。
「――無論、それらを全てひっくり返す」
日鳳は円卓にぐぐっと身を乗り出した。
「いいか? まず、南征が始まるのは『婚礼の儀が終わった後』じゃない。『これからすぐ』だ」
「そんなことが出来るのか?」
「ああ、第二の故郷だと言っただろう。あてがある。わざと騒ぎを起こさせるのさ。そして……南に行くのは皇帝ではなくーー蒼龍だ」
「……俺?」
「ああ。蒼龍、お前が――総大将に名乗り出ろ」
日鳳の指先が蒼龍を指した。
にわかに、小蘭の胸がざわめく。
「これでまず、〝結婚の回避〟〝皇帝の疲労阻止〟のふたつを一気に解決する」
「だが……」
「分かってる、これは根本的な解決じゃない。だから蒼龍」
日鳳が、真っ直ぐ蒼龍に視線を向けた。
「ここからはお前にかかってる」
蒼龍の表情が、途端に引き締まる。
「蒼龍。街道では、出来る限り派手に行軍するんだ。そういうのは大得意だろ?」
「で、でも、それ。さっきはお金の無駄遣いだって」
慌てて割入った小蘭に、日鳳は首を横に振った。
「いいや、演り手が蒼龍ならば、大いに意味があるのさ。皆に向かって、〝次は俺の世だ〟と強烈に皆に知らしめるんだ。覇帝というカリスマが、そうして人の心を掴んだように」
小蘭が納得する前に、腕組みをして考えていた蒼龍が、うんと頷いた。
「なるほどな、曹の準備した舞台装置をまるごと利用してやろうってか……悪くない」
「フン、そうだろう」
「へ、ええ……」
感心するように相槌は打つものの、小蘭にはさっぱり分からない。
二人は、まるで最初から答えを知っているみたいだ。
自分だけが、地図の外に置かれている。
小蘭を置いて、ふたりは続ける。
「で、その間、日鳳はどうするんだ? まさか、左団扇ってことはないだろう」
「勿論。私は宮中に残り、曹の専横を暴く。奴は……蒼龍という邪魔者が居ない間に、必ず尻尾を出すはずだ。出さなきゃ出させる」
「ふうん。その間、俺は南で兵力を温存、何かがあれば、お前から伝令がくると、そういうわけだな」
「そういうこと」
「疑惑で曹の人望はガタ落ち。満を持して、大人気の次期後継者を表面しまくった俺が、都に凱旋すればよし、と」
「ああ……ただし。これは肝に銘じておけ」
日鳳が再び蒼龍に迫る。
「私の小細工はそこまで。あとはお前の力量次第だ。……お前はその後、本物の力で家臣団の信頼を勝ち取り、皆に認められなくてはいけない。それができなきゃ、位を降りろ」
「フン、相変わらず、手厳しいことだ」
にやりと笑った蒼龍だが、額には汗が浮いている。
一方、すっかり理解から置いていかれてしまった小蘭は、頭の上を飛び交う言葉に戸惑ってばかりだ。
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