59 / 67
第二章 華燭
57 日鳳
しおりを挟む
小蘭は、彼らに言われるまま三方の帳を下ろした。
「……納得はいかん。どう考えても、私が女の格好をする必要はないだろう」
日鳳には、そのことがよほど屈辱だったようで、まだ蒼龍にぶつぶつと文句を言っている。
対する蒼龍はケロッとしたもので、こう笑い飛ばした。
「だってお前が、俺に言ったんだぞ。〝誰にも聞かれない場所で話したい〟って。ここなら絶対安心だろ? 何せ俺以外の男は入れないんだからな」
「まして――曹の手下など絶対にいない」
ニヤッと笑った蒼龍に、日鳳は小さく舌打ちした。
「……まあいい。その……一応聞くが、そちらのご婦人は大丈夫なのだろうな」
ジロリと小蘭に目をやると、日鳳はすぐに目線を逸らした。白粉をつけているのに、妙に顔が桃色に染まっている。
「ああ、以前から話している通りだ。彼女は問題ない。俺が……一番信頼している女性だ」
(以前からって――)
自分のことを、どんな風に話したのだろうかと、今度は小蘭が頬を赤らめる番だった。
日鳳は、視線を上げてただ「わかった」とだけ言い、うなずいた。
「全く、ひどい男だ。三日前、真夜中に私の寝所に押しかけてきたかと思うと、『曹の娘との結婚を回避したいから考えろ』なんて無茶振りときた」
日鳳は、低い姿勢から蒼龍をじろりと睨みつけた。
「ふん、それが日鳳の仕事だろ? なあ、俺の軍師殿。それに――」
蒼龍は、不敵に笑った。
「この展開を望んでいたのは、むしろお前の方だろう。 曹家との婚礼に最後まで反対していたのは、他ならぬお前なんだから」
「え?」
大きく目を見開いた小蘭から、日鳳は再び目を逸らす。蒼龍が、説明を補った。
「全く、この頑固者は……俺が『婚礼を受け入れる』と宣言した後は、しばらく口も聞こうとしなかったんだぞ」
「……ふん、蒼龍が急に弱気ったからだ。その……し、小蘭妃……殿」
――殿? そんな敬称をつけて呼ばれたのは初めてだ。
改めて日鳳を凝視すると、彼はまた恥ずかしそうに視線をそらした。
「あなたがコイツを説得したのだと聞いた。……恩に着る」
「そんな……私、大したことはしていないわ。ただ、自分の思うことを言っただけ」
本当にそれでいいのか、分からないままに。
「いや。……そんなことはない」
恥ずかしそうに顔を背けながらも、きっぱりと言い切る日鳳。
その左耳に、古い傷跡がちらりと覗いていて――小蘭は〝あっ〟と思い当たった。
いつか聞いた子ども時代の蒼龍の思い出話。
――『耳にざっくりと傷が』
「あなたもしかして、蒼龍の幼馴染の――」
蒼龍の方を向くと、彼もまたうんとうなずいた。
「日鳳もな、曹一家とは、ちょっとした因縁があるんだよ」
ポンポンと頭を撫でる蒼龍の手を払うと、日鳳は気難しげに眉根を寄せた。
「わ、私は別に……私怨で動いているのではないぞっ。曹家の支配に正道はない、そう考えているだけだ」
「ははっ、まあ、そう言わずに。頼むよ、俺と彼女の未来がかかっているんだ」
「お前らの色恋沙汰なんか知るか! いいか、私が蒼龍側に乗っかったのは、曹よりはお前の方が、ちっとはマシだと考えたからだ」
「マシってのはひどいな」
いつも怒っているように憎まれ口を叩く、小さな軍師様。
一見ふざけているようで、自らの命を預ける覚悟を決めた蒼龍。
ふたりの信頼の中に、今、自分も加えてもらっている。
子を産むための側妃ではない。
同じ志を持つ〝仲間〟として――。
戯れ合うふたりを前に、小蘭は、だんだんと胸の奥が熱くなるのを感じていた。
「……納得はいかん。どう考えても、私が女の格好をする必要はないだろう」
日鳳には、そのことがよほど屈辱だったようで、まだ蒼龍にぶつぶつと文句を言っている。
対する蒼龍はケロッとしたもので、こう笑い飛ばした。
「だってお前が、俺に言ったんだぞ。〝誰にも聞かれない場所で話したい〟って。ここなら絶対安心だろ? 何せ俺以外の男は入れないんだからな」
「まして――曹の手下など絶対にいない」
ニヤッと笑った蒼龍に、日鳳は小さく舌打ちした。
「……まあいい。その……一応聞くが、そちらのご婦人は大丈夫なのだろうな」
ジロリと小蘭に目をやると、日鳳はすぐに目線を逸らした。白粉をつけているのに、妙に顔が桃色に染まっている。
「ああ、以前から話している通りだ。彼女は問題ない。俺が……一番信頼している女性だ」
(以前からって――)
自分のことを、どんな風に話したのだろうかと、今度は小蘭が頬を赤らめる番だった。
日鳳は、視線を上げてただ「わかった」とだけ言い、うなずいた。
「全く、ひどい男だ。三日前、真夜中に私の寝所に押しかけてきたかと思うと、『曹の娘との結婚を回避したいから考えろ』なんて無茶振りときた」
日鳳は、低い姿勢から蒼龍をじろりと睨みつけた。
「ふん、それが日鳳の仕事だろ? なあ、俺の軍師殿。それに――」
蒼龍は、不敵に笑った。
「この展開を望んでいたのは、むしろお前の方だろう。 曹家との婚礼に最後まで反対していたのは、他ならぬお前なんだから」
「え?」
大きく目を見開いた小蘭から、日鳳は再び目を逸らす。蒼龍が、説明を補った。
「全く、この頑固者は……俺が『婚礼を受け入れる』と宣言した後は、しばらく口も聞こうとしなかったんだぞ」
「……ふん、蒼龍が急に弱気ったからだ。その……し、小蘭妃……殿」
――殿? そんな敬称をつけて呼ばれたのは初めてだ。
改めて日鳳を凝視すると、彼はまた恥ずかしそうに視線をそらした。
「あなたがコイツを説得したのだと聞いた。……恩に着る」
「そんな……私、大したことはしていないわ。ただ、自分の思うことを言っただけ」
本当にそれでいいのか、分からないままに。
「いや。……そんなことはない」
恥ずかしそうに顔を背けながらも、きっぱりと言い切る日鳳。
その左耳に、古い傷跡がちらりと覗いていて――小蘭は〝あっ〟と思い当たった。
いつか聞いた子ども時代の蒼龍の思い出話。
――『耳にざっくりと傷が』
「あなたもしかして、蒼龍の幼馴染の――」
蒼龍の方を向くと、彼もまたうんとうなずいた。
「日鳳もな、曹一家とは、ちょっとした因縁があるんだよ」
ポンポンと頭を撫でる蒼龍の手を払うと、日鳳は気難しげに眉根を寄せた。
「わ、私は別に……私怨で動いているのではないぞっ。曹家の支配に正道はない、そう考えているだけだ」
「ははっ、まあ、そう言わずに。頼むよ、俺と彼女の未来がかかっているんだ」
「お前らの色恋沙汰なんか知るか! いいか、私が蒼龍側に乗っかったのは、曹よりはお前の方が、ちっとはマシだと考えたからだ」
「マシってのはひどいな」
いつも怒っているように憎まれ口を叩く、小さな軍師様。
一見ふざけているようで、自らの命を預ける覚悟を決めた蒼龍。
ふたりの信頼の中に、今、自分も加えてもらっている。
子を産むための側妃ではない。
同じ志を持つ〝仲間〟として――。
戯れ合うふたりを前に、小蘭は、だんだんと胸の奥が熱くなるのを感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~
佳乃こはる
キャラ文芸
老舗製糸屋・両口屋家のひとり娘、陽毬(17)は、父の事業失敗の責任を負う形で、成金の物産商・権藤家へ嫁いだ。
それは恋ではなく、家を救うための契約の婚姻。
しかも、夫となる権藤宿禰(26)は病のため人前に出られず、屋敷の地下で暗闇に閉ざされて暮らしているという。
不安と恐れを胸に、初めて対面した夜。
陽毬が出会ったのは、噂とはまるで違う、知的で誰より暖かい心を持つ夫だった。
契約から始まった夫婦は、言葉を交わし、寄り添い、少しずつ心を育んでいく。
これは、温かな闇の中で選び合う、切なくも、けなげな愛の物語。
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる