後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第二章 華燭

57 日鳳

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 小蘭は、彼らに言われるまま三方のカーテンを下ろした。

「……納得はいかん。どう考えても、私が女の格好をする必要はないだろう」
 日鳳には、そのことがよほど屈辱だったようで、まだ蒼龍にぶつぶつと文句を言っている。
 
 対する蒼龍はケロッとしたもので、こう笑い飛ばした。
 
「だってお前が、俺に言ったんだぞ。〝誰にも聞かれない場所で話したい〟って。ここなら絶対安心だろ? 何せ俺以外の男は入れないんだからな」
「まして――曹の手下など絶対にいない」
 ニヤッと笑った蒼龍に、日鳳は小さく舌打ちした。
 
「……まあいい。その……一応聞くが、そちらのご婦人は大丈夫なのだろうな」
 ジロリと小蘭に目をやると、日鳳はすぐに目線を逸らした。白粉をつけているのに、妙に顔が桃色に染まっている。
「ああ、以前から話している通りだ。彼女は問題ない。俺が……一番信頼している女性だ」

(以前からって――)

 自分のことを、どんな風に話したのだろうかと、今度は小蘭が頬を赤らめる番だった。
 日鳳は、視線を上げてただ「わかった」とだけ言い、うなずいた。

「全く、ひどい男だ。三日前、真夜中に私の寝所に押しかけてきたかと思うと、『曹の娘との結婚を回避したいから考えろ』なんて無茶振りときた」
 日鳳は、低い姿勢から蒼龍をじろりと睨みつけた。

「ふん、それが日鳳おまえの仕事だろ? なあ、俺の軍師殿。それに――」

 蒼龍は、不敵に笑った。
「この展開を望んでいたのは、むしろお前の方だろう。 曹家との婚礼に最後まで反対していたのは、他ならぬお前なんだから」
「え?」
 大きく目を見開いた小蘭から、日鳳は再び目を逸らす。蒼龍が、説明を補った。
「全く、この頑固者は……俺が『婚礼を受け入れる』と宣言した後は、しばらく口も聞こうとしなかったんだぞ」
 
「……ふん、蒼龍テメエが急に弱気ひよったからだ。その……し、小蘭妃シャオランフェイ……殿」
 ――殿? そんな敬称をつけて呼ばれたのは初めてだ。

 改めて日鳳を凝視すると、彼はまた恥ずかしそうに視線をそらした。

「あなたがコイツを説得したのだと聞いた。……恩に着る」
「そんな……私、大したことはしていないわ。ただ、自分の思うことを言っただけ」
 本当にそれでいいのか、分からないままに。

「いや。……そんなことはない」
 恥ずかしそうに顔を背けながらも、きっぱりと言い切る日鳳。
 
 その左耳に、古い傷跡がちらりと覗いていて――小蘭は〝あっ〟と思い当たった。
 いつか聞いた子ども時代の蒼龍の思い出話。
 
――『耳にざっくりと傷が』

「あなたもしかして、蒼龍の幼馴染の――」
 蒼龍の方を向くと、彼もまたうんとうなずいた。

日鳳こいつもな、曹一家とは、ちょっとした因縁があるんだよ」
 ポンポンと頭を撫でる蒼龍の手を払うと、日鳳は気難しげに眉根を寄せた。

「わ、私は別に……私怨で動いているのではないぞっ。曹家の支配に正道はない、そう考えているだけだ」
「ははっ、まあ、そう言わずに。頼むよ、俺と彼女の未来がかかっているんだ」
 
「お前らの色恋沙汰なんか知るか! いいか、私が蒼龍おまえ側に乗っかったのは、あいつよりはお前の方が、ちっとはマシだと考えたからだ」
「マシってのはひどいな」

 いつも怒っているように憎まれ口を叩く、小さな軍師様。
 一見ふざけているようで、自らの命を預ける覚悟を決めた蒼龍。

 ふたりの信頼の中に、今、自分も加えてもらっている。
 子を産むための側妃ではない。
 同じ志を持つ〝仲間〟として――。
 
 たわむれ合うふたりを前に、小蘭は、だんだんと胸の奥が熱くなるのを感じていた。
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