後宮恋歌 ―皇帝になる男と、ただ一人の妃―

佳乃こはる

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第二章 華燭

59 黒曜石の警告

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 けれど、そんな自分にも、ひとつだけはっきり分かることがあった。

 それは――蒼龍が半年間もここを離れ、南の戦場に行くということ。
 会えなくなってしまうということ。
 
 それだけが小蘭の心を揺らがせた。
 胸さわぎが、どうしても抑えられない。
 
「ね、ねえ……ひとつ聞いていい?」
 たまらず、話に割って入った。ふたりが小蘭の方を向く。

「あ、あの……碧衣――南出身の妃と友達なの。人質として……彼女はどうなる? 彼女の国の人たちは大丈夫なの?」
 
「勿論。私の、第二の故郷だと言ったでしょう。荒らすような真似はさせない。そのご婦人についても、必ず策を講じる」
 ひとまず胸を撫で下ろす小蘭。
 
 それから一番肝心な事を――迷った末にようやく聞いた。

「あの、……もうひとつ。……蒼龍は、これからすぐに南の戦に行くってことよね。……半年も」
「ええ」

 声が、さらに小さくなる。

「その……小競り合いって言ってるけど、それって本当に大丈夫なの? 万が一にも――」

 小蘭は、無意識のうちに首にかけた黒曜石オニキスを握っていた。
 以前、皇后様から聞いた話が胸を過ぎる。
『皇帝が暗殺されそうになり、蒼龍の母が盾として……』

 戦場では、何が起きるとも限らない――そんな不安が胸を縮ませる。

 と、日鳳が即座に言った。

「心配ない、今回は戦のフリだけだ。蒼龍の身に危険はない」
「でも……」
 
小蘭妃シャオランフェイ……殿――こんなヤツでも私は……命に代えて護りたいと思っている人間を、自分の他に二人は知っている」
 
 目を丸くした小蘭を、日鳳は真っ直ぐに見据えた。

 そうして。
 
「だからどうか――ここは、我々を信じていただきたい」
 
 何と彼は、小蘭の前に頭を下げたのだ。

 一瞬、時間が止まったように小蘭は動けなくなった。

「わ、私……ご、ごめんなさいっ、そんなつもりじゃなかったの。どうか日鳳……頭を上げて? そ、蒼龍っ」

 慌てて助けを求めると、蒼龍がそっと手をかけた。

「ーーおい日鳳、いい加減に頭を上げないか。俺の妃が困っている」
「……」

「全く……頭のキレは抜群だが、女に免疫がなくってな、どうにも硬くっていけない」

「お、おい! 関係ないだろ、その事はっ」
 
 顔を真っ赤にしながらも、ぱっと顔を上げた日鳳。

 その肩に、さっきまでの力はようやく抜けてーー小蘭は、やっと笑うことができた。
 
「小蘭、心配してくれるのはありがたいが、これでも俺は皇太子だ。皆を守る義務がある――日鳳も、周りの奴らも――俺も含めて。皆、死なせるようなヘマはしない」
 
「本当に? 絶対に死んだりしない?」
「ああ、約束するよ……ってか、人を勝手に殺すな」

 耳元の後毛に、蒼龍がそっと手をかけた。
「必ず、戻る。小蘭……」
「蒼龍……」

「あーっ、もうお前らっ!」

 限りなくゼロ距離に接近したふたりの間に、黒い頭が割って入った。

「さっきから私は、空気か何かかっ。目の前でいちゃいちゃするなあっ」

「あ……ご、ごめん……なさい」
「ははっ、悪い悪い」

 すっかり忘れていたとばかりに恥いる小蘭に、肩を叩いて日鳳に詫びる蒼龍。

 まだ眉を吊り上げながらも、日鳳は、蒼龍の袖をぐいっと引いた。

「さあ、これで用事は全て終わった。外が暗いうちに戻るぞ、蒼龍」

「えー、まだ少しいいじゃないか。何なら一緒に泊まっていけば……」

「お前らがそんな風にいちゃついてる中で、私はどうやって寝ろというんだっ」
 
 耳元で怒鳴りつける日鳳。

「何なら、お前は空き部屋にでも――」
「私はっ! 一刻も早くっ! この変装を解きたいんだっ!」
 日鳳の怒鳴り声に、耳を塞ぐ蒼龍。

「じゃあな、小蘭。また」
「うん、蒼龍。日鳳も……ありがとう」

「まずはしっかり身体を癒やせ。その後は――」
「ほら、帰るぞ」
「も、もうちょっとだけ……」
「早く来いっ」

 いつまでも名残惜しそうに手を振っている蒼龍の腕を掴むと、日鳳は、入ってきた扉へと引きずった。

 その姿を、苦笑いで見送る小蘭。

 その時、ふと胸のざわめきを覚えて、無意識に下に目を落とした。

 すると、首にかけた黒曜石オニキスが、蝋燭の炎が揺らぐ度に、警告のように紅黒く明滅している。
 
「あの、蒼――」

 けれど。
 小蘭が声をかけようとした時にはもう、ふたりの姿は、闇の中へと消え去っていた。

 風もないのに、蝋燭の芯がジジッと鳴り、大きく一度、揺らいで消えた。
 
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