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第二章 華燭
61 小蘭、動く
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「……うん、分かるわ」
尚真は、さも分かった顔で胸を張った。
「そりゃあ嫌よ。今まで独り占めだった皇子様が、別の女の子を抱くなんて」
「それに」
碧衣が続く。
「皇子様が戦に行かれるのは、仕方のないことよ? 私の国を、ちゃんと皆を守ってくれなくっちゃ困るわ。……〝西の虎〟から」
その言葉に、小蘭は息を呑んだ。
そうだ。
彼女にとって、この戦は他人事じゃない。
日鳳の策は大したもので、曹丞相の用意していた南征の理由を、『南の国の反乱』から『西の虎』という外敵にすり替えた。
そのおかげで碧衣は、〝人質〟としての役割を免れ、今ここにいる。
小蘭には〝西の虎〟が、本物の虎なのか、人間の賊なのかわからない。けれど、その響きには、なぜか蒼龍の顔が重なった。
――俺には、皆を守る義務がある。
確かに、蒼龍はそう言った。
碧衣の、故郷の人たちを愛する想いも、この大陸にあふれる無数の人々の願いのうちのひとつに過ぎない。
蒼龍は、そのすべてを、ひとりで背負おうとしてる。
もしかすると――。
あの時の、無自覚なひと言が、彼をひとりで立ち向かわせてしまったんじゃ……?
「……どうしよう」
立ち尽くしたまま、ぽつりと呟く。左右から、視線を感じる。
「小蘭……」
やがて碧衣が立ち上がり、小蘭の頭を胸に抱き寄せた。
「ごめん。今の、ちょっとだけ意地悪だった。……あんたが恋に酔っているように見えたから」
そう言って、優しく髪を撫でる。
「小蘭姐姐」
尚真も、碧衣を倣って立ち上がった。
「――きっと、大丈夫だよ、蒼龍皇子はあんなに強くて勇ましいんだもの。例え戦に行ったって……」
「ちょっと尚真!」
「え、ご、ごめん。あ、そうだ! 姐姐が落ち着くように、私、お茶を淹れてきてあげる」
逃げるように尚真が出て行き、部屋には二人だけが残った。
小蘭の背を撫でながら、碧衣が静かに言った。
「ねえ、小蘭。私には、あんたが何を心配しているかまでは分らないけれど――」
「……え?」
今までとは違う低い声音に、小蘭ふと顔を上げる。
「……会いたいんでしょ? 皇子様に」
暫く迷って、小蘭はやがて、小さくうなずいた。
「なら、動いたら? 泣いてたって何も始まらない。今日のあんた、全然あんたらしくない」
「でも――碧衣姐……私たち、……お妃よ?」
後宮の妃は、一歩も外へ出られない。自分たちから外の人に会いにゆくなんて、許されるわけがない。
そんな事、碧衣だって分かっているはずなのに。
ふと、碧衣の顔が陰った。背を撫でていた手が止まる。
「――ここだけの話」
碧衣の声が、一段と低くなった。
「私ね、故郷に好きな男がいた。でも、もう二度と会えない」
「碧……衣」
碧衣は、くしゃりと、小蘭の前髪をかき上げた。
「だからさ、あんたはちゃんと考えて。何も会えない距離じゃない。向こうから来るのを待つなんて、あんたらしくないって、そう思わない?」
「碧衣……私……」
胸の奥に、小さな灯がぽっと点る。
(そうだわ、私、何を弱気になっていたんだろう)
会いたい――。
待つ理由より、会いに行く理由の方が、ずっと多いじゃないか。
逃げることも、目を逸らすことも。
もう、許されない気がした。
尚真は、さも分かった顔で胸を張った。
「そりゃあ嫌よ。今まで独り占めだった皇子様が、別の女の子を抱くなんて」
「それに」
碧衣が続く。
「皇子様が戦に行かれるのは、仕方のないことよ? 私の国を、ちゃんと皆を守ってくれなくっちゃ困るわ。……〝西の虎〟から」
その言葉に、小蘭は息を呑んだ。
そうだ。
彼女にとって、この戦は他人事じゃない。
日鳳の策は大したもので、曹丞相の用意していた南征の理由を、『南の国の反乱』から『西の虎』という外敵にすり替えた。
そのおかげで碧衣は、〝人質〟としての役割を免れ、今ここにいる。
小蘭には〝西の虎〟が、本物の虎なのか、人間の賊なのかわからない。けれど、その響きには、なぜか蒼龍の顔が重なった。
――俺には、皆を守る義務がある。
確かに、蒼龍はそう言った。
碧衣の、故郷の人たちを愛する想いも、この大陸にあふれる無数の人々の願いのうちのひとつに過ぎない。
蒼龍は、そのすべてを、ひとりで背負おうとしてる。
もしかすると――。
あの時の、無自覚なひと言が、彼をひとりで立ち向かわせてしまったんじゃ……?
「……どうしよう」
立ち尽くしたまま、ぽつりと呟く。左右から、視線を感じる。
「小蘭……」
やがて碧衣が立ち上がり、小蘭の頭を胸に抱き寄せた。
「ごめん。今の、ちょっとだけ意地悪だった。……あんたが恋に酔っているように見えたから」
そう言って、優しく髪を撫でる。
「小蘭姐姐」
尚真も、碧衣を倣って立ち上がった。
「――きっと、大丈夫だよ、蒼龍皇子はあんなに強くて勇ましいんだもの。例え戦に行ったって……」
「ちょっと尚真!」
「え、ご、ごめん。あ、そうだ! 姐姐が落ち着くように、私、お茶を淹れてきてあげる」
逃げるように尚真が出て行き、部屋には二人だけが残った。
小蘭の背を撫でながら、碧衣が静かに言った。
「ねえ、小蘭。私には、あんたが何を心配しているかまでは分らないけれど――」
「……え?」
今までとは違う低い声音に、小蘭ふと顔を上げる。
「……会いたいんでしょ? 皇子様に」
暫く迷って、小蘭はやがて、小さくうなずいた。
「なら、動いたら? 泣いてたって何も始まらない。今日のあんた、全然あんたらしくない」
「でも――碧衣姐……私たち、……お妃よ?」
後宮の妃は、一歩も外へ出られない。自分たちから外の人に会いにゆくなんて、許されるわけがない。
そんな事、碧衣だって分かっているはずなのに。
ふと、碧衣の顔が陰った。背を撫でていた手が止まる。
「――ここだけの話」
碧衣の声が、一段と低くなった。
「私ね、故郷に好きな男がいた。でも、もう二度と会えない」
「碧……衣」
碧衣は、くしゃりと、小蘭の前髪をかき上げた。
「だからさ、あんたはちゃんと考えて。何も会えない距離じゃない。向こうから来るのを待つなんて、あんたらしくないって、そう思わない?」
「碧衣……私……」
胸の奥に、小さな灯がぽっと点る。
(そうだわ、私、何を弱気になっていたんだろう)
会いたい――。
待つ理由より、会いに行く理由の方が、ずっと多いじゃないか。
逃げることも、目を逸らすことも。
もう、許されない気がした。
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