大正浪漫? 夫婦契約致しました ~暗闇の中、契約夫と密やかにはぐくむ愛~

佳乃こはる

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第1章

変わり果てた姿

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 一方、僕はそれどころでなく、自分の姿がどうなっているのか確認したくてたまりません。

 どこかに姿が映せるものがないか、探していました。
 
 そうして、見つけたのです。
 祈祷師が首にかけている珠に、逆さに映っている自分の姿を。

 歪んで映るその貌は、見慣れた自分の面影を微塵も残さず――。
 
 *

「とても、ショックでした」
「宿禰様」

 しゅんと肩を落とす宿禰様に、私はかける言葉もなかった。

 ――それはそうだろう。
 少し前まで健常な青年であったものが、目覚めた時には人でない姿をしていたのだから。
 
「……ともかくも、一旦両親はあらそいを止めました。勝利を勝ち取り、主導権を握った母が男に尋ねます」

 *
 
 見るだに恐ろしい人外の姿。
 しかもそれが、自分自身であるという。
 まるで現実味はなく、悪い夢を見ているよう。
 
 それでもたまに映っているのは間違いなく自分――それは、疑いようのない現実なのです。

 放心している僕を前に、母が男に詰め寄りました。
 
「それで、祈祷師様。宿禰のこの姿を元に戻して頂くことは出来るんですの?」

「ほう……しかしそれでは『慧眼』の力もなくなってしまいますが、それでよろしいと?」
 
 父がふと、名残惜しそうな顔をします。
 
「その……」
「ええ、もちろん!」
 
 母が父を遮ると、男は仕方ない、といった風に首を振ります。
 
「左様ですか。折角あなた方の念願が叶ったというのに。しかし……」

 男が、ニタリと笑います。

「残念ながら。我が力程度では、成ってしまったものを元に戻すことは出来んのですよ」
「な……、何ですってえ!」
 
「うふふっ。ねえあなた方、少し調子が良すぎやしませんか? 一体何様のおつもりです。人を散々、事業の神だとかあがめ、力を分けて欲しいと言って」

 彼は、父母にじり寄りました。

「ちょっと自分に不都合があれば、すぐにまた戻してくれなどと言うてくる」
 気持ちよさそうに説教をしています。
 
「そもそも、事業ビジネスでは、何かを得れば何かを失うのが定石。そんな考えもなしに、大儲けしたいなどとは片腹痛い」
 
「お黙りなさい無礼者! 余計なお喋りは必要ないわ。何かほかに、宿禰の顔を元通りにする方法はあるの、ないの!」
「……」

 母の言い様は、とても人に教えを乞うものではありません。
 男はすっかり黙り込んでしまいました。

 僕は慌てて、ふたりの会話に割って入りました。
 
「祈祷師様、どうか母をお許しください。気が動転しているのです」
 声が、裏返ってしまいました。

「……僕は、自身のこの身に起こったことについて何ひとつ知りません。これまでの経緯いきさつも、さっきから話に出ている『慧眼』というのも」
 
 僕は、男に向かって平伏しました。
「どうか僕に教えて下さい。元に戻る手段があるのならば。僕には僕の人生がある。理由も分からずこんな姿になってしまうなんて……僕には……耐えられない」
 
 畳に額をくっつけるようにして懇願すると、やがて男はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めました。
 
「そんなことを言われても……私だってその姿には長年苦しんできたんだ。簡単に呪いは解けないよ」
「そんな……」
「……ただ、そうさねえ。今回私がやったように、より高位の祈祷きとうの技を磨いて、呪術を誰かに移転させるか……」
 
 生じた吐き気を堪えながら、僕は床に頭をつけて男の話を聞きます。
 
「そうだ! もうひとつあるぞ、私が呪いを移された時に言われたのが」
 男が嬉々として声を上げました。
 
「歪んだ呪いは『真心』に弱い。もし、お前の真の姿を知らぬ乙女がその姿をしたお前を慕い慈しみ、我が身をかえりみず真心をもって尽くすなら……その呪いは、根元ねもとから消えるであろう、と」
 
 ハッとして僕は顔を上げました。父も母も、男をじっと見ています。
 しかし男は、再びよこしまな顔に戻り、同じ口で言いました。
 
「ただ、ねえ。私は40年という時をその貌で過ごしてきたが、そんな乙女ものが現れたことは一度だってなかったよ。だって、ねえ……」
 
 男は、僕の前に膝を折ると、鼻をくっつけんばかりに、顔を寄せました。
「酷い顔だ、気味が悪い。そんな君を愛せる女がいると思うかい? もしも本当にいるのなら、一度見て見たいものだ。産みの母にさえ『化け物』と呼ばれるその貌をね」
 
 にたあ。
 
 男はいやらしく嗤うと、畳の上で脱力した僕に言いました。

「いいじゃないか。『慧眼』をうまく使えば、うなるほどの金が手に入る。もう何の不自由もない、女だって手に入る。……もっとも、人の真心は買えないかもしれんがね」
 
 男は高笑いをしながら、うなだれる僕らを残して去ってゆきました。
 
 ーー今でもその笑い声が、耳の奥に残っています。
 
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