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第4章 リューべルへの道
女の子
しおりを挟むディーが盗賊達を縛り上げていく姿をただただ呆然と見ていた。
まだ、手に残る切った感触、耳に残る生々しい"声"。
魔獣や魔物とは違う感覚に襲われていた。なんだか手が、震えている気さえする。
「おい、エル。こっちに来い」
ディーは俺に縛り方をおしえてくれた。やっぱり初めは上手くいかなくて、5回ほどやり直してやっと形になった。
「……人は喋るし、騙す。狡猾でよっぽどずる賢い。魔獣や魔物より、ある意味厄介だ」
「うん」
それはさっき痛感した。俺が一瞬戸惑ったせいでアレクに助けてもらった。アレクがいなかったら多分、あのナイフは俺を貫いていた。
強さでいったら、ダイアウルフの方が何倍も強くてしつこかった。
でも、人は強さの前に言葉巧みに揺さぶってくる。
……確かに、すごく厄介だ。
これからも、冒険者としてやっていく上で、それ以前に旅を続けるならきっと同じことは数え切れないくらいあるだろう。
その時にいちいち悩んでなんか居られない。
迷ったら死ぬ。それは全てに共通することだ。
「よし」
声に出して、気持ちを切り替えた。
大丈夫、迷わない。
「老人、どこまで行く予定だ?」
「助けていただきまして、ありがとうございます。ノアラまででしたが、一旦ヴィルナまで戻ろうと思います」
「そうだな、それがいい」
それからお爺さんは俺の手をとって深々と頭を下げた。
「君も、本当にありがとう。お陰様で、荷物だけでなく、孫も助けていただいた」
「おまご、さん?」
倒れた荷馬車を見ると、幌のあいだから覗き込んでいる顔が見えた。
目が合うとぴゃっと隠れてしまった。うさぎ族らしい、長い耳がぴょこんと揺れた。
咄嗟に俺は倒れた荷馬車に駆け寄る。
中に居る時に荷馬車が倒れたなら怪我をしていないか心配になったからだ。
「きみ!大丈夫?」
幌の向こう、崩れた木箱の隅にしゃがみ込んでいた子は、小さな布人形をぎゅっと抱きしめたまま、怯えたようにこちらを見上げた。
黒に近い焦げ茶の髪を肩の上で切りそろえた、小さな女の子だった。
年の頃は……6歳くらいだろうか。
「だ、だいじょぶ……」
小さな声。震えている。
その長い耳がしょんぼり垂れて、しっぽもぎゅっと縮こまっていた。
その顔を見た瞬間、胸がきゅっとした。
きっと、いや絶対にものすごく怖かったはずだ。
俺は慌ててしゃがみ込んで手を伸ばした。
でも――
あれ?女の子って、ど、どうやって声かけたらいいんだ……?
今にも泣きそうな顔の女の子。あれこれ俺泣かせちゃわないかな。
だから、おそるおそる、そっと声をかけてみた。
「えっと……外、出られる?痛いとこない?」
女の子は布人形を抱えたまま、その場を動こうとしない。よく見ると膝が真っ赤になっていた。
「そっち、行っても平気?」
なるべく怖がらせないように、優しく声をかけた。
女の子は耳と一緒に小さくこくんと頷く。
怯えさせないように、ゆっくりと荷馬車に入って近づく。膝が真っ赤でとても痛そうだ。抱っこしてあげようと脇の下に手を差し込む。
「……おにいちゃん?」
その一言で心臓が跳ねた。慌てて両手を引っ込める。
「っあ、ごめんね!足、痛そうだったから抱っこしてあげようと思って」
何も言わずに抱っこしようとしたのはまずかった!俺は兄上に結構無言で抱っこして貰ってたけど、女の子だし、それ以前に今出会ったばかりの女の子なのに!
内心パニクっているのに、外面は頑張って“優しげ”を装う。
「抱っこしても、いいかな?」
少し悩んだ後、女の子はこくんとうなづいて両手を伸ばしてくれた。
「外の空気吸おっか。おじいさん、心配してるよ」
「……うん」
抱っこするとぎゅってしがみつく女の子。
ちいちゃい。あったかい。
怖かったね、もう大丈夫だよと優しく背中を撫でてあげた。
そして荷馬車から降りると、お爺さんが駆け寄る。お爺さんは犬族らしく、ミナちゃんのことが心配で耳がピンと立っていた。
「ミナ!怪我はないか!」
「おじい……ちゃん……」
ミナちゃんを降ろすと、ぎゅっとお爺さんにしがみついた。
その姿を見て、俺は胸を撫で下ろした。
ところが――
ミナちゃんが俺の方へ振り返り、布人形を抱え直しながら言った。
「おにいちゃん……こわいの、やっつけてくれて……ありがと……」
言われた瞬間、耳まで真っ赤になった。産毛まで逆だってる気がする。
「い、いや!大したことじゃ……!」
うわああああ!何この恥ずかしさ! 女の子相手だと破壊力が違いすぎるんだけど!?
動揺して固まってる俺の横で、アレク(人型)がミナちゃんにじーっと見られ、
「……おっきい、おにいちゃん……?も、ありがとう」
「あっ……お、おう……?」
アレクが珍しく言葉に詰まっていた。
「おじさんも、ありがとう」
ディーにもちゃんとお礼を言っていた。
「おう」と返事をするが耳がちょっと膨らんだのを俺は見逃さなかった。
というかディーはおじさんっていう年齢なのかな?お兄さんくらいかな、と思ってたんだけど。
まぁいっか。ディーがおじさんでもお兄さんでもディーはディーだし。機会があったら聞いてみようっと。
「あ!ミナちゃん?足、俺湿布草持ってるから貼ろうか」
返事も聞かずに鞄の中からミルド草を取り出した。これは寒冷地に生えるという訳では無いが、ノルデン周辺の夏場にたまに見かけることがある。依頼でも何回か受けたが、1回の依頼の分量を集めるのに3日以上かけないと集まらなかった苦い思い出の採取依頼だ。
それを手の中で揉んで柔らかくする。少し水分が出てきてしなっとしてきたら、ミナちゃんの真っ赤な膝にあてる。落ちないように布で固定して完成だ。
「ひゃっ、冷たい」
「この冷たいのが良いんだよ。炎症を抑えて、治すのを手伝ってくれるからね」
「うん」
まだ少し緊張してるみたいだけど、少しほっとした表情のミナちゃんが可愛い。耳もしっぽも変な緊張は見られない。それが嬉しくてつい、顔が緩んでにこにこしてしまう。
「あのぅ、ミナはしばらく歩けませんし……その……よければ、ヴィルナまで同行をお願いできませんか?」
ディーは短く頷いた。
「ああ、そいつらを引き渡すまでは同行するつもりだ。エル、アレク、先ずは荷馬車を戻すぞ」
「わ、分かった!」
「えぇ」
文句を言う割にしっかり手伝うアレクに苦笑した。
荷馬車に盗賊を転がして、見張りはアレク。
馬が1匹逃げてしまったようで、おじいさんは荷馬車を引く残りの馬を牽引、ミナちゃんはディーが抱っこ。俺はディーの隣を歩く。
日が暮れる前にヴィルナに着くことが出来た。
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