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麻雀大会in Hawaii
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〈倉知父編〉
そばを、すする。
総勢九名のそばをすする音が、ハワイのおしゃれな別荘に鳴り響いている。
かなりのシュールさにみんな笑っていたが、これがないと大みそかという気がしない。
年越しに必要なのは、そばと、麻雀だ。
大みそかは、家族で麻雀を打つ。
それが倉知家の伝統だと話すと、光太郎さんはしきりに感心していた。
いつか一緒に打ちましょうと誘うと、ぜひ、と笑っていたのが数年前。
まさかハワイでそれが実現するとは、思ってもみなかった。
胸に押し寄せる感慨に浸りつつ、年越しそばを食べ終えると、早速麻雀大会が始まった。
ルールを知らないハルさんを除くと、打てるメンツはちょうど八名。四人ずつ二チームに分かれて対戦し、上位二名が決勝戦に進出できる。もちろん、優勝賞品は毎年恒例の「加賀さんを好きにできる権利」だ。
第一戦は、光太郎さん、俺、要君、六花のメンツで戦って、勝ち抜けしたのは俺と光太郎さんだった。六花も善戦したが、光太郎さんが強すぎた。もう、座っているだけで強いのだが、めちゃくちゃな豪運の持ち主だ。
加賀さんの強さとは、種類が違う。加賀さんは場に出ている牌を観察し、筋を読んで、とことん振り込まない。行けるときと引くときを見極めた、玄人らしい麻雀を打つ。
「ロン、それロン!」
妻の捨て牌に反応して腰を浮かした五月が、手牌を倒し、両手のこぶしを突き上げた。
「よっしゃ、お母さんナイスアシスト。ねえこれ、強くない? ほら、ドラきた、裏ドラ乗った!」
「ああんっ、もう、なんで私ばっかり? おかしいなあ?」
別に、おかしくない。
妻が乏しくなった点棒をかき集め、七世と加賀さんの顔を順番に見て、「何点?」と訊いた。役の数え方も点数計算も人任せの妻が可愛い。
「メンタンピンドラドラ、親の満貫だな」
加賀さんが言って、七世が付け足した。
「一万二千点だよ」
「ひゃー、もう百点棒しかないよ、すかんぴんだあ」
「もしかして、あたし、勝ち抜けしちゃう? 決勝進出?」
「五月は今三位だよ」
タブレットで点数管理をしている六花が言った。今はいろんなアプリが出ていて、はっきり言って現実の点棒のやり取りは無意味だが、雰囲気を味わうための必須アイテムだ。
「二位の七世と五千点差だし、ラス親で連荘すれば、まあありうるんじゃない?」
タブレットを見ながら六花が言った。おそらく順位に変動がないまま終わるだろう。というか、早く終わって欲しい。決勝戦が、待ち遠しい。
決勝を控えている光太郎さんは、ロッキングチェアにゆったりと体を預け、ワインを片手に麻雀を打つ四人を遠くから見守っている。
なんというか、ラスボスの貫禄だ。
「五月さん、頑張って! 希望を捨てないで!」
先の対局で惨敗した要君が、ビールの缶を握り締め、ソファから吠えた。
「任せろ。まずは七世、お前を倒す!」
五月が優勝するなんて、ハワイに雪が降るレベルで、ありえない。
奮起する五月を笑って見ている加賀さんが、七世と顔を見合わせて、肩をすくめた。残念だが、七世と五月だと雀力に差がありすぎる。
数学教師なだけあって、七世は理詰めで賢い麻雀を打つ。ただ、思い切りがよくない。いざというときにどうしても縮こまる。用心深くて神経質な性格が出てしまう。
そういう俺は、あくまで普通だ。おそらくこの中で、歴が一番長く、場数を踏んでいるというだけで、特に猛者ではない。つもりだ。
それなりに腕に自信はあるが、光太郎さんを倒せるとすれば、加賀さんだけだろう。
俺は純粋に、父子の対戦が見たかった。
万が一でも五月が加賀さんを負かすなんてことは、あってはいけない。
いいからじっとしていなさい、と念を送ると、七世が「チー」と「ポン」を連発し、喰いタンのみでさっさと上がり、あっさりと終局した。さすがだ。いい子だ。わかっている。
「七世ええええ」
五月が七世の胸倉をつかんで揺さぶった。
「ごめん、ちょっとトイレ行きたくて」
「漏らしとけよ、ばかぁ。加賀さんをうちに招待したかったのにぃ」
五月が崩れ落ち、駆け寄った要君と抱き合って大げさに悔しがっている。
「別に、家くらい行くよ?」
加賀さんが牌を崩し、席を立つ。
「えっ」
二人が仲良く声を上げ、加賀さんを見上げた。
「マママママジっすか?」
「ほほほほほんと?」
「うん、マジでほんと。俺もトイレ」
加賀さんが席を立ち、七世と二人でリビングを出ていった。六花がその背中をぎらついた目で追う。
「連れション卑猥」
六花はずっとこの調子で、満喫している。五月と七世がそれぞれ伴侶を連れていても、自分は自分を貫いている。寂しそうでもない。退屈そうでもない。
スマホアプリで麻雀を勉強しているハルさんに、ああだこうだと指南しながら、意識は七世と加賀さんに向いている。
とりあえず、二人を見ていられるなら他に何もいらないようだ。
「千葉君は麻雀できるの?」
巨大なダイニングテーブルの向かい側に座った六花が、俺を見ずに「できないよ」と返事をした。
「嘘だろ、モテキングのくせに?」
「だっさいよね」
六花の顔色は変化がない。彼氏を馬鹿にされてもムッとしたり庇ったりしないのが六花らしい。というか、本当に好きなのだろうか。我が娘ながらわかりづらい。
「倉知家の一員になるなら麻雀は必須だって言っとけよ」
つまみのピーナッツを口に放り込んで、缶ビールを傾けると、六花はタブレットを見たままで平然と言った。
「わかってる」
素直さに驚いて、体がビクッとなってしまった。うざいとか一員になんてならないとか、顔をしかめて反論されると思ったのに。
まさか六花も結婚を考えているのだろうか。
信じられない。
泣きそうだ。
ほんの少し前までは、結婚願望なんて微塵もなかったはずだ。五月の披露宴でも、憧れたり羨んだり、そんな素振りは一切なかった。
もしや七世と加賀さんの結婚式が素晴らしくて、感化されたとか?
海外挙式なら、内輪だけの挙式なら、恥ずかしがり屋の自分でもいけるのでは、と可能性を見出したとか?
ありうる。本当に、あれはいい式だった。さすがの俺も感動で胸やら目頭やらが熱くなったし、二人を見ているだけで幸せになった。俺ですら、そうなのだ。六花の価値観を変えるには十分すぎる。
「俺的には婿養子で同居とか、マスオさんも全然ありなんだけど」
独り言を装ってつぶやいてみたが、六花は聞こえないふりで唐突に光太郎さんに向き直り、質問を投げた。
「光太郎さんは、優勝したらどうします?」
息子をどうにでもできると言われたところで困るだろうに。と思ったが、意外とノリノリな様子で、顎に手をあて、思案している。
「定光を好きなようにしてもいいんだな?」
「うふ、はい、そうです、好きにできるんです」
「膝にでも座らせるか」
「可愛い」
とろけそうな顔になる六花の横で、ハルさんが吹き出した。
「それ絶対写真撮りたい」
「その写真だけで個展開けますよね」
「開く開く。膝に座る息子展?」
「エモエモのエモ」
六花とハルさんが手を取り合ってはしゃいでいる。
息子たちが戻ると、ワインを飲み干してグラスを置いた光太郎さんが「さて」と腰を上げた。
「やるか」
ただ立ち上がっただけなのに、ゴゴゴゴと効果音が聞こえてきそうな迫力だ。
「あれ? 親父と麻雀するの、何気に初めてじゃない?」
加賀さんが言うと、光太郎さんが目を細めてフフフと低く笑い、雀卓に着く。
「そうだな。楽しくなってきたぞ」
「よろしくお願いします」
七世が彼に一礼してから席に着き、加賀さんもそれに倣う。
「よろしくお願いします」
「定光」
「ん?」
「なんでもなかった」
「何それ」
今のはまさに「呼びたくなったから呼んだだけ」というやつだ。もしかすると、多少、酔っているのかもしれない。顔には出にくいが、酔うと朗らかになる。
普段あまり態度には出さないが、彼は息子を溺愛している。
以前二人で飲んだときに、本当に激しく、これでもかと息子愛を聞かされた。
あの子はいい子だ、完璧だ、目に入れても痛くないし、いつでも抱きしめたい、甘やかしたい、なんでもしてやりたい、とメロメロになっていた。三十歳を超えた息子に対して、異常かもしれないが、可愛くて仕方がない、どうしたらいいだろうか。
という具合に、強烈な愛情を持て余していた。厳しく躾けてきた反動もあるのか、加減がわからないようにも見えた。
子どもというのは理屈抜きに、可愛い。わかります、と神妙な顔で話を聞いていたが、あのとき、光太郎さんという人を、大好きになった。
誰にも、ハルさんにさえも、ああいう姿を見せたことはないのではないか。黙って唇を噛んで、精一杯ニヤニヤを押し殺す。
「何、なんか変な空気だな」
加賀さんが俺と光太郎さんを見比べて首をかしげる。
「あ、親父が勝ったらどうする? このメンツだし、優勝賞品変えない?」
「変えない」
俺が言い、
「変えましょう」
七世がいい、
「変えない」
光太郎さんが言って、左手を翳し、軽く振る。
「定光が優勝したら、これをやろう」
「それ、え、オーデマピゲ? 目ん玉飛び出るくらい蹴り飛ばしたくなる値段のやつじゃん」
さらっと怖いことを言ったのに、七世がふふっと笑う。きっと何かのネタだろう。
「親父気に入ってんのに。いいの? 貰っても」
「勝てばの話だ」
「勝つよ」
静かに火花を散らす父と子。外野がワーキャー悲鳴を上げる。加賀さんの負けず嫌いは父親譲りだ。
「親父が何を要求してくるか、まったく予想つかなくて怖いんだけど」
加賀さんが肩をすくめた。まさか、膝に乗せたがっているとは思いもしないだろう。
「光太郎さん、頑張って!」
ハルさんと六花が声援を送る。
「お父さん、頑張って!」
ハワイ産のパパイヤを貪りながら、妻が負けじと叫ぶ。
「加賀さん、頑張って!」
五月と大月君が、缶ビールをぐびぐびやる合間に声を揃える。
「俺の応援団がいない……」
七世が眉を下げて、冗談っぽくしょんぼりして見せた。
「倉知君頑張って。好き」
加賀さんが優しく励ました。にこ、と七世の顔が笑う。単純だ。
「はいはい、じゃあそろそろ始めるか」
ごほん、と咳ばらいをして、手を打った。
大みそかの、麻雀大会インハワイ。
決勝戦の幕が上がる。
始まってみれば、予想通り。ほとんど加賀さんと光太郎さんの一騎打ちで、俺と七世は空気だ。というか、空気を読んだ。なんとなく、邪魔をしてはいけないような雰囲気を感じたのだ。
七世は加賀さんのアシストに徹底していたが、二人がかりでも光太郎さんという敵は強大だった。
持って生まれたセンスと、本能と、極太の運でごり押しをする父に、息子は手を焼いていた。なんとか南場に突入したものの、俺たちの点数は現在彼に吸い取られて一様に心もとない状態だ。南場一局目の親は、光太郎さんだ。
親に振ってしまえば、その時点で誰かが飛ぶ確率が高い。
緊迫した状況で、加賀さんの捨て牌に反応したのは光太郎さんだった。
「ロン」
「いやいや、嘘でしょ。二巡目で黙聴?」
倒した手牌を確認して、これは駄目だと思った。勝てない。どうやったら二巡目でここまで仕上がるのか。まさに文字通り、豪運というやつだ。筋を読むことも場を読むことも、通用しない。
「うわ、倍満じゃん。待って、余裕で箱ったわ。もう、面白い」
加賀さんが笑いだした。
笑う加賀さんにつられて、七世が笑顔になる。
笑うしかない。
「はっはっは」
俺も笑う。
うふふ、あはは、とみんなが笑いだした。
「おみそれしました」
加賀さんが頭を下げる。顔を上げると、清々しい笑顔。父の強さに安堵したようにも見えた。
和やかな笑い声と拍手の中、決勝戦の幕が閉じる。
「それで親父は」
牌を片付けながら、加賀さんが言った。
「俺をどうする気?」
ハルさんと六花がクスクス笑い始めた。ハルさんがいそいそとカメラを用意し、六花がスマホを構える。
「片づけはあとだ。ここに座りなさい」
光太郎さんが膝を叩く。
「……ん?」
加賀さんが難しい顔で固まった。
「覚えてないか? 子どもの頃、乗せたことがある」
「いや、うん、子どもの頃はそりゃあ、そういうこともあっただろうけど」
苦笑する加賀さんは、本気にしていない。せっせと牌の片づけを再開する。
「加賀さん」
七世が加賀さんの肩に手を置いた。
「光太郎さんは本気です」
「えー、はは、うける。……え? マジか」
両手を広げて膝に座るのを待っている光太郎さんに気づき、加賀さんが手を止め、唖然とする。
「なんでもすると言っただろう」
ちょっと拗ねた感じの光太郎さんに、口元が緩む。
「いや、言ってないけど。まあいいけど、うん、座るけど。おっさんでいいの?」
加賀さんが席を立つ。
わっと盛り上がるオーディエンスに見守られ、加賀さんが、光太郎さんの膝にちょこんと座る。結構きっちりした関係性なのに、なんのためらいもなく座るんだな、と妙に感心した。さすが加賀さんだ。
「大きくなったな」
シャッターを切る音とスマホの音、みんなの大騒ぎする声に紛れて、光太郎さんのしみじみとした感想が漏れ聞こえた。
聞こえたのはどうやら俺だけだ。
それと、これも俺だけが気づいている。
数分前に日付が変わって、年が明けた。
にぎやかな家族を眺めながら、微笑んだ。
今年もよろしく。
〈おわり〉
そばを、すする。
総勢九名のそばをすする音が、ハワイのおしゃれな別荘に鳴り響いている。
かなりのシュールさにみんな笑っていたが、これがないと大みそかという気がしない。
年越しに必要なのは、そばと、麻雀だ。
大みそかは、家族で麻雀を打つ。
それが倉知家の伝統だと話すと、光太郎さんはしきりに感心していた。
いつか一緒に打ちましょうと誘うと、ぜひ、と笑っていたのが数年前。
まさかハワイでそれが実現するとは、思ってもみなかった。
胸に押し寄せる感慨に浸りつつ、年越しそばを食べ終えると、早速麻雀大会が始まった。
ルールを知らないハルさんを除くと、打てるメンツはちょうど八名。四人ずつ二チームに分かれて対戦し、上位二名が決勝戦に進出できる。もちろん、優勝賞品は毎年恒例の「加賀さんを好きにできる権利」だ。
第一戦は、光太郎さん、俺、要君、六花のメンツで戦って、勝ち抜けしたのは俺と光太郎さんだった。六花も善戦したが、光太郎さんが強すぎた。もう、座っているだけで強いのだが、めちゃくちゃな豪運の持ち主だ。
加賀さんの強さとは、種類が違う。加賀さんは場に出ている牌を観察し、筋を読んで、とことん振り込まない。行けるときと引くときを見極めた、玄人らしい麻雀を打つ。
「ロン、それロン!」
妻の捨て牌に反応して腰を浮かした五月が、手牌を倒し、両手のこぶしを突き上げた。
「よっしゃ、お母さんナイスアシスト。ねえこれ、強くない? ほら、ドラきた、裏ドラ乗った!」
「ああんっ、もう、なんで私ばっかり? おかしいなあ?」
別に、おかしくない。
妻が乏しくなった点棒をかき集め、七世と加賀さんの顔を順番に見て、「何点?」と訊いた。役の数え方も点数計算も人任せの妻が可愛い。
「メンタンピンドラドラ、親の満貫だな」
加賀さんが言って、七世が付け足した。
「一万二千点だよ」
「ひゃー、もう百点棒しかないよ、すかんぴんだあ」
「もしかして、あたし、勝ち抜けしちゃう? 決勝進出?」
「五月は今三位だよ」
タブレットで点数管理をしている六花が言った。今はいろんなアプリが出ていて、はっきり言って現実の点棒のやり取りは無意味だが、雰囲気を味わうための必須アイテムだ。
「二位の七世と五千点差だし、ラス親で連荘すれば、まあありうるんじゃない?」
タブレットを見ながら六花が言った。おそらく順位に変動がないまま終わるだろう。というか、早く終わって欲しい。決勝戦が、待ち遠しい。
決勝を控えている光太郎さんは、ロッキングチェアにゆったりと体を預け、ワインを片手に麻雀を打つ四人を遠くから見守っている。
なんというか、ラスボスの貫禄だ。
「五月さん、頑張って! 希望を捨てないで!」
先の対局で惨敗した要君が、ビールの缶を握り締め、ソファから吠えた。
「任せろ。まずは七世、お前を倒す!」
五月が優勝するなんて、ハワイに雪が降るレベルで、ありえない。
奮起する五月を笑って見ている加賀さんが、七世と顔を見合わせて、肩をすくめた。残念だが、七世と五月だと雀力に差がありすぎる。
数学教師なだけあって、七世は理詰めで賢い麻雀を打つ。ただ、思い切りがよくない。いざというときにどうしても縮こまる。用心深くて神経質な性格が出てしまう。
そういう俺は、あくまで普通だ。おそらくこの中で、歴が一番長く、場数を踏んでいるというだけで、特に猛者ではない。つもりだ。
それなりに腕に自信はあるが、光太郎さんを倒せるとすれば、加賀さんだけだろう。
俺は純粋に、父子の対戦が見たかった。
万が一でも五月が加賀さんを負かすなんてことは、あってはいけない。
いいからじっとしていなさい、と念を送ると、七世が「チー」と「ポン」を連発し、喰いタンのみでさっさと上がり、あっさりと終局した。さすがだ。いい子だ。わかっている。
「七世ええええ」
五月が七世の胸倉をつかんで揺さぶった。
「ごめん、ちょっとトイレ行きたくて」
「漏らしとけよ、ばかぁ。加賀さんをうちに招待したかったのにぃ」
五月が崩れ落ち、駆け寄った要君と抱き合って大げさに悔しがっている。
「別に、家くらい行くよ?」
加賀さんが牌を崩し、席を立つ。
「えっ」
二人が仲良く声を上げ、加賀さんを見上げた。
「マママママジっすか?」
「ほほほほほんと?」
「うん、マジでほんと。俺もトイレ」
加賀さんが席を立ち、七世と二人でリビングを出ていった。六花がその背中をぎらついた目で追う。
「連れション卑猥」
六花はずっとこの調子で、満喫している。五月と七世がそれぞれ伴侶を連れていても、自分は自分を貫いている。寂しそうでもない。退屈そうでもない。
スマホアプリで麻雀を勉強しているハルさんに、ああだこうだと指南しながら、意識は七世と加賀さんに向いている。
とりあえず、二人を見ていられるなら他に何もいらないようだ。
「千葉君は麻雀できるの?」
巨大なダイニングテーブルの向かい側に座った六花が、俺を見ずに「できないよ」と返事をした。
「嘘だろ、モテキングのくせに?」
「だっさいよね」
六花の顔色は変化がない。彼氏を馬鹿にされてもムッとしたり庇ったりしないのが六花らしい。というか、本当に好きなのだろうか。我が娘ながらわかりづらい。
「倉知家の一員になるなら麻雀は必須だって言っとけよ」
つまみのピーナッツを口に放り込んで、缶ビールを傾けると、六花はタブレットを見たままで平然と言った。
「わかってる」
素直さに驚いて、体がビクッとなってしまった。うざいとか一員になんてならないとか、顔をしかめて反論されると思ったのに。
まさか六花も結婚を考えているのだろうか。
信じられない。
泣きそうだ。
ほんの少し前までは、結婚願望なんて微塵もなかったはずだ。五月の披露宴でも、憧れたり羨んだり、そんな素振りは一切なかった。
もしや七世と加賀さんの結婚式が素晴らしくて、感化されたとか?
海外挙式なら、内輪だけの挙式なら、恥ずかしがり屋の自分でもいけるのでは、と可能性を見出したとか?
ありうる。本当に、あれはいい式だった。さすがの俺も感動で胸やら目頭やらが熱くなったし、二人を見ているだけで幸せになった。俺ですら、そうなのだ。六花の価値観を変えるには十分すぎる。
「俺的には婿養子で同居とか、マスオさんも全然ありなんだけど」
独り言を装ってつぶやいてみたが、六花は聞こえないふりで唐突に光太郎さんに向き直り、質問を投げた。
「光太郎さんは、優勝したらどうします?」
息子をどうにでもできると言われたところで困るだろうに。と思ったが、意外とノリノリな様子で、顎に手をあて、思案している。
「定光を好きなようにしてもいいんだな?」
「うふ、はい、そうです、好きにできるんです」
「膝にでも座らせるか」
「可愛い」
とろけそうな顔になる六花の横で、ハルさんが吹き出した。
「それ絶対写真撮りたい」
「その写真だけで個展開けますよね」
「開く開く。膝に座る息子展?」
「エモエモのエモ」
六花とハルさんが手を取り合ってはしゃいでいる。
息子たちが戻ると、ワインを飲み干してグラスを置いた光太郎さんが「さて」と腰を上げた。
「やるか」
ただ立ち上がっただけなのに、ゴゴゴゴと効果音が聞こえてきそうな迫力だ。
「あれ? 親父と麻雀するの、何気に初めてじゃない?」
加賀さんが言うと、光太郎さんが目を細めてフフフと低く笑い、雀卓に着く。
「そうだな。楽しくなってきたぞ」
「よろしくお願いします」
七世が彼に一礼してから席に着き、加賀さんもそれに倣う。
「よろしくお願いします」
「定光」
「ん?」
「なんでもなかった」
「何それ」
今のはまさに「呼びたくなったから呼んだだけ」というやつだ。もしかすると、多少、酔っているのかもしれない。顔には出にくいが、酔うと朗らかになる。
普段あまり態度には出さないが、彼は息子を溺愛している。
以前二人で飲んだときに、本当に激しく、これでもかと息子愛を聞かされた。
あの子はいい子だ、完璧だ、目に入れても痛くないし、いつでも抱きしめたい、甘やかしたい、なんでもしてやりたい、とメロメロになっていた。三十歳を超えた息子に対して、異常かもしれないが、可愛くて仕方がない、どうしたらいいだろうか。
という具合に、強烈な愛情を持て余していた。厳しく躾けてきた反動もあるのか、加減がわからないようにも見えた。
子どもというのは理屈抜きに、可愛い。わかります、と神妙な顔で話を聞いていたが、あのとき、光太郎さんという人を、大好きになった。
誰にも、ハルさんにさえも、ああいう姿を見せたことはないのではないか。黙って唇を噛んで、精一杯ニヤニヤを押し殺す。
「何、なんか変な空気だな」
加賀さんが俺と光太郎さんを見比べて首をかしげる。
「あ、親父が勝ったらどうする? このメンツだし、優勝賞品変えない?」
「変えない」
俺が言い、
「変えましょう」
七世がいい、
「変えない」
光太郎さんが言って、左手を翳し、軽く振る。
「定光が優勝したら、これをやろう」
「それ、え、オーデマピゲ? 目ん玉飛び出るくらい蹴り飛ばしたくなる値段のやつじゃん」
さらっと怖いことを言ったのに、七世がふふっと笑う。きっと何かのネタだろう。
「親父気に入ってんのに。いいの? 貰っても」
「勝てばの話だ」
「勝つよ」
静かに火花を散らす父と子。外野がワーキャー悲鳴を上げる。加賀さんの負けず嫌いは父親譲りだ。
「親父が何を要求してくるか、まったく予想つかなくて怖いんだけど」
加賀さんが肩をすくめた。まさか、膝に乗せたがっているとは思いもしないだろう。
「光太郎さん、頑張って!」
ハルさんと六花が声援を送る。
「お父さん、頑張って!」
ハワイ産のパパイヤを貪りながら、妻が負けじと叫ぶ。
「加賀さん、頑張って!」
五月と大月君が、缶ビールをぐびぐびやる合間に声を揃える。
「俺の応援団がいない……」
七世が眉を下げて、冗談っぽくしょんぼりして見せた。
「倉知君頑張って。好き」
加賀さんが優しく励ました。にこ、と七世の顔が笑う。単純だ。
「はいはい、じゃあそろそろ始めるか」
ごほん、と咳ばらいをして、手を打った。
大みそかの、麻雀大会インハワイ。
決勝戦の幕が上がる。
始まってみれば、予想通り。ほとんど加賀さんと光太郎さんの一騎打ちで、俺と七世は空気だ。というか、空気を読んだ。なんとなく、邪魔をしてはいけないような雰囲気を感じたのだ。
七世は加賀さんのアシストに徹底していたが、二人がかりでも光太郎さんという敵は強大だった。
持って生まれたセンスと、本能と、極太の運でごり押しをする父に、息子は手を焼いていた。なんとか南場に突入したものの、俺たちの点数は現在彼に吸い取られて一様に心もとない状態だ。南場一局目の親は、光太郎さんだ。
親に振ってしまえば、その時点で誰かが飛ぶ確率が高い。
緊迫した状況で、加賀さんの捨て牌に反応したのは光太郎さんだった。
「ロン」
「いやいや、嘘でしょ。二巡目で黙聴?」
倒した手牌を確認して、これは駄目だと思った。勝てない。どうやったら二巡目でここまで仕上がるのか。まさに文字通り、豪運というやつだ。筋を読むことも場を読むことも、通用しない。
「うわ、倍満じゃん。待って、余裕で箱ったわ。もう、面白い」
加賀さんが笑いだした。
笑う加賀さんにつられて、七世が笑顔になる。
笑うしかない。
「はっはっは」
俺も笑う。
うふふ、あはは、とみんなが笑いだした。
「おみそれしました」
加賀さんが頭を下げる。顔を上げると、清々しい笑顔。父の強さに安堵したようにも見えた。
和やかな笑い声と拍手の中、決勝戦の幕が閉じる。
「それで親父は」
牌を片付けながら、加賀さんが言った。
「俺をどうする気?」
ハルさんと六花がクスクス笑い始めた。ハルさんがいそいそとカメラを用意し、六花がスマホを構える。
「片づけはあとだ。ここに座りなさい」
光太郎さんが膝を叩く。
「……ん?」
加賀さんが難しい顔で固まった。
「覚えてないか? 子どもの頃、乗せたことがある」
「いや、うん、子どもの頃はそりゃあ、そういうこともあっただろうけど」
苦笑する加賀さんは、本気にしていない。せっせと牌の片づけを再開する。
「加賀さん」
七世が加賀さんの肩に手を置いた。
「光太郎さんは本気です」
「えー、はは、うける。……え? マジか」
両手を広げて膝に座るのを待っている光太郎さんに気づき、加賀さんが手を止め、唖然とする。
「なんでもすると言っただろう」
ちょっと拗ねた感じの光太郎さんに、口元が緩む。
「いや、言ってないけど。まあいいけど、うん、座るけど。おっさんでいいの?」
加賀さんが席を立つ。
わっと盛り上がるオーディエンスに見守られ、加賀さんが、光太郎さんの膝にちょこんと座る。結構きっちりした関係性なのに、なんのためらいもなく座るんだな、と妙に感心した。さすが加賀さんだ。
「大きくなったな」
シャッターを切る音とスマホの音、みんなの大騒ぎする声に紛れて、光太郎さんのしみじみとした感想が漏れ聞こえた。
聞こえたのはどうやら俺だけだ。
それと、これも俺だけが気づいている。
数分前に日付が変わって、年が明けた。
にぎやかな家族を眺めながら、微笑んだ。
今年もよろしく。
〈おわり〉
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オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
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