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第2 好きだけど、嫌いと言います
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「テディエス様と昨日も喧嘩をされたんだろう?」
乳母兄弟で側近のレナルトが苦笑をしながら入ってくる。俺はそんな男の顔を思わず睨み付けていた。
「うるさいぞ、これは夫婦の問題だ。放っておいてくれないか」
「いやいや。その結果、今日はついにご機嫌伺いの挨拶さえなくなって、ますますお前が機嫌を損ねていると聞いてるぞ」
イライラしていると分かっていながら、こうやって人の神経を平然と逆なでするような男なのだ。ますます増していった苛立ちに俺は「チッ」と舌打ちをした。
「おぉ、怖い! 皇太子がそんな品のないことをするんじゃない。あと、加えてガキ臭い意地を張るのもいい加減やめろ」
「意地なんて張った覚えはない」
「そんなことを言っている内に離縁されても知らないぞ」
「できるものなら、すれば良い」
言いながらも心がズキッと痛んでいた。
「お前なぁ、いい加減素直になれ。ずっと惚れきっているのはお前だろう」
呆れた声で皇太子の俺にそんな注意をしてくるこいつは、本当にイヤな奴だと思う。容赦なく傷を抉っていくのだから、かなり質が悪かった。
「今さらどうしろって言うんだ。お前だって知っているだろう。守り人族が嘘を吐けない精霊族だということを」
言葉に不思議な力が宿る守り人族は、その力の強靱さと引き換えに、嘘を吐けば自分の身体を苛んで下手をすれば死にも至るはずなのだ。
そんな守り人族であるテディエスが俺に向かって「嫌い」だと微笑むのだから。もうどうしようもないことだとは分かっていた。
「しきたりさえなかったら、テディエスももっと自由に生きれただろうに」
それなのに古くからのしきたりというだけで、こんな風に嫌いな男の元に嫁がなくてはいけなかったのだ。
初めて見た時からずっと惹かれている俺なんかとは違うのだ。
「そもそもテディエスは人間になんて嫁ぎたくなかったはずだからな」
「たしか初対面の時に近寄るな、と言われたんだっけ?」
俺はレナルトの言葉に頷いた。初めて見たテディエスは、澄んだ目をまっすぐ俺の方へ向けていた。光を受けたフワフワの髪も、緑色のキレイな目もとても可愛かったのだ。
精霊族の末姫らしいその姿に、俺はいわば一目惚れというやつをしてしまったのだと思う。だから俺は、将来の伴侶になる相手だと紹介されて、とても嬉しかったことを覚えている。
それなのに、そばに寄ろうとした俺にテディエスははっきりと『そばに寄らないで下さい』と言ったのだ。
『それは俺に近寄られたくないってことか?』
『…はい』
何が悪かったのかは分からない。でも嘘を吐くことができない守り人族のテディエスがそう望んだということはそれが本心からの言葉だったということだけは間違いがなかった。
「その理由は何だったんだ?」
「何もなく突然言われたんだ。きっと人間自体がいやだった、ってことだろう? その後も会う度に寝込まれたからな。よほど負担になっていたんだろうな」
それなのに結婚するしかなかったテディエスを思えば哀れだった。
そして俺も頑なに俺のことを拒み続けているテディエスに、いつの間にか冷たい言葉しか吐き出せなくなっている状態だった。
「でもお前はそれでも嫌いになれないんだろ?」
「……いや、嫌いだよ」
俺のことを嫌い続ける彼女の姿は見たくない。あの笑顔が俺を労る言葉と一緒ならどんなに良いだろう。そんな叶うはずもない願いを、俺はまた思ってしまうのだ。
「だけど、お前に会う度に寝込まれていらっしゃったんだよな?」
「あぁ、そうだな」
「それから嫁がれた後は、日がな一日お部屋で過ごしているだろう?」
「あぁ、おかげで不満の声も上がってきている」
いくら俺のことが嫌いでも正妃としての務めは果たして欲しいのだが、一度部屋に籠もってしまうとろくに話しも聞かないらしい。
通路でどうにか話そうとした臣下も、冷たい顔であしらわれてしまった、と報告さえ上がっている。結婚する前も俺への態度は酷かった。それでも他の者へそんな高慢さはなかったはずだったのに。
「何がそんなに不満なのか、まったく……」
俺は思わず大きな溜息を吐き出した。
「……それは本当に、お前のことを嫌っているせいなのか?」
「それは間違いないだろう。あの守り人族である本人が、俺にそうだと言っているのだから」
「いやだから。守り人族だからこそ、そう言った後に寝込んでいるってことはないか?」
「そんなわけはないだろ、何をバカげたことを言っているんだ」
俺はあまりのありえなさに、「あはははっ!」と思わず声を上げて笑ってしまった。
「いや、よく考えてみろよ。嫁ぐ前からお前に会った後からは、よく寝込んでいたんだろ?」
「…あぁ、そうだが。でもそれはーーー」
「だから、その先入観を取り払って考えてみろ。何でお前と会った後には身体の調子を崩してたんだ?」
「……」
「何で嫁いでからは、ずっと自室に籠もってるんだ?」
「……俺に嘘を吐いているってことなのか? なぜだ?」
「さぁ、理由までは分からない。そもそも、もしかしたら、と仮定の話だからな」
「……」
「でも、いったん確認ぐらいは取ってこい」
そう言ってレナルトは扉の方を示していた。俺はそんなレナルトに肩をすくめながら立ち上がった。
乳母兄弟で側近のレナルトが苦笑をしながら入ってくる。俺はそんな男の顔を思わず睨み付けていた。
「うるさいぞ、これは夫婦の問題だ。放っておいてくれないか」
「いやいや。その結果、今日はついにご機嫌伺いの挨拶さえなくなって、ますますお前が機嫌を損ねていると聞いてるぞ」
イライラしていると分かっていながら、こうやって人の神経を平然と逆なでするような男なのだ。ますます増していった苛立ちに俺は「チッ」と舌打ちをした。
「おぉ、怖い! 皇太子がそんな品のないことをするんじゃない。あと、加えてガキ臭い意地を張るのもいい加減やめろ」
「意地なんて張った覚えはない」
「そんなことを言っている内に離縁されても知らないぞ」
「できるものなら、すれば良い」
言いながらも心がズキッと痛んでいた。
「お前なぁ、いい加減素直になれ。ずっと惚れきっているのはお前だろう」
呆れた声で皇太子の俺にそんな注意をしてくるこいつは、本当にイヤな奴だと思う。容赦なく傷を抉っていくのだから、かなり質が悪かった。
「今さらどうしろって言うんだ。お前だって知っているだろう。守り人族が嘘を吐けない精霊族だということを」
言葉に不思議な力が宿る守り人族は、その力の強靱さと引き換えに、嘘を吐けば自分の身体を苛んで下手をすれば死にも至るはずなのだ。
そんな守り人族であるテディエスが俺に向かって「嫌い」だと微笑むのだから。もうどうしようもないことだとは分かっていた。
「しきたりさえなかったら、テディエスももっと自由に生きれただろうに」
それなのに古くからのしきたりというだけで、こんな風に嫌いな男の元に嫁がなくてはいけなかったのだ。
初めて見た時からずっと惹かれている俺なんかとは違うのだ。
「そもそもテディエスは人間になんて嫁ぎたくなかったはずだからな」
「たしか初対面の時に近寄るな、と言われたんだっけ?」
俺はレナルトの言葉に頷いた。初めて見たテディエスは、澄んだ目をまっすぐ俺の方へ向けていた。光を受けたフワフワの髪も、緑色のキレイな目もとても可愛かったのだ。
精霊族の末姫らしいその姿に、俺はいわば一目惚れというやつをしてしまったのだと思う。だから俺は、将来の伴侶になる相手だと紹介されて、とても嬉しかったことを覚えている。
それなのに、そばに寄ろうとした俺にテディエスははっきりと『そばに寄らないで下さい』と言ったのだ。
『それは俺に近寄られたくないってことか?』
『…はい』
何が悪かったのかは分からない。でも嘘を吐くことができない守り人族のテディエスがそう望んだということはそれが本心からの言葉だったということだけは間違いがなかった。
「その理由は何だったんだ?」
「何もなく突然言われたんだ。きっと人間自体がいやだった、ってことだろう? その後も会う度に寝込まれたからな。よほど負担になっていたんだろうな」
それなのに結婚するしかなかったテディエスを思えば哀れだった。
そして俺も頑なに俺のことを拒み続けているテディエスに、いつの間にか冷たい言葉しか吐き出せなくなっている状態だった。
「でもお前はそれでも嫌いになれないんだろ?」
「……いや、嫌いだよ」
俺のことを嫌い続ける彼女の姿は見たくない。あの笑顔が俺を労る言葉と一緒ならどんなに良いだろう。そんな叶うはずもない願いを、俺はまた思ってしまうのだ。
「だけど、お前に会う度に寝込まれていらっしゃったんだよな?」
「あぁ、そうだな」
「それから嫁がれた後は、日がな一日お部屋で過ごしているだろう?」
「あぁ、おかげで不満の声も上がってきている」
いくら俺のことが嫌いでも正妃としての務めは果たして欲しいのだが、一度部屋に籠もってしまうとろくに話しも聞かないらしい。
通路でどうにか話そうとした臣下も、冷たい顔であしらわれてしまった、と報告さえ上がっている。結婚する前も俺への態度は酷かった。それでも他の者へそんな高慢さはなかったはずだったのに。
「何がそんなに不満なのか、まったく……」
俺は思わず大きな溜息を吐き出した。
「……それは本当に、お前のことを嫌っているせいなのか?」
「それは間違いないだろう。あの守り人族である本人が、俺にそうだと言っているのだから」
「いやだから。守り人族だからこそ、そう言った後に寝込んでいるってことはないか?」
「そんなわけはないだろ、何をバカげたことを言っているんだ」
俺はあまりのありえなさに、「あはははっ!」と思わず声を上げて笑ってしまった。
「いや、よく考えてみろよ。嫁ぐ前からお前に会った後からは、よく寝込んでいたんだろ?」
「…あぁ、そうだが。でもそれはーーー」
「だから、その先入観を取り払って考えてみろ。何でお前と会った後には身体の調子を崩してたんだ?」
「……」
「何で嫁いでからは、ずっと自室に籠もってるんだ?」
「……俺に嘘を吐いているってことなのか? なぜだ?」
「さぁ、理由までは分からない。そもそも、もしかしたら、と仮定の話だからな」
「……」
「でも、いったん確認ぐらいは取ってこい」
そう言ってレナルトは扉の方を示していた。俺はそんなレナルトに肩をすくめながら立ち上がった。
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