1 / 5
第1 好きだから、嫌いと言います
しおりを挟む
「本当はこんな結婚なんて望んでいなかったんだ」
もう何度目になる言葉でしょう。
数えることも止めてしまったぐらいに言われ続けた言葉なのです。それなのに今日もズキズキと痛む胸に呆れながら、私は「分かっております」とアレクス様へそう言いました。
「お前はどうしてこんなに可愛げがないんだ」
表情の1つも変えない私へこの言葉も、もう何度言われたのかも分かりません。
それでも私がここで泣いたところで、心根は優しいアレクス様のことですから。きっとお困りになってしまうでしょう。
それを知っていてどうして泣くことができるでしょうか。私はただ、好きな人を困らせたくないだけなのです。
「はい、そちらも存じ上げておりますよ」
ですから私はその言葉にも、そう言ってニッコリ微笑むしかなかったのです。
そんな私に向けられたアレクス様の表情が、ますます苦々しいものへと変わっていきます。どうしてこんなに上手くいかないのでしょうか。
表情を変えずにいてもダメで、微笑んでみてもダメなのです。どうやってもアレクス様の機嫌を損ねないでは居られないのですから、今日もまた私はどうして良いのか分からなくなってしまいます。
「……お前のそういう所が好きになれん。まぁお前も私を嫌いだろうがな」
そうして今日もまた聞こえた言葉に私はふふっ、と微笑みました。
「はい、私もです」
そう言った私の心は、ズキズキと張り裂けそうな痛みを訴えます。だってこれは嘘なのです。嘘を吐くことができない守り人族の末姫である、私が吐いた嘘なのです。
でも本当は優しいアレクス様のことなのですから。私が本当はアレクス様を好きだということが分かってしまったのなら、アレクス様はきっと嫌いな私も無碍にすることはできなくなってしまうでしょう。
だから、私は今日も守り人族が吐くことができない嘘を、笑顔で吐いてみせるのです。
ただ自業自得なことですが、その言葉は毒になって私の身体を苛んでいきます。張り裂けそうな痛みは、私の場合にはただの例えではありません。
いえ、私以外の方でもきっと、同じような状況なら、同じようにツラく苦しいはずなのです。だから他の方がマシだとか、私の方がツライだとか、そういうつもりはありません。
ただ本当に痛みを訴えてしまう胸に、私の意識は遠のいてしまいそうで困ってしまうだけなのです。
しかも一緒にこみ上げてきてしまう気持ち悪さも問題です。大好きなアレクス様にそんな酷い姿は晒したくはありません。
ですからどうにかその気持ち悪さを抑えるように、私は深呼吸をそっとしました。
「またそうやって溜息か」
えっ? と思って目線を向けると、そこには苛立った様子のアレクス様の顔がありました。溜息を吐いたつもりはありませんでした。
アレクス様の気がかりになってしまうことがないように、隠したつもりだったのが悪かったのでしょうか。
「申し訳ございません…。お話しをしている内に、少し気持ちが悪くなってしまったものですから……」
隠せていなかったみっともなさと、気遣わせてしまったら、という申し訳なさに私の声は小さくなります。
「お前はどうしてこうも嫌みを吐くんだ」
でも聞こえてきたのは、そんなさらに冷たい言葉でした。
今の何がいけなかったのかは分かりません。嫌みを言ったつもりもありません。ただアレクス様に嫌いな私を気遣わせてはいけないと、そんなことを思っていただけだったのです。
でも実際は気遣わせてしまうどころか、こんな風に怒らせてしまうだけなのですから。私たちはどこまでも合わない2人のようです。
何だか色々苦しくてもう何も言えないまま、私はそっと俯きました。
「もう良い、お前は自室に下がれ」
疲れたとでも言うように大きな溜息が聞こえてきます。その言葉へも何も返せず、私は一礼をしてそのまま部屋を出て行きました。
早く部屋に帰って、休みたいと思うのです。まだ朝のご機嫌伺いのご挨拶しかしていないと言うのに、今日もこのまま寝台からは、起き上がれなくなるかもしれません。
正妃として務めを全く果たせていない状況に国民の皆様は、私のことをどう思っているでしょう。情けなくて、とても申し訳ない気持ちになります。
でもとりあえず今はそんなことよりも、どうにか部屋までは絶えなくてはいけません。しきたりに則った婚姻だとは言っても、アレクス様の正妃として嫁いだ立場なのですから。こんな使用人の方達が多い場所でみっともない姿だけは、せめて見せないように務めなくてはいけないのです。
ですから、私は今日も両手を強く握り締めて、真っ直ぐ前を見つめます。そうして気を必死に張りながら、通路を歩き出しました。
もう何度目になる言葉でしょう。
数えることも止めてしまったぐらいに言われ続けた言葉なのです。それなのに今日もズキズキと痛む胸に呆れながら、私は「分かっております」とアレクス様へそう言いました。
「お前はどうしてこんなに可愛げがないんだ」
表情の1つも変えない私へこの言葉も、もう何度言われたのかも分かりません。
それでも私がここで泣いたところで、心根は優しいアレクス様のことですから。きっとお困りになってしまうでしょう。
それを知っていてどうして泣くことができるでしょうか。私はただ、好きな人を困らせたくないだけなのです。
「はい、そちらも存じ上げておりますよ」
ですから私はその言葉にも、そう言ってニッコリ微笑むしかなかったのです。
そんな私に向けられたアレクス様の表情が、ますます苦々しいものへと変わっていきます。どうしてこんなに上手くいかないのでしょうか。
表情を変えずにいてもダメで、微笑んでみてもダメなのです。どうやってもアレクス様の機嫌を損ねないでは居られないのですから、今日もまた私はどうして良いのか分からなくなってしまいます。
「……お前のそういう所が好きになれん。まぁお前も私を嫌いだろうがな」
そうして今日もまた聞こえた言葉に私はふふっ、と微笑みました。
「はい、私もです」
そう言った私の心は、ズキズキと張り裂けそうな痛みを訴えます。だってこれは嘘なのです。嘘を吐くことができない守り人族の末姫である、私が吐いた嘘なのです。
でも本当は優しいアレクス様のことなのですから。私が本当はアレクス様を好きだということが分かってしまったのなら、アレクス様はきっと嫌いな私も無碍にすることはできなくなってしまうでしょう。
だから、私は今日も守り人族が吐くことができない嘘を、笑顔で吐いてみせるのです。
ただ自業自得なことですが、その言葉は毒になって私の身体を苛んでいきます。張り裂けそうな痛みは、私の場合にはただの例えではありません。
いえ、私以外の方でもきっと、同じような状況なら、同じようにツラく苦しいはずなのです。だから他の方がマシだとか、私の方がツライだとか、そういうつもりはありません。
ただ本当に痛みを訴えてしまう胸に、私の意識は遠のいてしまいそうで困ってしまうだけなのです。
しかも一緒にこみ上げてきてしまう気持ち悪さも問題です。大好きなアレクス様にそんな酷い姿は晒したくはありません。
ですからどうにかその気持ち悪さを抑えるように、私は深呼吸をそっとしました。
「またそうやって溜息か」
えっ? と思って目線を向けると、そこには苛立った様子のアレクス様の顔がありました。溜息を吐いたつもりはありませんでした。
アレクス様の気がかりになってしまうことがないように、隠したつもりだったのが悪かったのでしょうか。
「申し訳ございません…。お話しをしている内に、少し気持ちが悪くなってしまったものですから……」
隠せていなかったみっともなさと、気遣わせてしまったら、という申し訳なさに私の声は小さくなります。
「お前はどうしてこうも嫌みを吐くんだ」
でも聞こえてきたのは、そんなさらに冷たい言葉でした。
今の何がいけなかったのかは分かりません。嫌みを言ったつもりもありません。ただアレクス様に嫌いな私を気遣わせてはいけないと、そんなことを思っていただけだったのです。
でも実際は気遣わせてしまうどころか、こんな風に怒らせてしまうだけなのですから。私たちはどこまでも合わない2人のようです。
何だか色々苦しくてもう何も言えないまま、私はそっと俯きました。
「もう良い、お前は自室に下がれ」
疲れたとでも言うように大きな溜息が聞こえてきます。その言葉へも何も返せず、私は一礼をしてそのまま部屋を出て行きました。
早く部屋に帰って、休みたいと思うのです。まだ朝のご機嫌伺いのご挨拶しかしていないと言うのに、今日もこのまま寝台からは、起き上がれなくなるかもしれません。
正妃として務めを全く果たせていない状況に国民の皆様は、私のことをどう思っているでしょう。情けなくて、とても申し訳ない気持ちになります。
でもとりあえず今はそんなことよりも、どうにか部屋までは絶えなくてはいけません。しきたりに則った婚姻だとは言っても、アレクス様の正妃として嫁いだ立場なのですから。こんな使用人の方達が多い場所でみっともない姿だけは、せめて見せないように務めなくてはいけないのです。
ですから、私は今日も両手を強く握り締めて、真っ直ぐ前を見つめます。そうして気を必死に張りながら、通路を歩き出しました。
1,019
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されていた。手遅れな程に・・・
月白ヤトヒコ
恋愛
婚約してから長年彼女に酷い態度を取り続けていた。
けれどある日、婚約者の魅力に気付いてから、俺は心を入れ替えた。
謝罪をし、婚約者への態度を改めると誓った。そんな俺に婚約者は怒るでもなく、
「ああ……こんな日が来るだなんてっ……」
謝罪を受け入れた後、涙を浮かべて喜んでくれた。
それからは婚約者を溺愛し、順調に交際を重ね――――
昨日、式を挙げた。
なのに・・・妻は昨夜。夫婦の寝室に来なかった。
初夜をすっぽかした妻の許へ向かうと、
「王太子殿下と寝所を共にするだなんておぞましい」
という声が聞こえた。
やはり、妻は婚約者時代のことを許してはいなかったのだと思ったが・・・
「殿下のことを愛していますわ」と言った口で、「殿下と夫婦になるのは無理です」と言う。
なぜだと問い質す俺に、彼女は笑顔で答えてとどめを刺した。
愛されていた。手遅れな程に・・・という、後悔する王太子の話。
シリアス……に見せ掛けて、後半は多分コメディー。
設定はふわっと。
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
婚約者の心変わり? 〜愛する人ができて幸せになれると思っていました〜
冬野月子
恋愛
侯爵令嬢ルイーズは、婚約者であるジュノー大公国の太子アレクサンドが最近とある子爵令嬢と親しくしていることに悩んでいた。
そんなある時、ルイーズの乗った馬車が襲われてしまう。
死を覚悟した前に現れたのは婚約者とよく似た男で、彼に拐われたルイーズは……
婚約者の様子がおかしいので尾行したら、隠し妻と子供がいました
Kouei
恋愛
婚約者の様子がおかしい…
ご両親が事故で亡くなったばかりだと分かっているけれど…何かがおかしいわ。
忌明けを過ぎて…もう2か月近く会っていないし。
だから私は婚約者を尾行した。
するとそこで目にしたのは、婚約者そっくりの小さな男の子と美しい女性と一緒にいる彼の姿だった。
まさかっ 隠し妻と子供がいたなんて!!!
※誤字脱字報告ありがとうございます。
※この作品は、他サイトにも投稿しています。
花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果
藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」
結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。
アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。
※ 他サイトにも投稿しています。
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
私と結婚したいなら、側室を迎えて下さい!
Kouei
恋愛
ルキシロン王国 アルディアス・エルサトーレ・ルキシロン王太子とメリンダ・シュプリーティス公爵令嬢との成婚式まで一か月足らずとなった。
そんな時、メリンダが原因不明の高熱で昏睡状態に陥る。
病状が落ち着き目を覚ましたメリンダは、婚約者であるアルディアスを全身で拒んだ。
そして結婚に関して、ある条件を出した。
『第一に私たちは白い結婚である事、第二に側室を迎える事』
愛し合っていたはずなのに、なぜそんな条件を言い出したのか分からないアルディアスは
ただただ戸惑うばかり。
二人は無事、成婚式を迎える事ができるのだろうか…?
※性描写はありませんが、それを思わせる表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる