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43話 吸血鬼 -1-
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「ジュールに頼んで、お前ひとりで学院まで帰してもらうつもりだったんだがな……」
車内に腰を下ろしながら、彼は肩をすくめて笑った。
「あまり長く一緒にいると、手放したくなくなる」
「……冗談だと言ってくれ」
「本気だ」
軽口のように言いながらも、その声音にはどこか影があった。
「出発します」
御者台からジュールの声がして、馬車がゆっくりと動き出す。
帰り道、俺はどうしても気になって、ニコラのことを次々と問いかけてしまった。
「――治療の方法は?」
「完全にナクティス化していない段階なら効く可能性のある経口特効薬は、すでにあるのは知っているだろう?」
「ああ」
原作本の中に登場した魔法の呪文と同じように、数々のポーションも俺はまとめてファンサイトに掲載していた。
確かに、対ナクティスの特効薬は存在する。
「……あれは、ロジェの弟を救うために、医師たちが何年もかけて研究した薬だ。今では、騎士は全員、いざというときのために何本か携帯している」
ルクレールはそう言って軽くズボンのポケットを叩いた。見た目にはただのポケットだが、恐らく……いや確実に拡張機能が付いた特別仕様――。
「勤務外でも持ち歩いている」
そこまで聞いて、俺は一つの疑問に突き当たる。なら、どうしてニコラを救えないのか――。
ルクレールは短く息をつき、静かに説明を続けた。
ニコラの身体は、長年の昏睡の間にナクティス特有の休眠時防衛反応を示し、口の中を開けると、喉の奥が固く閉ざされ、皮膚は外敵を拒むように石のように硬化している。
かろうじて針が通る隙間からロジェの血を定期的に注入し、栄養補給とナクティス化の進行を遅らせてはいるが、十四年という年月をかけ少しずつ症状が進んでいるという。
現に、成長が著しく遅く、本来の年齢は二十四歳のはずが、外見は十五、六にしか見えない。
「薬が出来たときには、もう経口では投与できなかった。血管注射も効果がなかった。唯一の方法はオリハルコンのスカルペルを使い開腹して直接、胃に流し込むこと――だが、体は衰弱しきっている。成功しても命を落とす危険性のほうが高い。それでも、もう時間は残されていない。今は、開腹手術をいつにするか話し合っている段階だ」
ルクレールの声は淡々としていたが、その奥には苦い思いが滲んでいた。
「起こして、薬を飲ませることは……?」
「目覚めれば、ナクティス化が進むだろう。その変化のスピードは不明。……それに、もう一つ厄介な問題がある」
「……『コンシアンス・コレクティヴ』?」
「そうだ。ナクティス化した者たちは、約一日かけて仲間と意識や記憶を共有するようになり、群れで行動する」
ひとりが見聞きしたことを、すべての個体が理解する。つまり、彼らは“群れ”ではなく、一つの知性体。
「ニコラが感染したのは十四年前。完全にナクティス化してはいないが、すでに奴らと精神的な繋がりを持っている可能性がある。ナクティスには完全な『孤立』や『個人の眠り』が存在しない。奴らは知識を持つ。もし意識を呼び戻せば、群れ全体がそれを感知するかもしれない。そんな状態で素直に薬を受け入れ、飲み込んでくれるとはとても思えない」
「そうか……」
一瞬、言葉が途切れた。馬車の車輪の音だけが、湿った空気の中を転がっていく。
やがて俺は、少しだけ声を落として言った。
「ルクレール……?」
「なんだ?」
胸の奥が痛む。
俺はセレスタンの記憶を探った。
リュミエール――光属性を持つ始祖が、かつてナクティスの群れに襲われた話があったはずだ。
『魔は光を憎み、同時に惹かれる』。
「あんたの『魔眼』を通して、俺はどう見えている? 光が見えるとか、そういう意味ではなく、つまり……」
「つまり……、ああ、そうだな……、正直に言うと、“食いたい”なんて生易しいもんじゃない。お前を噛み千切って、骨まで呑み込みたくなる――性的な意味も含めて」
「もういい。抑えていてくれてありがとう」
「いい子だろ? パイパーに対する愛の半分でも俺に注ぐ気になったか?」
俺はふと足元を見やった。
「そうだな……、ああ、ルクレール、また足が痛い」
「ん? どうした? 見せて見ろ」
ルクレールは小さく下を向く。そのわずかな隙を逃さず、俺はそっと手を伸ばし、彼の赤い髪に指を入れて頭を撫でた。
「パイパーに対する愛の半分……、これでいいか?」
指先が髪をかき分け、柔らかい頭皮に触れる感触。
ルクレールは、ほんの少し照れくさそうに笑った。
「おい……これは、七歳年上の男にすることか?」
――実際にはそんな年の差はない。転生前の俺は二十三歳、ルクレールは二歳年上。それでも、どうしても俺の中では、彼は原作本編の少年ルークのままだった。
「嫌ならやめる」
「いや、続けてくれ……で、どうして『魔眼』を通して、セレスがどう見えているのか、俺に聞いた?」
その問いに、俺は少し考えて答える。
勘のいいルクレールのことだ。理由はもう分かっているはず。
「ナクティスからも、俺はそう見えるんじゃないかと思って……」
ヴァルカリオンは無条件で俺に懐き、ソルヴォラックスが追ってきたように。
「つまり……」
「俺が引き付けて、ニコラにポーションを飲ませることができないかなって」
༺ ༒ ༻
学院の門が見えてくると、ルクレールは手綱を握るジュールに合図を送った。
「ここでいい」
馬車がゆるやかに減速し、石畳の上で静かに止まる。
車内に腰を下ろしながら、彼は肩をすくめて笑った。
「あまり長く一緒にいると、手放したくなくなる」
「……冗談だと言ってくれ」
「本気だ」
軽口のように言いながらも、その声音にはどこか影があった。
「出発します」
御者台からジュールの声がして、馬車がゆっくりと動き出す。
帰り道、俺はどうしても気になって、ニコラのことを次々と問いかけてしまった。
「――治療の方法は?」
「完全にナクティス化していない段階なら効く可能性のある経口特効薬は、すでにあるのは知っているだろう?」
「ああ」
原作本の中に登場した魔法の呪文と同じように、数々のポーションも俺はまとめてファンサイトに掲載していた。
確かに、対ナクティスの特効薬は存在する。
「……あれは、ロジェの弟を救うために、医師たちが何年もかけて研究した薬だ。今では、騎士は全員、いざというときのために何本か携帯している」
ルクレールはそう言って軽くズボンのポケットを叩いた。見た目にはただのポケットだが、恐らく……いや確実に拡張機能が付いた特別仕様――。
「勤務外でも持ち歩いている」
そこまで聞いて、俺は一つの疑問に突き当たる。なら、どうしてニコラを救えないのか――。
ルクレールは短く息をつき、静かに説明を続けた。
ニコラの身体は、長年の昏睡の間にナクティス特有の休眠時防衛反応を示し、口の中を開けると、喉の奥が固く閉ざされ、皮膚は外敵を拒むように石のように硬化している。
かろうじて針が通る隙間からロジェの血を定期的に注入し、栄養補給とナクティス化の進行を遅らせてはいるが、十四年という年月をかけ少しずつ症状が進んでいるという。
現に、成長が著しく遅く、本来の年齢は二十四歳のはずが、外見は十五、六にしか見えない。
「薬が出来たときには、もう経口では投与できなかった。血管注射も効果がなかった。唯一の方法はオリハルコンのスカルペルを使い開腹して直接、胃に流し込むこと――だが、体は衰弱しきっている。成功しても命を落とす危険性のほうが高い。それでも、もう時間は残されていない。今は、開腹手術をいつにするか話し合っている段階だ」
ルクレールの声は淡々としていたが、その奥には苦い思いが滲んでいた。
「起こして、薬を飲ませることは……?」
「目覚めれば、ナクティス化が進むだろう。その変化のスピードは不明。……それに、もう一つ厄介な問題がある」
「……『コンシアンス・コレクティヴ』?」
「そうだ。ナクティス化した者たちは、約一日かけて仲間と意識や記憶を共有するようになり、群れで行動する」
ひとりが見聞きしたことを、すべての個体が理解する。つまり、彼らは“群れ”ではなく、一つの知性体。
「ニコラが感染したのは十四年前。完全にナクティス化してはいないが、すでに奴らと精神的な繋がりを持っている可能性がある。ナクティスには完全な『孤立』や『個人の眠り』が存在しない。奴らは知識を持つ。もし意識を呼び戻せば、群れ全体がそれを感知するかもしれない。そんな状態で素直に薬を受け入れ、飲み込んでくれるとはとても思えない」
「そうか……」
一瞬、言葉が途切れた。馬車の車輪の音だけが、湿った空気の中を転がっていく。
やがて俺は、少しだけ声を落として言った。
「ルクレール……?」
「なんだ?」
胸の奥が痛む。
俺はセレスタンの記憶を探った。
リュミエール――光属性を持つ始祖が、かつてナクティスの群れに襲われた話があったはずだ。
『魔は光を憎み、同時に惹かれる』。
「あんたの『魔眼』を通して、俺はどう見えている? 光が見えるとか、そういう意味ではなく、つまり……」
「つまり……、ああ、そうだな……、正直に言うと、“食いたい”なんて生易しいもんじゃない。お前を噛み千切って、骨まで呑み込みたくなる――性的な意味も含めて」
「もういい。抑えていてくれてありがとう」
「いい子だろ? パイパーに対する愛の半分でも俺に注ぐ気になったか?」
俺はふと足元を見やった。
「そうだな……、ああ、ルクレール、また足が痛い」
「ん? どうした? 見せて見ろ」
ルクレールは小さく下を向く。そのわずかな隙を逃さず、俺はそっと手を伸ばし、彼の赤い髪に指を入れて頭を撫でた。
「パイパーに対する愛の半分……、これでいいか?」
指先が髪をかき分け、柔らかい頭皮に触れる感触。
ルクレールは、ほんの少し照れくさそうに笑った。
「おい……これは、七歳年上の男にすることか?」
――実際にはそんな年の差はない。転生前の俺は二十三歳、ルクレールは二歳年上。それでも、どうしても俺の中では、彼は原作本編の少年ルークのままだった。
「嫌ならやめる」
「いや、続けてくれ……で、どうして『魔眼』を通して、セレスがどう見えているのか、俺に聞いた?」
その問いに、俺は少し考えて答える。
勘のいいルクレールのことだ。理由はもう分かっているはず。
「ナクティスからも、俺はそう見えるんじゃないかと思って……」
ヴァルカリオンは無条件で俺に懐き、ソルヴォラックスが追ってきたように。
「つまり……」
「俺が引き付けて、ニコラにポーションを飲ませることができないかなって」
༺ ༒ ༻
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馬車がゆるやかに減速し、石畳の上で静かに止まる。
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