腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

文字の大きさ
46 / 112

46話 吸血鬼 -4-

しおりを挟む
 病院棟に到着し、ジュールとモローに案内されながら白壁に魔法灯が整然と並ぶ廊下を進む。
 普段は軽口を絶やさないモローも、このときばかりは真剣な面持ちで口数が少ない。
 突き当りの扉を開けると、手術を待つ家族控室では、ロジェの隣にルクレールが座っていた。
 ロジェは無言。ただうつむき、固く組んだ両手の甲に、爪の先が深く喰い込むようすが見て取れる。
 痛々しい。
 そのとき、リシャール殿下の姿に気づいたロジェが、はっとして立ち上がろうとした。だが、殿下はすぐに片手を上げて制する。
「……そのままでいい、ロジェ」
 静かで、柔らかい声。
 ロジェは息を詰め、深く頭を下げる代わりに、震える唇をかたく結んだ。

 彼にとって弟は、もう唯一残された肉親。
 助かってほしい――俺は、かける言葉を見つることが出来なかった。

 ルクレールは静かに席を立つと「手術室の準備状況を見に行ってくる」と言って、俺たちに目礼をしてから部屋をあとにした。
 ボンシャンはすでに医療チームの中に入っている。

 時計の針が、静かな室内でコトリ、コトリと時を刻む。空気が澄みすぎて、心臓の音さえ響きそうだ。
 やがて、搬送の刻が訪れる。
 ドアの向こうから、搬送台の車輪が床を擦る音が近づい来た。
 立ち上がり廊下へと向かうロジェの歩みは重い。横顔は固く、まるで一歩ごとに祈りと覚悟を噛みしめているかのようだった。

 どうか……、どうか、ロジェと弟ニコラに、奇跡のような救いがありますように。
 今、彼らが抱える重荷が少しでも和らぎますように。
 その願いだけが、緊張に満ちた空間で脈打つ。

 ロジェが静かに廊下へ出た。後ろ手にドアを閉じる音が、やけに重く響く。
 やがて、その音は次第に空間に溶け、室内には深い沈黙だけが残り、俺たちはなにも出来ぬまま、椅子に腰を下ろして祈るように時をやり過ごしていた。

 そのとき――誰かの悲鳴が静寂を引き裂いた。

「患者が、目を開けた!」

 声に続いて、怒号と呪文の詠唱が重なり合う。魔法障壁の展開音が場を震わせ、直後、何かが砕け散るような轟音が連続した。
 俺たちは反射的に立ち上がり、ドアを押し開けて廊下へと飛び出す。

 細い刃でなぞられるような、霧状の魔力が肌の表面を流れる。
 胸の奥がざわめいた。
「セレス……、これはただ事じゃない……」
 アルチュールが低く呟き、鋭い瞳で先を見据える。
「ああ。何が起こったんだ……」

 空気が一気に冷えた。
 視線の先、治療室へと続く廊下の扉が開け放たれ、瘴気のような魔力の残滓が揺らめいていた。
 そこにいたのは、淡金の瞳をぎらりと光らせた少年――ニコラ。
 痩せた体が影のように身を翻し、異様な俊敏さで二人の看護師を弾き飛ばす。壁がきしみ、石片が床を跳ねた。
 ナクティス特有の、常軌を逸した膂力りょりょくがその小さな身体に宿りつつある。

 ⁅我々は、あの結界だらけの部屋から〓〓〓〓が解き放たれるこの刻を待っていた⁆

 口をぱっくりと限界まで大きく開いたまま、ニコラは声を発した。顎も唇も微動だにしない。その異様さに、視線が釘付けになる。血のように赤い喉の奥は突き当たりが壁のように閉ざされ、細く尖った小さな歯がぎっしりと並んでいるのが見えた。

 まだ“完全体”ではない。だが、これではもう人の姿でもなかった。

「ニコラ!」
 ロジェの叫び声が響く。しかし弟は兄の声にまったく反応しない。

 警鐘が鳴り渡る。
 ジュールとモローが即座に詠唱を始め、光の陣が床に走った。展開された結界が、裂けかけた空間をかろうじて押さえ込む。
 突然、ニコラの体がまるで影のように床から跳ね上がり、人と人の隙間を縫うようにして駆け抜けた。瘦せた手足が壁に擦れ、魔法灯の光が歪む。

 病院棟、封鎖――。
 廊下の防護扉が降り、魔術結界が多層に展開された。
「くそっ、やはり……繋がっていたか」
 ジュールが低く呟くと、モローが苦々しく「ああ」と答えた。

 コンシアンス集合コレクティヴ意識
 遠く離れた群れは、目覚めた個体を通して状況を把握する。
 ニコラはまだ完全なナクティス化を遂げていない。日中でも行動は可能だ。しかし、今すぐ眠らせなければ、進行速度は予測できない。
 手遅れになれば、戻すことは不可能――そうなれば、排除する以外の選択肢は残らないだろう。
 それだけは、避けたい。

 モローは素早くジュールに指示を飛ばした。
「生徒たちをここから撤退させろ!」
 ここは従うしかない。ノクターンのメンバーが三人居る。モローはガルディアンの隊長だし、幸いなことに、手術室には、あのボンシャンが居る。
 俺が動くより、彼らの方が確実で、冷静で、強い。

 ロジェとモロー、そして警備隊が追跡に走る。
 ジュールに先導され、俺たちはニコラが逃げた方向とは反対側の通路へと向かった。
 廊下はあわただしく人が行き来し、警鐘の音が床や壁、天井を震わせている。
「ロジェさん、大丈夫でしょうか……」
 ナタンが呟く。
「ロジェには、もう二度と家族を失う思いはさせたくないというのに……」
 リシャール殿下が低く言う。その瞳はいつになく険しい。
「……今、彼のためになにも出来ないことが本当に悔しい」
 アルチュールの握りしめた拳は、表皮が白くなるほど力が入っていた。
 最後尾を共に走りながら、俺はアルチュールの背にそっと手を置く。

「地下通路を通って外へ出ます」
 先頭を走るジュールが振り返りざまに告げ、足を止めて鉄製の扉に手をかざす。
 アペリオ 開け
 青白い光が走り、重い錠が音を立てて外れた。
 下から吹き上がる風が、ひどく冷たい。
 俺たちは階段を一気に駆け下りる。

 そのとき、天井の上で、なにかがきしむ音がした。
「……今の、音は?」
 ナタンが振り返り、俺も思わず見上げる。
 重いはずの通気口の格子が音を立てて簡単に外れ、そこから人影がするりと静かに降りて来た。
 瘴気を含んだ魔力がじわりと漂い始め、空気が重く沈む。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。 ----------------------------------------- 0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新

国民的アイドルの元ライバルが、俺の底辺配信をなぜか認知している

逢 舞夏
BL
「高校に行っても、お前には負けないからな!」 「……もう、俺を追いかけるな」  中三の卒業式。幼馴染であり、唯一無二のライバルだった蓮田深月(はすだ みつき)にそう突き放されたあの日から、俺の時間は止まったままだ。  あれから15年。深月は国民的アイドルグループのセンターとして芸能界の頂点に立ち、俺、梅本陸(うめもと りく)は、アパートでコンビニのサラミを齧る、しがない30歳の社畜になった。  誰にも祝われない30歳の誕生日。孤独と酒に酔った勢いで、俺は『おでん』という名の猫耳アバターを被り、VTuberとして配信を始めた。  どうせ誰も来ない。チラ裏の愚痴配信だ。  そう思っていた俺の画面を、見たことのない金額の赤スパ(投げ銭)が埋め尽くした。 『K:¥50,000 誕生日おめでとう。いい声だ、もっと話して』  『K』と名乗る謎の太客。  【執着強めの国民的アイドル】×【酒飲みツンデレおじさんV】

【土壌改良】で死の荒野がSランク農園に!食べただけでレベルアップする野菜で、世界最強ギルド設立

黒崎隼人
ファンタジー
「え? これ、ただのトマトですよ?」 「いいえ、それは食べただけで魔力が全回復する『神の果実』です!」 ブラック企業で働き詰めだった青年は、異世界の名門貴族の三男・ノアとして転生する。 しかし、授かったスキルは【土壌改良】という地味なもの。 「攻撃魔法も使えない役立たず」と罵られ、魔物すら寄り付かない死の荒野へ追放されてしまう。 だが、彼らは知らなかった。 ノアのスキルは、現代の農業知識と合わせることで、荒れ果てた土地を「Sランク食材」が溢れる楽園に変えるチート能力だったことを! 伝説の魔獣(もふもふ)をキュウリ一本で手懐け、行き倒れた天才エルフを極上スープで救い出し、気づけば荒野には巨大な「農業ギルド」が誕生していた。 これは、本人がただ美味しい野菜を作ってのんびり暮らしたいだけなのに、周囲からは「世界を救う大賢者」と崇められてしまう、無自覚・最強の農業ファンタジー!

聞いてた話と何か違う!

きのこのこのこ
BL
春、新しい出会いに胸が高鳴る中、千紘はすべてを思い出した。俺様生徒会長、腹黒副会長、チャラ男会計にワンコな書記、庶務は双子の愉快な生徒会メンバーと送るドキドキな日常――前世で大人気だったBLゲームを。そしてそのゲームの舞台こそ、千紘が今日入学した名門鷹耀学院であった。 生徒会メンバーは変態ばかり!?ゲームには登場しない人気グループ!? 聞いてた話と何か違うんですけど! ※主人公総受けで過激な描写もありますが、固定カプで着地します。 他のサイトにも投稿しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

悪役キャラに転生したので破滅ルートを死ぬ気で回避しようと思っていたのに、何故か勇者に攻略されそうです

菫城 珪
BL
サッカーの練習試合中、雷に打たれて目が覚めたら人気ゲームに出て来る破滅確約悪役ノアの子供時代になっていた…! 苦労して生きてきた勇者に散々嫌がらせをし、魔王軍の手先となって家族を手に掛け、最後は醜い怪物に変えられ退治されるという最悪の未来だけは絶対回避したい。 付き纏う不安と闘い、いずれ魔王と対峙する為に研鑽に励みつつも同級生である勇者アーサーとは距離を置いてをなるべく避ける日々……だった筈なのになんかどんどん距離が近くなってきてない!? そんな感じのいずれ勇者となる少年と悪役になる筈だった少年によるBLです。 のんびり連載していきますのでよろしくお願いします! ※小説家になろう、アルファポリス、カクヨムエブリスタ各サイトに掲載中です。

拾った異世界の子どもがどタイプ男子に育つなんて聞いてない。

おまめ
BL
召喚に巻き込まれ異世界から来た少年、ハルを流れで引き取ることになった男、ソラ。立派に親代わりを務めようとしていたのに、一緒に暮らしていくうちに少年がどタイプ男子になっちゃって困ってます。

処理中です...