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70話 続・ナタンという男(後編)
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上位コルネイユ──。
通信機関の大本となる存在で、『閣下』『陛下』『猊下』と肩書ごとに呼び分けられるほどの重要任務を担うエリート伝書使。
選出された者たちは、各々の奇石から欠片を極小単位で削り出し再生成し、主以外の城や騎士団所属の『閣下』『陛下』『猊下』とも通信を可能にする。
さらに、主からベネンの力の一部を授与され――これを『祝福の雫』と呼び――受け取った者は両目の中に小さな魔法陣を宿して低級ながらも魔力を扱えるようになるのだが……、
その候補として、よりにもよってあの白い腐男子鳥が?
今、桔梗屋だぞ?
なお、候補となるコルネイユの数は、多くはないが、ほんの数羽というほど少なくもない。ボンシャン、カナード、デュボアや翁の伝書使も候補生として含まれているし、ガルディアン上部メンバーの伝書使も候補生だ。
現『閣下』『陛下』『猊下』が引退したり亡くなった場合は、そのとき、主が重要任務に就いていない、また主を既に失っている伝書使の中から、新たに指名される仕組みになっている。
「いや、ほんとに? 本気で?」
俺がぼそりと呟くと、ナタンは嬉しそうに頷いた。
「卵のとき、セレスさまの魔力を流されたのですから上位コルネイユになるのは、当然です。それに、生まれて間もない伝書使の名が候補に上がるなど、本来ならまずあり得ぬこと。ネージュは最初から特別なのです」
それを聞いたリシャール殿下は微笑みを浮かべ、静かに言った。
「そうだな。ナタンの言う通りだ。ネージュはセレスの力から生まれたのだから」
隣のアルチュールも、瞳を輝かせて続ける。
「当たり前だ」
いや、俺が魔力を流した結果が、この残念なオッサン鳥なんだけど……。
背後で、隠密同心シエルに斬られたらしいネージュが、ぐえぇぇっと声を上げて倒れていく。
楽しそうだな、お前ら……。
「ただ、上位コルネイユは室内だけで仕事をするわけではなく、有事には、騎士たちと行動を共に前線で任務を遂行することもありますよね。ナクティスのような知を持つ魔物は、討伐部隊を孤立させるため、伝書使を狙うといいます。ネージュのように白く目立つ存在は、まさに格好の標的。そのため、将来的にネージュがベネンを授与された際には、光学迷彩を直ぐに使えるよう、できるだけ簡単な魔術を考案しました。光の屈折を利用するもので、体を透明にするというほぼ不可能に近い幻の魔術よりも、実は扱いやすいのです」
「凄いな……、ナタン。それに、ネージュのためにそこまで……」
思わず胸が熱くなる。素直に、この男は本当に頼りになる男だと感心した。
だがナタンは、そこで少しだけ表情を曇らせた。
「……ただ、この魔術には欠点があります」
「欠点?」
「はい。広い範囲を覆えないのです。光の屈折を利用する以上、対象が大きくなるほど制御が難しい。つまり、ネージュのような小さな存在しか、完全に隠すことができないのです」
「ナタン……? ネージュが隠れれば、それで十分なのでは……?」
リシャールが素朴に疑問を口にした瞬間、ナタンの顔が、さっと険しくなった。
「なに言ってんですかっ、シャー! 十分なわけないでしょうがっ! ちっ」
妙に力強い否定だった。
嫌な予感がする……ていうか、「ちっ」て言ったよ……。
ルクレールにしろ、ナタンにしろ、王太子殿下に舌打ちするの流行ってんの? こんなにいけぞんざいな扱いしてもいいものなの? 次期王様だよ?
「私自身を光学迷彩で消すことが出来ないだなんて……! セレスさま、ベッドサイドに置く椅子の名前をご存じですか?」
「……いっ、椅子?」
なに、突然? なんの話?
「むつみ合う二人を近くでガン見するためだけに存在する、尊い椅子……ッ! その名も、CUCK CHAIRーー!!」
あ……。
嫌な予感が確信に変わる。
「その椅子に光学迷彩で姿を消してこっそりと座り……、目の前でっ、ああ、セレスさまが愛する相手に身を委ね、あんなことやそんなことをされている姿を、いえ、寧ろ率先して自らが主導権を握り、そそり立つモノも握りっ……愛おしそうにそれを! そんなお姿を、至近距離で……私がッ!」
ネージュのためにお前がこんなに頑張ってくれていただなんて……、と思ったさっきの俺の感動を返せ。
利息つけて返せ。
ナタンが恍惚と語り終えた直後、沈黙が落ちた。
悪い沈黙だ。
「……ナタン。その CUCK CHAIRというのは……」まず、アルチュールが慎重に口を開いた。「セレスが……その……ひとりでしている時に眺めるのにも、良いんじゃないか……?」
やめろ。
なんで“丁寧に”変な方向へ理解し始めているんだお前は!? なにが「良いんじゃないか……?」だよっ!?
「はい。良い質問ですね、アルチュール。最高の観覧席……、というのでしょうか。位置取りとしては完璧です。セレスさまがおひとりでなされるときは、足元側に椅子を配置し、斜め四十五度の方向から見ることをお勧めいたします」
ナタンは誇らしげに胸を張った。
なんなんだ、この空間は?
「ナタン」
殿下が落ち着いた声で制す。
お、止めてくれるのか──と思ったら。
「……私は、お前の気持ちを少し……、理解しつつある……のかもしれない」
おいっ、シャー殿下!?
今ここで新しい扉を開くな! いったん閉めろ! 鍵もかけろ! ついでにレンガで塞げ!!
感動を返せどころじゃない。
……誰かまともなやつはいないのか、この部屋に。
──などと心の中で頭を抱えていたところで、不意に肩がぽすんと沈んだ。
通信機関の大本となる存在で、『閣下』『陛下』『猊下』と肩書ごとに呼び分けられるほどの重要任務を担うエリート伝書使。
選出された者たちは、各々の奇石から欠片を極小単位で削り出し再生成し、主以外の城や騎士団所属の『閣下』『陛下』『猊下』とも通信を可能にする。
さらに、主からベネンの力の一部を授与され――これを『祝福の雫』と呼び――受け取った者は両目の中に小さな魔法陣を宿して低級ながらも魔力を扱えるようになるのだが……、
その候補として、よりにもよってあの白い腐男子鳥が?
今、桔梗屋だぞ?
なお、候補となるコルネイユの数は、多くはないが、ほんの数羽というほど少なくもない。ボンシャン、カナード、デュボアや翁の伝書使も候補生として含まれているし、ガルディアン上部メンバーの伝書使も候補生だ。
現『閣下』『陛下』『猊下』が引退したり亡くなった場合は、そのとき、主が重要任務に就いていない、また主を既に失っている伝書使の中から、新たに指名される仕組みになっている。
「いや、ほんとに? 本気で?」
俺がぼそりと呟くと、ナタンは嬉しそうに頷いた。
「卵のとき、セレスさまの魔力を流されたのですから上位コルネイユになるのは、当然です。それに、生まれて間もない伝書使の名が候補に上がるなど、本来ならまずあり得ぬこと。ネージュは最初から特別なのです」
それを聞いたリシャール殿下は微笑みを浮かべ、静かに言った。
「そうだな。ナタンの言う通りだ。ネージュはセレスの力から生まれたのだから」
隣のアルチュールも、瞳を輝かせて続ける。
「当たり前だ」
いや、俺が魔力を流した結果が、この残念なオッサン鳥なんだけど……。
背後で、隠密同心シエルに斬られたらしいネージュが、ぐえぇぇっと声を上げて倒れていく。
楽しそうだな、お前ら……。
「ただ、上位コルネイユは室内だけで仕事をするわけではなく、有事には、騎士たちと行動を共に前線で任務を遂行することもありますよね。ナクティスのような知を持つ魔物は、討伐部隊を孤立させるため、伝書使を狙うといいます。ネージュのように白く目立つ存在は、まさに格好の標的。そのため、将来的にネージュがベネンを授与された際には、光学迷彩を直ぐに使えるよう、できるだけ簡単な魔術を考案しました。光の屈折を利用するもので、体を透明にするというほぼ不可能に近い幻の魔術よりも、実は扱いやすいのです」
「凄いな……、ナタン。それに、ネージュのためにそこまで……」
思わず胸が熱くなる。素直に、この男は本当に頼りになる男だと感心した。
だがナタンは、そこで少しだけ表情を曇らせた。
「……ただ、この魔術には欠点があります」
「欠点?」
「はい。広い範囲を覆えないのです。光の屈折を利用する以上、対象が大きくなるほど制御が難しい。つまり、ネージュのような小さな存在しか、完全に隠すことができないのです」
「ナタン……? ネージュが隠れれば、それで十分なのでは……?」
リシャールが素朴に疑問を口にした瞬間、ナタンの顔が、さっと険しくなった。
「なに言ってんですかっ、シャー! 十分なわけないでしょうがっ! ちっ」
妙に力強い否定だった。
嫌な予感がする……ていうか、「ちっ」て言ったよ……。
ルクレールにしろ、ナタンにしろ、王太子殿下に舌打ちするの流行ってんの? こんなにいけぞんざいな扱いしてもいいものなの? 次期王様だよ?
「私自身を光学迷彩で消すことが出来ないだなんて……! セレスさま、ベッドサイドに置く椅子の名前をご存じですか?」
「……いっ、椅子?」
なに、突然? なんの話?
「むつみ合う二人を近くでガン見するためだけに存在する、尊い椅子……ッ! その名も、CUCK CHAIRーー!!」
あ……。
嫌な予感が確信に変わる。
「その椅子に光学迷彩で姿を消してこっそりと座り……、目の前でっ、ああ、セレスさまが愛する相手に身を委ね、あんなことやそんなことをされている姿を、いえ、寧ろ率先して自らが主導権を握り、そそり立つモノも握りっ……愛おしそうにそれを! そんなお姿を、至近距離で……私がッ!」
ネージュのためにお前がこんなに頑張ってくれていただなんて……、と思ったさっきの俺の感動を返せ。
利息つけて返せ。
ナタンが恍惚と語り終えた直後、沈黙が落ちた。
悪い沈黙だ。
「……ナタン。その CUCK CHAIRというのは……」まず、アルチュールが慎重に口を開いた。「セレスが……その……ひとりでしている時に眺めるのにも、良いんじゃないか……?」
やめろ。
なんで“丁寧に”変な方向へ理解し始めているんだお前は!? なにが「良いんじゃないか……?」だよっ!?
「はい。良い質問ですね、アルチュール。最高の観覧席……、というのでしょうか。位置取りとしては完璧です。セレスさまがおひとりでなされるときは、足元側に椅子を配置し、斜め四十五度の方向から見ることをお勧めいたします」
ナタンは誇らしげに胸を張った。
なんなんだ、この空間は?
「ナタン」
殿下が落ち着いた声で制す。
お、止めてくれるのか──と思ったら。
「……私は、お前の気持ちを少し……、理解しつつある……のかもしれない」
おいっ、シャー殿下!?
今ここで新しい扉を開くな! いったん閉めろ! 鍵もかけろ! ついでにレンガで塞げ!!
感動を返せどころじゃない。
……誰かまともなやつはいないのか、この部屋に。
──などと心の中で頭を抱えていたところで、不意に肩がぽすんと沈んだ。
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