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69話 続・ナタンという男(前編)
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༺ ༒ ༻
その日の夕刻。
リシャール殿下が早めに城から戻って来て、いつものように四人で晩ごはんを取ることになった。
とはいえ連休の最終日。食堂は閉まっている。
三人分だけ事前予約していたテイクアウトを受け取りに行ったところ、厨房にいたマティアスが殿下の分を快く作ってくれたうえに四人分のデザートまで添えてくれ、俺の部屋で食べることになった。
ベッドの端に並んで腰掛ける俺とアルチュール。
デスクの椅子に腰を下ろすリシャール殿下。
そして、高さ調節が出来る簡易折り畳みテーブルを器用にセットして、オットマンチェアに優雅に座るナタン。
そのテーブルは、みんなとはじめてここで食事をした際に「必要でしょう」とナタンが自室から運んできて以来、常備されている。流石、元侍従だけあって、“あれば確実に便利なもの”をコルベール家やトレモイユの実家から厳選して取り寄せており、室内の備品は必要最低限ながら不足がない。
無駄のないすっきりとした空間なのに、手を伸ばせば欲しい物が必ずある──そんな絶妙な整え方で、気配りは本当に隙がない。ヘンタイだけど……。
「それで、どうでしたかリシャール、聖フロリアンの祈りの儀式は」
最初に口を開いたのは俺だった。
「ああ、つつがなく。今年も無事に終えることができた」殿下はパン・バニャを片手に、穏やかな声で答えた。「シャルル・ギレヌ・コルベール公爵がな、セレスにしばらく会えていないと嘆いていたぞ。先日のジューン・フェスティバルにも来られていたようだが」
ルクレールのせいだ。
しかし、俺自身、本当のところ、いまの“家族”と顔を合わせるのはどこか気まずい。前のセレスタンの記憶がちゃんと残っているから、話し方も話題も困ることはない。表面上は、まあ普通に接することができる。
けれど、俺は転生者だしどこか緊張してしまう。
懐かしいのに、距離があるというか……うまく息が合わない感じがして気疲れする。
彼らは守りたい大切な人たちのはずなのに、ちょっと扱いに迷う相手のようになってしまっていた。
「出し物のあとに会えなかったのは……申し訳ないことをしました」
コルベール公爵もこの学院の卒業生ということで懐かしさがあったのだろう。実際、俺が出演した劇が終わったら自分と公爵夫人とで食堂でお茶でもどうかと、事前に手紙をもらっていたのだが……、ファントムに扮したルクレールに拉致されたとき、父と母が来ているからと言って断るべきところを、俺はそうしなかった。
心の八割は、単純にパイパーに会いたかったから。残りの一割は、その場から連れ出されることで両親に会わずに済む、という気持ち。
さらにもう一割は――久しぶりにルクレールに会えたことに、正直、少し嬉しかった自分もいた。
アルチュールに抱かれたばかりで、まだ熱が体に残っているというのに、俺は何を考えているのだろう。
須臾の間を於いて、そこで殿下がふいに眉を寄せた。
「……ところでセレス、声がかすれているな……風邪でもひいたか?」
その一言に、俺の身体はぴくりと固まった。
まさか “長時間揺さぶられ続け、あられもない声を出し続けた結果です” とは言えない。
いや、絶対に言えない。
「いえ、風邪はひいていません。元気です」
さて、どう誤魔化そうかと頭を捻っていると、その場の空気を察したナタンが、見事なタイミングで小さく咳払いをし、話題を切り替えた。
「それはそうと、セレスさま。この休みの間、カナード寮監のもとでほぼ缶詰めになって教えを請うた結果、少々おもしろい“数学魔法”を構築できました」
声の調子は得意げというより、“話したくてうずうずしている”といった色合いだった。
しかしこの男――俺たちが大人の階段を登ったこと、完全に気付いているな……。
「数学魔法? それは?」
アルチュールが興味津々で問いかけた。
「それに関連して……、まずは、オグマから聞きましたが、ネージュは高い確率で『上位コルネイユ候補生』に選出されるそうですね」
「え? ……あれが?」
聞いてない。本人というか、本鳥からはなにも聞かされていない。
思わず振り返る。
俺とアルチュールの背後──ベッドの上では、四羽が今日も自由気ままに剣士劇ごっこを繰り広げていた。
どうやら今の演目は袖の下をもらう悪い権力者らしい。
ネージュは桔梗屋役で、マルス演じるお奉行様に南蛮渡来のカステイラの下に小判を隠した貢物を捧げている最中だ。
「お奉行様、こちらにカステイラを持参いたしました」
「余の好みを熟知しておるな。おぬしも悪よのぉ」
マルスの妙に渋い演技。
一方で、オグマはどうも『見てはいけないものを見てしまったために、拉致された公家』の役らしく、さっきから、「助けてたもれ~~! 麿はここでおじゃるぅ~~!」と甲高い声で叫んでいて非常にうるさい。マジでうるさい。
そこへ、シエルが颯爽と登場する。
「拙者、隠密同心、参上でござるっ! 我が命我が物と思わず……」
「おぬし、どこから入った!? 余を南町奉行と知っての狼藉かっ!?」
「曲者じゃっ出合え、出合えおろーっ」
──いや、本当にあれが上位コルネイユ候補なのか?
「もう一度聞く。あれが?」
思わず確認せずにはいられない。
その日の夕刻。
リシャール殿下が早めに城から戻って来て、いつものように四人で晩ごはんを取ることになった。
とはいえ連休の最終日。食堂は閉まっている。
三人分だけ事前予約していたテイクアウトを受け取りに行ったところ、厨房にいたマティアスが殿下の分を快く作ってくれたうえに四人分のデザートまで添えてくれ、俺の部屋で食べることになった。
ベッドの端に並んで腰掛ける俺とアルチュール。
デスクの椅子に腰を下ろすリシャール殿下。
そして、高さ調節が出来る簡易折り畳みテーブルを器用にセットして、オットマンチェアに優雅に座るナタン。
そのテーブルは、みんなとはじめてここで食事をした際に「必要でしょう」とナタンが自室から運んできて以来、常備されている。流石、元侍従だけあって、“あれば確実に便利なもの”をコルベール家やトレモイユの実家から厳選して取り寄せており、室内の備品は必要最低限ながら不足がない。
無駄のないすっきりとした空間なのに、手を伸ばせば欲しい物が必ずある──そんな絶妙な整え方で、気配りは本当に隙がない。ヘンタイだけど……。
「それで、どうでしたかリシャール、聖フロリアンの祈りの儀式は」
最初に口を開いたのは俺だった。
「ああ、つつがなく。今年も無事に終えることができた」殿下はパン・バニャを片手に、穏やかな声で答えた。「シャルル・ギレヌ・コルベール公爵がな、セレスにしばらく会えていないと嘆いていたぞ。先日のジューン・フェスティバルにも来られていたようだが」
ルクレールのせいだ。
しかし、俺自身、本当のところ、いまの“家族”と顔を合わせるのはどこか気まずい。前のセレスタンの記憶がちゃんと残っているから、話し方も話題も困ることはない。表面上は、まあ普通に接することができる。
けれど、俺は転生者だしどこか緊張してしまう。
懐かしいのに、距離があるというか……うまく息が合わない感じがして気疲れする。
彼らは守りたい大切な人たちのはずなのに、ちょっと扱いに迷う相手のようになってしまっていた。
「出し物のあとに会えなかったのは……申し訳ないことをしました」
コルベール公爵もこの学院の卒業生ということで懐かしさがあったのだろう。実際、俺が出演した劇が終わったら自分と公爵夫人とで食堂でお茶でもどうかと、事前に手紙をもらっていたのだが……、ファントムに扮したルクレールに拉致されたとき、父と母が来ているからと言って断るべきところを、俺はそうしなかった。
心の八割は、単純にパイパーに会いたかったから。残りの一割は、その場から連れ出されることで両親に会わずに済む、という気持ち。
さらにもう一割は――久しぶりにルクレールに会えたことに、正直、少し嬉しかった自分もいた。
アルチュールに抱かれたばかりで、まだ熱が体に残っているというのに、俺は何を考えているのだろう。
須臾の間を於いて、そこで殿下がふいに眉を寄せた。
「……ところでセレス、声がかすれているな……風邪でもひいたか?」
その一言に、俺の身体はぴくりと固まった。
まさか “長時間揺さぶられ続け、あられもない声を出し続けた結果です” とは言えない。
いや、絶対に言えない。
「いえ、風邪はひいていません。元気です」
さて、どう誤魔化そうかと頭を捻っていると、その場の空気を察したナタンが、見事なタイミングで小さく咳払いをし、話題を切り替えた。
「それはそうと、セレスさま。この休みの間、カナード寮監のもとでほぼ缶詰めになって教えを請うた結果、少々おもしろい“数学魔法”を構築できました」
声の調子は得意げというより、“話したくてうずうずしている”といった色合いだった。
しかしこの男――俺たちが大人の階段を登ったこと、完全に気付いているな……。
「数学魔法? それは?」
アルチュールが興味津々で問いかけた。
「それに関連して……、まずは、オグマから聞きましたが、ネージュは高い確率で『上位コルネイユ候補生』に選出されるそうですね」
「え? ……あれが?」
聞いてない。本人というか、本鳥からはなにも聞かされていない。
思わず振り返る。
俺とアルチュールの背後──ベッドの上では、四羽が今日も自由気ままに剣士劇ごっこを繰り広げていた。
どうやら今の演目は袖の下をもらう悪い権力者らしい。
ネージュは桔梗屋役で、マルス演じるお奉行様に南蛮渡来のカステイラの下に小判を隠した貢物を捧げている最中だ。
「お奉行様、こちらにカステイラを持参いたしました」
「余の好みを熟知しておるな。おぬしも悪よのぉ」
マルスの妙に渋い演技。
一方で、オグマはどうも『見てはいけないものを見てしまったために、拉致された公家』の役らしく、さっきから、「助けてたもれ~~! 麿はここでおじゃるぅ~~!」と甲高い声で叫んでいて非常にうるさい。マジでうるさい。
そこへ、シエルが颯爽と登場する。
「拙者、隠密同心、参上でござるっ! 我が命我が物と思わず……」
「おぬし、どこから入った!? 余を南町奉行と知っての狼藉かっ!?」
「曲者じゃっ出合え、出合えおろーっ」
──いや、本当にあれが上位コルネイユ候補なのか?
「もう一度聞く。あれが?」
思わず確認せずにはいられない。
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