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73話 イバラ王 -2-
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「……え……?」
自分の声が、自分の声ではいように聞こえた。視界の縁が揺らぐ。
ザイロンは速度を落とさない。
「約一か月にわたるテネブリス・ノクターンの追跡と殲滅作戦でした……相手は、ナクティス」
「ナクティスの……殲滅作戦?」
「ええ。その群れの一つが『第五研究塔の砦』周辺で急に動きを活発化させて、危険度が大きく跳ね上がっていました……。ナクティスは知能を持つため、単に牙や爪だけでなく、弓や槍、その他の武器も使って攻撃してきます。作戦自体は成功したのですが、想定以上に相手の数が多く、部下の一人が噛まれたところをルクレールが救い、緊急ポーションで感染を抑え……、ですが撤退中、ルクレールが魔力切れで倒れたそうです。安全圏に運ばれるころには、ほかの傷もひどくて魔力枯渇も重なり非常に危険な状態でした。そして、やむを得ず転移魔法を使ったのです……」
本来、魔力切れの者に転移魔法を使うのは禁忌。転移は“移す側”にも“移される側”にも強い負荷がかかる。
魔力のない一般人を転移させれば、一週間は起き上がれなくなるほどだ。魔術師で普段の健康な状態でも、転移後に倒れる者もいるくらい。
「……そして、ここからは、あなたにも関わることです。元を辿れば、きっかけは……ニコラ少年でした」
「ニコラ?」
「彼は……あなたを“お嫁さんにする”と言ったようですね」
「はい。俺もロジェから聞きました」
「子供らしい、何気なくて可愛らしい将来の夢として本来なら微笑ましい話で終わるはずの言葉です。その場にいた兄のロジェ・ラクロワも、弟の無邪気な宣言に思わず笑ってしまうほどだったとか……。しかし、さらにニコラは言ったのです。『棘王エピンも、同じようなことを考えていた』」
「棘王?」
「『我々は、光の者を妃に迎える』と」
ナクティスは“群れ”であり個としての意識はない。闇を縫うように無数の影が繋がりあい、一つの意思のように動く集合体。だが、全くの無構造というわけでもなく、その中心に“核”がいる。
これが原作小説の設定。
しかし、物語の流れに深く関わってくることはなく、個々の討伐も魔術師であれば比較的容易、中心となる者は臆病で、ただ身を縮めているだけ。マリンボール先生が描くストーリーでは、ナクティスは“世界に存在する魔物の一種”程度の扱いにとどまっていた。核の名前も明かされず、便宜上その者を『イバラ』と討伐者側が呼ぶくらい。
原作のスタンピードで一番恐れられていたのは、ソルヴォラックスだ。ナクティスじゃない。
しかし――、
王と呼ばれる者までいるとは……。これは、かなり厄介な相手と見て間違いないだろう。
俺は耳に付けたイヤーカフに触れた。
――……大司教さまにお頼みして、守りの魔法もかけてもらいました。
俺が狙われているから……、そういうことか。
同時に、パーティーのとき、ロジェが口にした言葉を思い出す。
――こういう相談なら、“性なる豪”みたいなやつが一人いるじゃないか……。ここに居る騎士やノクターンたちも舌を巻くレベルだぞ、あれは。今日は来なかったけど……いや、来れなかったと言ったほうが正しいか……。
ルクレールはあのとき、すでにナクティス討伐に出ていたのだろう……。
「……俺のために行ったんですか、あいつ?」
「いいえ。ナクティスが活発化したことには、あなたが関係しているかもしれませんが……、今回の討伐メンバーに志願したのは、ロジェ・ラクロワです」
「ロジェ……?」
「しかし、ニコラの療養を理由に却下されました。ルクレールは、隊長からの直属の命令です。あれは本当に色々と規格外で手に負えませんが……、バカみたいに優秀ですから。バカですけどね。まあ、自分が指名されなかったら志願していたでしょうけど。でも、それはあなたが関係しているからではなく、選ばれなかったことに対しての反発です。ただ、光の者を妃に迎えるなんて『イバラ』に言われたら……激怒して現場で妙に張り切ったことは、想像に難くありません。だから魔力切れなんて起こしたんでしょう。バカですから」
「えらく、バカ、バカ言いますね……」
「おや」カナードは軽く息をつき、口角をわずかに上げる。「自分だけに懐いている凶暴な獣をバカ呼ばわりされるのは、やはり気分のいいものではないようですね――ああ、いじめているんじゃないですよ。『Les imbéciles vivent longtemps.愚か者は長生きする』って言うでしょ? あんなバカ、多少のことでは死にませんから! さあ、行きましょう。ルクレールの目を覚まさせます。絶対に」
「はい」
不安は消えたわけではないけれど、少なくとも、行動する覚悟はできた。前を向く力が湧き上がる。
「カナード寮監?」
「なんですか?」
「……あまりにも綺麗で、端然とした態度で話されるから、冷ややかな印象を持ってしまいそうですが……でも、本当は、とても優しいですよね」
カナードはしばし黙り込む。
「あ、すみません……なんか、冷ややかとか言ってしまって」
「いえ、違います。……ただ、思い出しただけです。学院時代、ロイクに同じことを言われたのを」
ロイク……と、俺は一瞬考える。
ロイク・アランティゴス・モロー、モロー隊長!
「……ルクレールを目覚めさせたら、……今の話の続きを、少し聞いてもいいですか?」
「ええ。彼が無事に目を開けたら、いくらでも。――まずは、それを成し遂げましょう」
その言葉に、俺も力強くうなずいた。
自分の声が、自分の声ではいように聞こえた。視界の縁が揺らぐ。
ザイロンは速度を落とさない。
「約一か月にわたるテネブリス・ノクターンの追跡と殲滅作戦でした……相手は、ナクティス」
「ナクティスの……殲滅作戦?」
「ええ。その群れの一つが『第五研究塔の砦』周辺で急に動きを活発化させて、危険度が大きく跳ね上がっていました……。ナクティスは知能を持つため、単に牙や爪だけでなく、弓や槍、その他の武器も使って攻撃してきます。作戦自体は成功したのですが、想定以上に相手の数が多く、部下の一人が噛まれたところをルクレールが救い、緊急ポーションで感染を抑え……、ですが撤退中、ルクレールが魔力切れで倒れたそうです。安全圏に運ばれるころには、ほかの傷もひどくて魔力枯渇も重なり非常に危険な状態でした。そして、やむを得ず転移魔法を使ったのです……」
本来、魔力切れの者に転移魔法を使うのは禁忌。転移は“移す側”にも“移される側”にも強い負荷がかかる。
魔力のない一般人を転移させれば、一週間は起き上がれなくなるほどだ。魔術師で普段の健康な状態でも、転移後に倒れる者もいるくらい。
「……そして、ここからは、あなたにも関わることです。元を辿れば、きっかけは……ニコラ少年でした」
「ニコラ?」
「彼は……あなたを“お嫁さんにする”と言ったようですね」
「はい。俺もロジェから聞きました」
「子供らしい、何気なくて可愛らしい将来の夢として本来なら微笑ましい話で終わるはずの言葉です。その場にいた兄のロジェ・ラクロワも、弟の無邪気な宣言に思わず笑ってしまうほどだったとか……。しかし、さらにニコラは言ったのです。『棘王エピンも、同じようなことを考えていた』」
「棘王?」
「『我々は、光の者を妃に迎える』と」
ナクティスは“群れ”であり個としての意識はない。闇を縫うように無数の影が繋がりあい、一つの意思のように動く集合体。だが、全くの無構造というわけでもなく、その中心に“核”がいる。
これが原作小説の設定。
しかし、物語の流れに深く関わってくることはなく、個々の討伐も魔術師であれば比較的容易、中心となる者は臆病で、ただ身を縮めているだけ。マリンボール先生が描くストーリーでは、ナクティスは“世界に存在する魔物の一種”程度の扱いにとどまっていた。核の名前も明かされず、便宜上その者を『イバラ』と討伐者側が呼ぶくらい。
原作のスタンピードで一番恐れられていたのは、ソルヴォラックスだ。ナクティスじゃない。
しかし――、
王と呼ばれる者までいるとは……。これは、かなり厄介な相手と見て間違いないだろう。
俺は耳に付けたイヤーカフに触れた。
――……大司教さまにお頼みして、守りの魔法もかけてもらいました。
俺が狙われているから……、そういうことか。
同時に、パーティーのとき、ロジェが口にした言葉を思い出す。
――こういう相談なら、“性なる豪”みたいなやつが一人いるじゃないか……。ここに居る騎士やノクターンたちも舌を巻くレベルだぞ、あれは。今日は来なかったけど……いや、来れなかったと言ったほうが正しいか……。
ルクレールはあのとき、すでにナクティス討伐に出ていたのだろう……。
「……俺のために行ったんですか、あいつ?」
「いいえ。ナクティスが活発化したことには、あなたが関係しているかもしれませんが……、今回の討伐メンバーに志願したのは、ロジェ・ラクロワです」
「ロジェ……?」
「しかし、ニコラの療養を理由に却下されました。ルクレールは、隊長からの直属の命令です。あれは本当に色々と規格外で手に負えませんが……、バカみたいに優秀ですから。バカですけどね。まあ、自分が指名されなかったら志願していたでしょうけど。でも、それはあなたが関係しているからではなく、選ばれなかったことに対しての反発です。ただ、光の者を妃に迎えるなんて『イバラ』に言われたら……激怒して現場で妙に張り切ったことは、想像に難くありません。だから魔力切れなんて起こしたんでしょう。バカですから」
「えらく、バカ、バカ言いますね……」
「おや」カナードは軽く息をつき、口角をわずかに上げる。「自分だけに懐いている凶暴な獣をバカ呼ばわりされるのは、やはり気分のいいものではないようですね――ああ、いじめているんじゃないですよ。『Les imbéciles vivent longtemps.愚か者は長生きする』って言うでしょ? あんなバカ、多少のことでは死にませんから! さあ、行きましょう。ルクレールの目を覚まさせます。絶対に」
「はい」
不安は消えたわけではないけれど、少なくとも、行動する覚悟はできた。前を向く力が湧き上がる。
「カナード寮監?」
「なんですか?」
「……あまりにも綺麗で、端然とした態度で話されるから、冷ややかな印象を持ってしまいそうですが……でも、本当は、とても優しいですよね」
カナードはしばし黙り込む。
「あ、すみません……なんか、冷ややかとか言ってしまって」
「いえ、違います。……ただ、思い出しただけです。学院時代、ロイクに同じことを言われたのを」
ロイク……と、俺は一瞬考える。
ロイク・アランティゴス・モロー、モロー隊長!
「……ルクレールを目覚めさせたら、……今の話の続きを、少し聞いてもいいですか?」
「ええ。彼が無事に目を開けたら、いくらでも。――まずは、それを成し遂げましょう」
その言葉に、俺も力強くうなずいた。
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