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76話 イバラ王 -5-
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そこで、静かにボンシャンが歩み寄り深く息を整えて口を開いた。
「ヴァロア騎士……。あなたは応急処置が施されていたため、生存自体はほぼ確実でした。しかし、私の魔力が尽きて高度治療を継続できなければ、運動機能や魔力制御に深刻な後遺症が残っていた可能性が極めて高かった」
ルクレールの瞳がかすかに揺れる。
「しかし、コルベール君が通常では供給不可能なほどの“純度と量”の魔力を、極めて安定した状態で私に提供してくれました。おかげで治癒魔法を短い時間で仕上げることができたのです。要するに、あなたが後遺症もなく目を覚ませたのは、ほぼ全面的にコルベール君のおかげです。ちゃんと感謝しなさい。心の底から」
ルクレールは、まだ重いまぶたを何度か瞬かせてから、ゆっくりと自分の右腕を持ち上げた。
天井の光を受けた腕が、かすかに震えながらもまっすぐ伸びる。
その指先を見つめ、彼はぼそりと呟いた。
「……見える……」
魔眼特有の、赤瞳の奥が静かに揺らぐ。
「……本当だ……。セレスの魔力の破片が……俺の中にある……」
その声は、弱いのに、妙にうっとりしていた。
「……すごく、……綺麗だな……。光が粒になって、流れてる……」
ぼそっ、と心の底から漏れたみたいな声音。
目覚めたばかりのくせに、ほんと、さらりとこういうことを言って来る。
「明日か明後日には消えますよ」
カナードが淡々と告げた。
「残念。ずっと残っていてくれたらいいのにな」
だが次の瞬間、ルクレールの眉がゆっくり寄った。
「……セレスの魔力の隣に……混じってる。この土属性の綺麗じゃない色の魔力、……これ……はぶけないか?」
「……それ。私の魔力ですよね?」
ボンシャンはにこりと微笑んだ。
だが目は笑っていなかった。
「ねえ、ジャン・ピエール。こいつ、殺していいですか?」
「その判断は医療倫理上、非常に問題がありますよ、ボンシャン先生」
カナード寮監が一応止めた。
「……止められました。警備官とデュランならきっと賛同してくれるのに……。残念です。まあ……コルベール君の魔力は、確かに美しいですけどね」
ボンシャンが小さく笑った。
後ろでカナードが軽く眼鏡を押し上げ、静かに補足した。
「セレスがいなければ、あなたの予後はまったく違うものになっていましたよ」
言われて、ルクレールが俺を見た。
まだ焦点は甘いのに、まばたきの度にまっすぐ見捉えようとする。
「また、お前に助けられたのか……、もうこれは、俺がコルベール家に婿入りして、俺の未来ごとお前に差し出すくらいしか礼の方法が思い付かない」
「そんな礼は、微塵もいらない」
はぁ……、とルクレールが長いため息をついた。
「セレス」
名前を呼ばれた瞬間だった。
ルクレールの腕が突然伸び、俺の手首をぐいっと掴んだ。
「うわっ――」
引き寄せられ、体勢を崩した俺は、そのままルクレールの胸へ倒れ込む形になった。
ベッドの白いシーツがぐしゃりとしわを作り、力強い腕がぎゅっと俺の背を抱き寄せる。
「ちょっ……なにを……! やめろって!」
大きな手が俺の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
こいつ、怪我人のくせに力だけは妙にある。
「……生きてるってのを、少し……実感させろ」
「ルクレール、セレスを放しなさい」カナードの冷たい声が飛ぶ。「嫌がっているでしょう。それに、あなたはまだ魔力枯渇の直後です。なによりも転移魔法による負担が凄まじい。無理に動けば、せっかく結んだ治療の縫合が緩みます。……動くたびに身体内部に負荷がかかって、後で立てなくなりますよ」
「いや、今、ちゃんと勃ってます」
「カナード寮監! こいつ殺してもいいですか!?」
「セレス、気持ちは分かりますが、駄目です。アウレリアン・マルティエール騎士――うちの母方の親族が持てる知識と武術をすべて叩き込んで育てた男ですから。戦の天使カミュエルに例えられるほどの逸材なんです。基本、獣でバカですけど」
ルクレールが、そこでぴたりと動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げ、にやりと口角を吊り上げる。
――解放される、と思ったのだが。
放す気は、まるでない。
むしろ、抱きしめる腕の力がじわりと強くなった。
「……おい、本気でやめろ!」
「もう分かってるからな」
「は?」
「お前が……他の男のもんになったってことくらい」
「っ……!」
その言葉に、思わず息が止まった。
だが、次の瞬間、ルクレールはふっと体勢をずらし、俺の耳へ唇を近づけた。
触れてはいない。けれど、ひどく近い。
「……お前の身体から滲み出ている光に……火属性が微かに混じってる」
囁き声が、鼓膜をゆっくり震わせる。
「……あの辺境子爵家の次男、お前に手を出したな」
低い、抑えた声。
怒鳴りでも嫉妬でもない。
もっと静かな、深いところで燻るような熱だった。
俺もそっと、耳元で返す。
「……俺から誘った」
ルクレールの指が、背でぴくりと強張った。
しばしの沈黙のあと、
「――ああ、くそっ」噛みしめるような声。「……羨まし過ぎる!」
その言い方があまりにも正直で、俺はつい、ほんの少し笑ってしまった。
「ヴァロア騎士……。あなたは応急処置が施されていたため、生存自体はほぼ確実でした。しかし、私の魔力が尽きて高度治療を継続できなければ、運動機能や魔力制御に深刻な後遺症が残っていた可能性が極めて高かった」
ルクレールの瞳がかすかに揺れる。
「しかし、コルベール君が通常では供給不可能なほどの“純度と量”の魔力を、極めて安定した状態で私に提供してくれました。おかげで治癒魔法を短い時間で仕上げることができたのです。要するに、あなたが後遺症もなく目を覚ませたのは、ほぼ全面的にコルベール君のおかげです。ちゃんと感謝しなさい。心の底から」
ルクレールは、まだ重いまぶたを何度か瞬かせてから、ゆっくりと自分の右腕を持ち上げた。
天井の光を受けた腕が、かすかに震えながらもまっすぐ伸びる。
その指先を見つめ、彼はぼそりと呟いた。
「……見える……」
魔眼特有の、赤瞳の奥が静かに揺らぐ。
「……本当だ……。セレスの魔力の破片が……俺の中にある……」
その声は、弱いのに、妙にうっとりしていた。
「……すごく、……綺麗だな……。光が粒になって、流れてる……」
ぼそっ、と心の底から漏れたみたいな声音。
目覚めたばかりのくせに、ほんと、さらりとこういうことを言って来る。
「明日か明後日には消えますよ」
カナードが淡々と告げた。
「残念。ずっと残っていてくれたらいいのにな」
だが次の瞬間、ルクレールの眉がゆっくり寄った。
「……セレスの魔力の隣に……混じってる。この土属性の綺麗じゃない色の魔力、……これ……はぶけないか?」
「……それ。私の魔力ですよね?」
ボンシャンはにこりと微笑んだ。
だが目は笑っていなかった。
「ねえ、ジャン・ピエール。こいつ、殺していいですか?」
「その判断は医療倫理上、非常に問題がありますよ、ボンシャン先生」
カナード寮監が一応止めた。
「……止められました。警備官とデュランならきっと賛同してくれるのに……。残念です。まあ……コルベール君の魔力は、確かに美しいですけどね」
ボンシャンが小さく笑った。
後ろでカナードが軽く眼鏡を押し上げ、静かに補足した。
「セレスがいなければ、あなたの予後はまったく違うものになっていましたよ」
言われて、ルクレールが俺を見た。
まだ焦点は甘いのに、まばたきの度にまっすぐ見捉えようとする。
「また、お前に助けられたのか……、もうこれは、俺がコルベール家に婿入りして、俺の未来ごとお前に差し出すくらいしか礼の方法が思い付かない」
「そんな礼は、微塵もいらない」
はぁ……、とルクレールが長いため息をついた。
「セレス」
名前を呼ばれた瞬間だった。
ルクレールの腕が突然伸び、俺の手首をぐいっと掴んだ。
「うわっ――」
引き寄せられ、体勢を崩した俺は、そのままルクレールの胸へ倒れ込む形になった。
ベッドの白いシーツがぐしゃりとしわを作り、力強い腕がぎゅっと俺の背を抱き寄せる。
「ちょっ……なにを……! やめろって!」
大きな手が俺の頭をわしゃわしゃと撫で回す。
こいつ、怪我人のくせに力だけは妙にある。
「……生きてるってのを、少し……実感させろ」
「ルクレール、セレスを放しなさい」カナードの冷たい声が飛ぶ。「嫌がっているでしょう。それに、あなたはまだ魔力枯渇の直後です。なによりも転移魔法による負担が凄まじい。無理に動けば、せっかく結んだ治療の縫合が緩みます。……動くたびに身体内部に負荷がかかって、後で立てなくなりますよ」
「いや、今、ちゃんと勃ってます」
「カナード寮監! こいつ殺してもいいですか!?」
「セレス、気持ちは分かりますが、駄目です。アウレリアン・マルティエール騎士――うちの母方の親族が持てる知識と武術をすべて叩き込んで育てた男ですから。戦の天使カミュエルに例えられるほどの逸材なんです。基本、獣でバカですけど」
ルクレールが、そこでぴたりと動きを止めた。
ゆっくりと顔を上げ、にやりと口角を吊り上げる。
――解放される、と思ったのだが。
放す気は、まるでない。
むしろ、抱きしめる腕の力がじわりと強くなった。
「……おい、本気でやめろ!」
「もう分かってるからな」
「は?」
「お前が……他の男のもんになったってことくらい」
「っ……!」
その言葉に、思わず息が止まった。
だが、次の瞬間、ルクレールはふっと体勢をずらし、俺の耳へ唇を近づけた。
触れてはいない。けれど、ひどく近い。
「……お前の身体から滲み出ている光に……火属性が微かに混じってる」
囁き声が、鼓膜をゆっくり震わせる。
「……あの辺境子爵家の次男、お前に手を出したな」
低い、抑えた声。
怒鳴りでも嫉妬でもない。
もっと静かな、深いところで燻るような熱だった。
俺もそっと、耳元で返す。
「……俺から誘った」
ルクレールの指が、背でぴくりと強張った。
しばしの沈黙のあと、
「――ああ、くそっ」噛みしめるような声。「……羨まし過ぎる!」
その言い方があまりにも正直で、俺はつい、ほんの少し笑ってしまった。
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