腐男子♥異世界転生

よしの と こひな

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87話 シルエット家領地へ -8-

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「……いいご家族だな」
 ふと言うと、彼の腕に込められる力がわずかに強くなる。
 と同時に、身体がふわりと宙に浮いた。アルチュールが俺を横抱きにし、そのままゆるやかに歩き出す。
「ああ。セレスにそう言ってもらえて嬉しい」
 低く落とされた声には、照れと安堵が混じっていた。

「ロベール……兄と父は、サロンでセレスを見て知っているから……俺が付き合い出したことを手紙で報告したら、二人とも揃って同じような返事を寄越してきたんだ。『妄想はやめろ』って」
 アルチュールが苦笑まじりに肩をすくめる。
「ロベールなんか、後日、王都に来る用があったときに、学院には寄る時間がなかったので自分の伝書使クーリエを飛ばしてきて『わきまえろ。手に入らない者に懸想するな。惹かれるのは分かるが、お前のような乱暴者の田舎貴族が、ロード・コルベールの一メートル以内に近付けるわけがないだろう。なにか幻覚でも見えるようなものを拾って食ったのか? それとも、頭でも打ったのか?』って直接言ってきたんだ」

「酷いな……」俺は小さく笑って言い返す。「今、俺とお前の距離、ゼロセンチだぞ?」
 そう言って、俺はアルチュールの頬にちゅっと音を立てて唇で触れる。
「……っ」
 短く息を詰めるような声。
 次の瞬間、視線が絡んだまま、彼の喉がこくりと鳴るのが見えた。
 アルチュールは静かに俺をベッドへ横たわらせる。
 花びらがふわりと舞い、シーツが軋む。甘い香りが息の間に挟まって、頭が少しぼんやりした。
「なんでセレスは……そういうことを、平気でするかな……」
 小さく吐き出すように言って、彼は天井を仰いだ。
 苦しそうなのに、どこか嬉しそうで――その矛盾が、胸に刺さる。
「ダメだったか?」
「可愛すぎる……」
 その声がひどく本音で、俺のほうがなぜだか照れてしまい視線を逸らしかけたところで、アルチュールの手が俺の頬をそっと戻した。
「実家だから、キスだけにしておこうって……必死に我慢してたのに……。今、その決意が……見事に崩壊した」
 苦笑じみて言うくせに、親指が俺の口元をかすめ、そのまま頬骨のラインをなぞった。触れるだけ。けれど、その触れるだけが一番ずるい。

「じゃあ……」俺は悪戯っぽく微笑んだ。「夕飯前に、まだ少し時間があるから、着衣のまま致してしまいますか、アルチュールさん?」
「無理……」
 即答だった。
 ただし拒絶じゃない。むしろ、正直すぎる降参。
「夕食のテーブルに付けないほどに抱きつぶしてしまいそうだ」
 くすっと笑う俺に、彼は困ったように視線を逸らす。
 ベッドの端に手をついて、俺の上に影を落としたまま、呼吸だけが少しずつ深くなる。
「では、少し俺とイチャイチャしませんか?」
 後頭部に手をまわし抱き寄せて耳に直接言葉を流し込むと、彼は観念したように、でも確かに嬉しそうにほほ笑んで、「……よろこんで」と言った。
 言葉の終わりと同時に、唇が重なる。

 はじめは深くはしない。けれど、離れがたく、確かめ合うようなキス。
 一度触れて離れ、また触れて――息を交わしながら互いの身体の輪郭をなぞる。そのたびに、胸の奥が少しずつほどけていく。指が髪に潜り、肩に落ち、背中を撫でる。
 花びらがいたるところにいくつもくっついていて、なんだか笑える。

 最後まではしなかったものの、結局、俺たちはお互いのものを手で愛撫し、スッキリサッパリして心も身体も満たされてつやつやのぴかぴかになった。

 ……まあその夜は、目的の流星をみんなで眺めたあと、部屋に戻って激しく抱きつぶされたのだけれど。

 火照りの余韻を抱えたまま、俺はアルチュールの腕の中に収まり、ゆっくりと目を閉じる。
 今回は予定が合わなかったネージュやシエル、オグマ、それにマルス。次にここへ来るときは、彼らも一緒に連れて来られたらいいな……。意識の底でそんなことをぼんやりと思い描きながら、その夜、俺は夢に落ちていった――。


  ༺ ༒ ༻


 翌朝――見事に、起きられなかった。
 正確に言えば、目は覚めた。天井もくっきり見えたし、朝の気配も分かった。分かったのだが、肝心の身体が言うことを聞かなかった。
 筋肉痛というよりは、芯から力を抜かれた感覚。指先ひとつ動かすにも、少し気合が要る。ああ、完全にやられたな、と他人事のように納得する。
 原因に心当たりがないわけではない。
 この、バラに埋もれるようなベッドという状況に、いい気になって乗せられたのも事実だし、つい調子に乗って「もっと」とか、「深く」とか、思いきり煽ってしまった自覚もある。

 ……そりゃ、こうなる。

 だから、文句は言わない。
 もっとも、実家だから、キスだけにしておこうって言ってたくせに、ロジェの香油アッターを金箔と彩色エナメルの意匠が施された小瓶に入れて持って来ているとは。用意周到だな、アルチュール……。恐ろしい子!

 まあ、今回は俺の自業自得ということで、目をつぶることにした。
 そう決めたところで、控えめなノック音がする。
「入っていいか?」
 返事をする間もなく、扉が開き、アルチュールが朝食のトレイを抱えて戻ってきた。焼いたパンと湯気の立つスープの香りが、部屋に残るバラの匂いに混じる。
 俺は薄手のローブを羽織り、ゆっくりとベッドを抜け出し窓際へと歩く。

 部屋の外壁から緩やかに張り出したオリエル窓出窓は、厚いクッションと淡い布で整えられていて、自然と外の景色が視界に入る。朝の光が三方から差し込み、白いカーテン越しにやわらかく揺れていた。

 そこに腰かけてトレイを受け取った俺を、アルチュールが見詰めて来る。
「……やってくれたね、アルチュール」
 半分冗談、半分本音で言うと、彼は一瞬視線を逸らしてから、ぽつりと返した。
「……セレスが欲しがったから」
 一拍おいて、俺たちは顔を見合わせる。
 そして、どちらからともなく、小さく笑った。
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