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86話 シルエット家領地へ -7-
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「じゃ、みんな各自、自分の部屋に荷物置きに行ってね」
振り返りざま子爵に向き直り、元のセレスタンが身に着けている流れるような優雅な所作で一礼する。
「シルエット子爵、こんな素敵な部屋をご用意下さり、ありがとうございます」
子爵は、胸に手を当て、俺に深く会釈した。
「いえ、こちらこそ。息子の……大切な方ですから。まさか、こんな粗暴で口のきき方もなっていない愚息が……、サロンにおいては、あまりに高嶺に在り誰も近づくことを許されぬ存在――ロード・コルベール殿、『銀の君』とお付き合いをしていただいている上に、連れて帰って来るとは……」
子爵は一度言葉を切り、どこか遠い目をして、苦笑まじりに続けた。
「こちらにおりました頃は、来る日も来る日も近くの森に入り、剣を振り回しては魔物を追い、腹が減れば川で魚を釣り、その場で焼いて持って行ったパンとその辺の野草を齧って帰ってくるような子で……」
お前も草食ってたのか!?
「正直に申し上げますと、最初に手紙を読んだときは……何を言っているのだ、この子は……、と。とうとう学院で何か妙なものでも拾って食べたのではないか……本気で心配いたしました。ですから、まさか本当に、このような奇跡をお連れして帰ってくるとは……」
父ちゃん、泣き出したよ。
母ちゃんなんか、メイド長に寄りかかってハンカチで目元押さえてるよ。
俺、男だけどいいの?
……もう、そのへんの前提条件、誰も気にしてない感じ?
性別とか種別とか、なんだったら俺が宇宙人でも、この際、もはや誤差扱い?
今さら訂正するほうが野暮な空気になってない?
その光景に目を瞬かせつつ、ぽつりと口から出た。
「ナタン……貴族サロンで俺、どんなふうに思われてるんだろ……?」
セレスタン本体の記憶を探っても、あまりそういった外からの印象というものは、直接、耳に入っていないのか、ほとんど出て来ない。いつもナタンが横についていたから……というのもあるのだろうけれど――、
「まず、『銀の君』という呼び名は正式です。ほかにも『月下の白薔薇』『暁のカメリアブラン』『氷のサファイア』などの別称が多数存在します」
ぼそり、と言った俺の横で、ナタンが即答した。
「加えて――これは余談ですが、かつて来訪したルーザン・アルビオン国の要人である公爵が、サロンで初めてセレスさまを目にした際、その場で言葉を失い、しばらく立ち尽くしたまま、こう呟いたそうです。『リリアル・モン=レーヴ……百合のように白い、私の夢』と。その後、その公爵は公式の場で一切セレスさまに近付こうとはせず、ただ遠くから一度だけ深く一礼して立ち去りました。視線が一瞬合っただけで三日は眠れない、ですとか、サロンデビュー直後の子供が笑顔を見て気絶した、ですとか……。いくらセレスさまご自身が自衛できる強さをお持ちでも、私が間に入らなければ、幾度、拉致監禁されていたことか……」
「あ、もういいです」
大変だったんだな、元のセレスタン……。
そこへ、子爵が柔らかく微笑んで口を開いた。
「馬車でお疲れでしょう。午後六時に夕食をご用意いたしますので、それまでどうぞごゆっくりお休み下さい」
「ありがとうございます」
俺は後ろ手にひらひらとリシャールたちに手を振り、立ち尽くすアルチュールの腕を取って部屋の中へ足を踏み入れた。
背後で扉が静かに閉まりかける。
視界の端で、子爵夫人がハンカチを手に「頑張って」と言いながら手を振っていた。
何を頑張るんだよ……。
室内が密室になった瞬間、部屋に満ちる濃密なバラの香りが、ふっと鼻先をくすぐる。
「……アルチュール」
「な、なんだ?」
呼びかけると、彼は少し身構えたように答える。
あ、これ。俺が不機嫌になったとか、怒らせたとか思ってる顔だな?
「ほら」
俺は両手を上げてみせた。
アルチュールは小首を傾げ、不思議そうに俺を見る。
「おいおい。ここは、姫抱っこでベッドまで連れて行く場面だろ?」
わずかな沈黙のあと、アルチュールが堪えきれないようにくすくすと笑い出して、そっと俺を抱き締めた。
振り返りざま子爵に向き直り、元のセレスタンが身に着けている流れるような優雅な所作で一礼する。
「シルエット子爵、こんな素敵な部屋をご用意下さり、ありがとうございます」
子爵は、胸に手を当て、俺に深く会釈した。
「いえ、こちらこそ。息子の……大切な方ですから。まさか、こんな粗暴で口のきき方もなっていない愚息が……、サロンにおいては、あまりに高嶺に在り誰も近づくことを許されぬ存在――ロード・コルベール殿、『銀の君』とお付き合いをしていただいている上に、連れて帰って来るとは……」
子爵は一度言葉を切り、どこか遠い目をして、苦笑まじりに続けた。
「こちらにおりました頃は、来る日も来る日も近くの森に入り、剣を振り回しては魔物を追い、腹が減れば川で魚を釣り、その場で焼いて持って行ったパンとその辺の野草を齧って帰ってくるような子で……」
お前も草食ってたのか!?
「正直に申し上げますと、最初に手紙を読んだときは……何を言っているのだ、この子は……、と。とうとう学院で何か妙なものでも拾って食べたのではないか……本気で心配いたしました。ですから、まさか本当に、このような奇跡をお連れして帰ってくるとは……」
父ちゃん、泣き出したよ。
母ちゃんなんか、メイド長に寄りかかってハンカチで目元押さえてるよ。
俺、男だけどいいの?
……もう、そのへんの前提条件、誰も気にしてない感じ?
性別とか種別とか、なんだったら俺が宇宙人でも、この際、もはや誤差扱い?
今さら訂正するほうが野暮な空気になってない?
その光景に目を瞬かせつつ、ぽつりと口から出た。
「ナタン……貴族サロンで俺、どんなふうに思われてるんだろ……?」
セレスタン本体の記憶を探っても、あまりそういった外からの印象というものは、直接、耳に入っていないのか、ほとんど出て来ない。いつもナタンが横についていたから……というのもあるのだろうけれど――、
「まず、『銀の君』という呼び名は正式です。ほかにも『月下の白薔薇』『暁のカメリアブラン』『氷のサファイア』などの別称が多数存在します」
ぼそり、と言った俺の横で、ナタンが即答した。
「加えて――これは余談ですが、かつて来訪したルーザン・アルビオン国の要人である公爵が、サロンで初めてセレスさまを目にした際、その場で言葉を失い、しばらく立ち尽くしたまま、こう呟いたそうです。『リリアル・モン=レーヴ……百合のように白い、私の夢』と。その後、その公爵は公式の場で一切セレスさまに近付こうとはせず、ただ遠くから一度だけ深く一礼して立ち去りました。視線が一瞬合っただけで三日は眠れない、ですとか、サロンデビュー直後の子供が笑顔を見て気絶した、ですとか……。いくらセレスさまご自身が自衛できる強さをお持ちでも、私が間に入らなければ、幾度、拉致監禁されていたことか……」
「あ、もういいです」
大変だったんだな、元のセレスタン……。
そこへ、子爵が柔らかく微笑んで口を開いた。
「馬車でお疲れでしょう。午後六時に夕食をご用意いたしますので、それまでどうぞごゆっくりお休み下さい」
「ありがとうございます」
俺は後ろ手にひらひらとリシャールたちに手を振り、立ち尽くすアルチュールの腕を取って部屋の中へ足を踏み入れた。
背後で扉が静かに閉まりかける。
視界の端で、子爵夫人がハンカチを手に「頑張って」と言いながら手を振っていた。
何を頑張るんだよ……。
室内が密室になった瞬間、部屋に満ちる濃密なバラの香りが、ふっと鼻先をくすぐる。
「……アルチュール」
「な、なんだ?」
呼びかけると、彼は少し身構えたように答える。
あ、これ。俺が不機嫌になったとか、怒らせたとか思ってる顔だな?
「ほら」
俺は両手を上げてみせた。
アルチュールは小首を傾げ、不思議そうに俺を見る。
「おいおい。ここは、姫抱っこでベッドまで連れて行く場面だろ?」
わずかな沈黙のあと、アルチュールが堪えきれないようにくすくすと笑い出して、そっと俺を抱き締めた。
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