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91話 シルエット家領地へ -12-
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「では、行ってきます」
「行って来る」
そう告げて、俺たちは厩舎を後にした。
マルセルは、腕の中に烏骨鶏もどきを抱きながら軽く頭を下げ、生みたての卵を手に「お気をつけて」と穏やかに見送ってくれた。そして彼の足元には、名残惜しそうに佇む――いや、魔力回復エーテル・ポーションをがぶ飲みした直後みたいなギラついた目でこちらを見詰めて来るあの求愛ダンサーの姿も……。
尚、ダンサーは、シルエット領地近隣に棲む彩尾鳥エルヴァンと呼ばれる大変珍しく希少で気まぐれな鳥だとマルセルが言っていた。本来、人に懐くことはない。かつて怪我をしていたところをマルセルに手当てされたのをきっかけに、こうして時折、厩舎へ顔を出すようになったのだという。
その雅やかな羽は、ペンや帽子飾りに珍重されるものの、特にあのダンサーの彼は、抜け落ちた羽でさえ拾って持ち帰り、気に入った相手にしか渡さないという――実に扱いづらい性質を持つ。
「でも……」
ついさっき、馬に跨りながらアルチュールが肩を震わせ小さく笑って言った。
「セレスなら……きっと、もらえる」
最後まで騒がしく、どこか微笑ましい見送りだった。
少なくとも、アルチュールの胸に張りついていた硬さが、ほんの少し和らいだように見えたのだから、それでいい。
やがて、俺たちは森へと踏み入る。
木立の間を縫うように、二頭の馬が並んで疾走していく。
柔らかな土を蹴り、葉を揺らし、風を裂く音が、心地よく耳を打った。
アルチュールが跨っているのは、黒鹿毛の彼の愛馬――名をカミル・コンプレー。
流れるような筋肉を持つその馬は、主の意志を汲み取るかのように、俺の馬と速度を揃え、一定の距離を保って走る。
森の空気は澄み、緑の匂いが肺いっぱいに広がる。
枝葉の隙間から差し込む陽光が、地面に並ぶ二人の影を落とした。
しばらく進んだところで、小さな川が道を横切っているのが見えた。
俺たちは自然と手綱を引き、川辺でひと息つくことにする。
「少し休もう」
アルチュールはそう言って下馬し、「ちょっと待ってて」と言ってから川沿いの草むらへと足を向けた。
やがて、掌に何かを載せて戻ってくる。
透き通るような色合いで、瑞々しく、指で押すとわずかに弾む――菓子のような質感のそれは、サナティアと呼ばれる植物の実だった。
「香りがいいんだ。気持ちを落ち着かせる効果もある」
そう言って一粒摘まみ、慣れた様子で口に運ぶ。
彼が噛んだ瞬間、ほのかな清涼感が風に溶ける。
「セレスも、どう?」
差し出された実を受け取り、俺も口に入れる。
――完全に、グミだった。
甘味は控えめだが、しっかりとした弾力があり、噛むほどに淡い香りが広がる。
人工的ではない分、素朴で、これはこれで美味しい。
「……うまい」
「だろう?」
アルチュールは、どこか誇らしげに微笑んだ。
木漏れ日が水面に揺れ、二人の足元を照らしている。
この光、この空気、この静けさ。
――ここで、アルチュールは育ったんだな。
剣を覚え、魔法を学び、当たり前のように季節を過ごして――この空気、この匂い、この距離感の中で。
そのことを口に出す前に、アルチュールが先に言った。
「……不思議だな」
「なにが?」
「この森にセレスが居るのが」一瞬だけ、視線がこちらに向く。「でも、逆にずっと昔から一緒に居る気がする。なんでだろう。でも、多分……」
「多分?」
「俺がもう、セレスと一緒に居ない自分を想像できなくなっているからだと思う」
「……アルチュール」
「ん?」
「また――来たいです。……この先も、ずっと。何度でも」
口にしてから、自分でも少し驚いた。
待て。
なんだよ、これ……。
ほとんど、プロポーズじゃないか。
気づいた瞬間、遅れて頬が熱くなった。
アルチュールは一瞬、言葉を失ったように見えた。
それから、ゆっくりと息を吸い、こちらを見る。
「……俺は」低く、静かな声。「この森もこの時も……この先、俺の生きる時間、全部も――セレスと共有できたらいいと思っている。他の誰でもない。セレスと一緒に居たい」
伸ばされた手が、ためらいなく俺の指に触れる。
「ずっと、隣に居て欲しい」
「行って来る」
そう告げて、俺たちは厩舎を後にした。
マルセルは、腕の中に烏骨鶏もどきを抱きながら軽く頭を下げ、生みたての卵を手に「お気をつけて」と穏やかに見送ってくれた。そして彼の足元には、名残惜しそうに佇む――いや、魔力回復エーテル・ポーションをがぶ飲みした直後みたいなギラついた目でこちらを見詰めて来るあの求愛ダンサーの姿も……。
尚、ダンサーは、シルエット領地近隣に棲む彩尾鳥エルヴァンと呼ばれる大変珍しく希少で気まぐれな鳥だとマルセルが言っていた。本来、人に懐くことはない。かつて怪我をしていたところをマルセルに手当てされたのをきっかけに、こうして時折、厩舎へ顔を出すようになったのだという。
その雅やかな羽は、ペンや帽子飾りに珍重されるものの、特にあのダンサーの彼は、抜け落ちた羽でさえ拾って持ち帰り、気に入った相手にしか渡さないという――実に扱いづらい性質を持つ。
「でも……」
ついさっき、馬に跨りながらアルチュールが肩を震わせ小さく笑って言った。
「セレスなら……きっと、もらえる」
最後まで騒がしく、どこか微笑ましい見送りだった。
少なくとも、アルチュールの胸に張りついていた硬さが、ほんの少し和らいだように見えたのだから、それでいい。
やがて、俺たちは森へと踏み入る。
木立の間を縫うように、二頭の馬が並んで疾走していく。
柔らかな土を蹴り、葉を揺らし、風を裂く音が、心地よく耳を打った。
アルチュールが跨っているのは、黒鹿毛の彼の愛馬――名をカミル・コンプレー。
流れるような筋肉を持つその馬は、主の意志を汲み取るかのように、俺の馬と速度を揃え、一定の距離を保って走る。
森の空気は澄み、緑の匂いが肺いっぱいに広がる。
枝葉の隙間から差し込む陽光が、地面に並ぶ二人の影を落とした。
しばらく進んだところで、小さな川が道を横切っているのが見えた。
俺たちは自然と手綱を引き、川辺でひと息つくことにする。
「少し休もう」
アルチュールはそう言って下馬し、「ちょっと待ってて」と言ってから川沿いの草むらへと足を向けた。
やがて、掌に何かを載せて戻ってくる。
透き通るような色合いで、瑞々しく、指で押すとわずかに弾む――菓子のような質感のそれは、サナティアと呼ばれる植物の実だった。
「香りがいいんだ。気持ちを落ち着かせる効果もある」
そう言って一粒摘まみ、慣れた様子で口に運ぶ。
彼が噛んだ瞬間、ほのかな清涼感が風に溶ける。
「セレスも、どう?」
差し出された実を受け取り、俺も口に入れる。
――完全に、グミだった。
甘味は控えめだが、しっかりとした弾力があり、噛むほどに淡い香りが広がる。
人工的ではない分、素朴で、これはこれで美味しい。
「……うまい」
「だろう?」
アルチュールは、どこか誇らしげに微笑んだ。
木漏れ日が水面に揺れ、二人の足元を照らしている。
この光、この空気、この静けさ。
――ここで、アルチュールは育ったんだな。
剣を覚え、魔法を学び、当たり前のように季節を過ごして――この空気、この匂い、この距離感の中で。
そのことを口に出す前に、アルチュールが先に言った。
「……不思議だな」
「なにが?」
「この森にセレスが居るのが」一瞬だけ、視線がこちらに向く。「でも、逆にずっと昔から一緒に居る気がする。なんでだろう。でも、多分……」
「多分?」
「俺がもう、セレスと一緒に居ない自分を想像できなくなっているからだと思う」
「……アルチュール」
「ん?」
「また――来たいです。……この先も、ずっと。何度でも」
口にしてから、自分でも少し驚いた。
待て。
なんだよ、これ……。
ほとんど、プロポーズじゃないか。
気づいた瞬間、遅れて頬が熱くなった。
アルチュールは一瞬、言葉を失ったように見えた。
それから、ゆっくりと息を吸い、こちらを見る。
「……俺は」低く、静かな声。「この森もこの時も……この先、俺の生きる時間、全部も――セレスと共有できたらいいと思っている。他の誰でもない。セレスと一緒に居たい」
伸ばされた手が、ためらいなく俺の指に触れる。
「ずっと、隣に居て欲しい」
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