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99話 シルエット家領地へ -20-
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洞窟を出ると、陽はすでに傾きつつあり、森の上空を斜めに照らしていた。
氷室の冷気から解放された身体に、夏の森の空気がやわらかく染み込んでいく。
俺とアルチュール、ルクレール、ジュール、そしてシルエット家の猟師たちが三人。歩みの合間に、「よかったな」「本当に無事で」「信じられない」――そんな短い言葉が、ぽつりぽつりと交わされている。
洞窟の中で彼らがノアールの姿を目にしたとき、三人は同時に歓喜の声を上げ、まるで少年のように飛び上がった。
皆、ノアールを子犬の頃から知っている。
アルチュールが弓の鍛錬のために猟に出るときも、いつも傍らにいたオオカミ犬。生きて戻ったと知って、喜ばないはずがない。
その声を背に受け、アルチュールは歩きながら、ふと小さく息を吐いた。
張りつめていたものがようやく胸の奥でほどけたような表情だ。それから手首のバングルへと触れる――そこに、確かにノアールがいる。
一瞬、彼がこちらを見て、俺たちは何も言わずに視線を交わした。
言葉少なに、だけど和やかに歩調を揃えて足を運んでいると、やがて視界が開ける。
森の切れ目、芝生の広がる空き地に、まず俺とアルチュールが乗って来た馬が並び、その傍らにルクレールとジュールの馬。さらにその奥には、シルエット家の猟師たちの馬が繋がれている。
俺たち一行の気配を感じ取ったのか、アルチュールの愛馬カミル・コンプレーが小さく鼻を鳴らし、尾を揺らした。
「おっ、カミル、きっと気付いてるな。ノアールのこと」
小走りにやって来てアルチュールにそう言ったのは、先ほど俺が洞窟の中で紹介されたロベールの乳兄弟だという猟師のアンドレ。
日に焼けた頬、薄い笑い皺。無精ひげの混じる顎のラインは引き締まり、冷静さを宿した灰色の瞳が印象的だった。
山と森に馴染んだ精悍さの奥に、ふとした瞬間、目を引く色気が滲んでいる。
「ああ。昔からカミルとノアールは相性がいい。あとで、落ち着いてからゆっくりと会わせてやらないとな……」
アルチュールは頷き口元をゆるめた。
それから馬に跨り、俺たちは早々に屋敷へと戻った。胸の奥に溜まっていた緊張が、ようやくゆるむ。
ノアール帰還の報が知れ渡るのは早かった。
猟師のひとりが先に邸内へ駆け込み、使い魔契約成立を告げて回ったからだ。
まあ、それからすぐにシルエット家は文字通りひっくり返った。
厩舎の前で、アルチュールがバングルからノアールを呼び出す。
「ノアール……!?」
使用人たちの声が重なり、誰かは涙をぬぐい、誰かは声を上げて笑い、誰かはそっとオオカミ犬の首元に手を伸ばす。
ノアールを囲む輪がひとしきり落ち着いたところで、俺は肩に掛けていた袋を手に取った。
中身は、氷室に入る前に厩舎で預かった毛布や簡易の保温具。
「マルセルさん」
名を呼ぶと、戻った馬たちの手綱を握っていた厩務員がこちらを向いた。
「これ。結局、使わずに済みました。……お心づかい、ありがとうございました」
一礼して袋を差し出すと、マルセルは一瞬目を見開き、それから深く頭を下げた。
「とんでもありません。……コルベールさまが、ノアールを助けてくださったとうかがいました。心より……本当に、ありがとうございます」
声が、微かに震えている。
怪我をした野鳥を見つけたときも、決して放っておかないような人だ。ノアールが氷の眠りについたと聞いて心を痛めていたのだろう。
「いえ。あの……それと、セレスでいいです」
そう言うと、彼は顔を上げ、困ったように、しかしどこか嬉しそうに笑った。
その横から、ひょいと影が差す。
「よう」
ルクレールだった。
「……良かったな。ほんとに。よくやった」
飾り気のない言葉が、妙に胸に残る。
「ありがとう」
ルクレールにそう短く返していると、マルセルはもう一度礼をして馬を厩舎へ戻すために歩き出した。
ノアールの周囲では、まだ使用人たちが入れ替わり立ち替わり声をかけている。
その様子を眺めながら、ルクレールが肩をすくめた。
「恋人……じゃなくて、もう婚約者さまだったな。すっかりオオカミ犬にとられたじゃないか」
アルチュールの方を見て、からかうように言う。
「今夜は、ノアールと過ごしてもらおうと思ってる」
俺はそう答えた。
「久しぶりだし、ゆっくりな。……俺は、一人でいい」
「おっ、今夜は一人か? じゃあ、行ってもいいか?」
ルクレールが目を細める。
「駄目です」
即答した。そして、
「俺が、そっちに行きます」
「――え?」
「丁度いい機会だ。話がある、ルクレール」
一拍ののち、彼は、ふっと鼻で笑った。
「……全然、色っぽくない話なんだろ?」
「そりゃそうだろ」
そう返した、その瞬間――、
「うおっ!?」
ルクレールが跳ねるように後ずさる。
足元を見ると、色鮮やかな尾羽を何本もくわえた派手な鳥が、猛烈な勢いで彼の靴先をつついていた。
氷室の冷気から解放された身体に、夏の森の空気がやわらかく染み込んでいく。
俺とアルチュール、ルクレール、ジュール、そしてシルエット家の猟師たちが三人。歩みの合間に、「よかったな」「本当に無事で」「信じられない」――そんな短い言葉が、ぽつりぽつりと交わされている。
洞窟の中で彼らがノアールの姿を目にしたとき、三人は同時に歓喜の声を上げ、まるで少年のように飛び上がった。
皆、ノアールを子犬の頃から知っている。
アルチュールが弓の鍛錬のために猟に出るときも、いつも傍らにいたオオカミ犬。生きて戻ったと知って、喜ばないはずがない。
その声を背に受け、アルチュールは歩きながら、ふと小さく息を吐いた。
張りつめていたものがようやく胸の奥でほどけたような表情だ。それから手首のバングルへと触れる――そこに、確かにノアールがいる。
一瞬、彼がこちらを見て、俺たちは何も言わずに視線を交わした。
言葉少なに、だけど和やかに歩調を揃えて足を運んでいると、やがて視界が開ける。
森の切れ目、芝生の広がる空き地に、まず俺とアルチュールが乗って来た馬が並び、その傍らにルクレールとジュールの馬。さらにその奥には、シルエット家の猟師たちの馬が繋がれている。
俺たち一行の気配を感じ取ったのか、アルチュールの愛馬カミル・コンプレーが小さく鼻を鳴らし、尾を揺らした。
「おっ、カミル、きっと気付いてるな。ノアールのこと」
小走りにやって来てアルチュールにそう言ったのは、先ほど俺が洞窟の中で紹介されたロベールの乳兄弟だという猟師のアンドレ。
日に焼けた頬、薄い笑い皺。無精ひげの混じる顎のラインは引き締まり、冷静さを宿した灰色の瞳が印象的だった。
山と森に馴染んだ精悍さの奥に、ふとした瞬間、目を引く色気が滲んでいる。
「ああ。昔からカミルとノアールは相性がいい。あとで、落ち着いてからゆっくりと会わせてやらないとな……」
アルチュールは頷き口元をゆるめた。
それから馬に跨り、俺たちは早々に屋敷へと戻った。胸の奥に溜まっていた緊張が、ようやくゆるむ。
ノアール帰還の報が知れ渡るのは早かった。
猟師のひとりが先に邸内へ駆け込み、使い魔契約成立を告げて回ったからだ。
まあ、それからすぐにシルエット家は文字通りひっくり返った。
厩舎の前で、アルチュールがバングルからノアールを呼び出す。
「ノアール……!?」
使用人たちの声が重なり、誰かは涙をぬぐい、誰かは声を上げて笑い、誰かはそっとオオカミ犬の首元に手を伸ばす。
ノアールを囲む輪がひとしきり落ち着いたところで、俺は肩に掛けていた袋を手に取った。
中身は、氷室に入る前に厩舎で預かった毛布や簡易の保温具。
「マルセルさん」
名を呼ぶと、戻った馬たちの手綱を握っていた厩務員がこちらを向いた。
「これ。結局、使わずに済みました。……お心づかい、ありがとうございました」
一礼して袋を差し出すと、マルセルは一瞬目を見開き、それから深く頭を下げた。
「とんでもありません。……コルベールさまが、ノアールを助けてくださったとうかがいました。心より……本当に、ありがとうございます」
声が、微かに震えている。
怪我をした野鳥を見つけたときも、決して放っておかないような人だ。ノアールが氷の眠りについたと聞いて心を痛めていたのだろう。
「いえ。あの……それと、セレスでいいです」
そう言うと、彼は顔を上げ、困ったように、しかしどこか嬉しそうに笑った。
その横から、ひょいと影が差す。
「よう」
ルクレールだった。
「……良かったな。ほんとに。よくやった」
飾り気のない言葉が、妙に胸に残る。
「ありがとう」
ルクレールにそう短く返していると、マルセルはもう一度礼をして馬を厩舎へ戻すために歩き出した。
ノアールの周囲では、まだ使用人たちが入れ替わり立ち替わり声をかけている。
その様子を眺めながら、ルクレールが肩をすくめた。
「恋人……じゃなくて、もう婚約者さまだったな。すっかりオオカミ犬にとられたじゃないか」
アルチュールの方を見て、からかうように言う。
「今夜は、ノアールと過ごしてもらおうと思ってる」
俺はそう答えた。
「久しぶりだし、ゆっくりな。……俺は、一人でいい」
「おっ、今夜は一人か? じゃあ、行ってもいいか?」
ルクレールが目を細める。
「駄目です」
即答した。そして、
「俺が、そっちに行きます」
「――え?」
「丁度いい機会だ。話がある、ルクレール」
一拍ののち、彼は、ふっと鼻で笑った。
「……全然、色っぽくない話なんだろ?」
「そりゃそうだろ」
そう返した、その瞬間――、
「うおっ!?」
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