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107話 シルエット家領地へ -28-
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俺は、黙って続きを待った。
「任務中だろうと、私情に走った。……規則だけ見れば、褒められた話じゃない。だけど、俺も彼の立場なら同じ事をする……」
低く、確かな声音。
「ジャンも若かった……、男を見る目が無かったんだ……それだけだ」
それ以上は、踏み込まなかった。
「了解」
呼吸が、ゆっくりと整っていく。
「……セ、レス……」
もう、ほとんど寝言だ。
「はいはい」
短く答え、また、髪を撫でる。
「おやすみ」
しばらくして、完全に眠ったのを確認してからそっと手を離し、大きな身体に薄手のブランケットをかける。
――本当に、手のかかる男だ……。
……つられて、俺の意識も重くなる。
ソファーにはジュールがいるし、この状況なら、余計な疑いを向けられることもないだろう。
そう判断して、俺は小さく呪文を紡ぐ。
「――エンドゥ」
灯りが静かに落ち、部屋は闇に包まれた。
そのまま、意識を手放す。
翌朝。
朝食に誘いに来たアルチュールは、バラの部屋に俺の姿がなかったことに血相を変えたらしい。
廊下を駆け、辿り着いた先――ルクレールの部屋の扉を拳で叩く。
激しいノックの音。
「……っ」
その音で、俺は目を覚ました。
寝ぼけたまま身を起こし、状況を理解する前に、扉を開けてしまう。
次の瞬間。
「セレス!」
勢いよく、アルチュールが飛び込んできた。
肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「……無事か?」
「え、あ、うん……?」
何が起きているのか分からない俺をよそに、アルチュールが室内を鋭く見渡す。
その先で、ベッドに半身を起こしたルクレールが目に入る。
「……何の騒ぎだ」
低い声。
アルチュールの視線は、さらに奥へ――。
ソファーの上。そこに相変わらずだらしなく転がるジュールの姿を確認した瞬間、彼の肩から、はっきりと力が抜けた。
大きく息を吐き、胸元に手を当てる。
「……よかった」
その呟きは、ほとんど独り言だった。
俺はようやく状況を飲み込み、苦笑する。
「……ごめん……心配させたみたいだね」
ロジェのパーティーに来ていた騎士やノクターンたちも舌を巻くレベルの男と、一晩、同じ部屋で過ごしたんだ。
そりゃ、食われたと思う。
アルチュールは一瞬、言葉に詰まり、それから小さく首を振った。
「無事なら、それでいい」
そう言って、もう一度だけ、強く俺を抱き寄せた。
༺ ༒ ༻
朝食後、ルクレールとジュールは街へと向かい、残った俺たちは馬車の仕上げに取りかかった。
魔法で内部を拡張し移動式のティーサロンへ――という当初の予定は、ノリに乗ったドワーフ兄弟とナタンの手にかかり、見事に“暴走”した。
内部は、落ち着いた木目と金属装飾を基調にした、アンティーク調の超豪華な1LDK移動居室。
簡易とはいえ厚みのあるマットと滑らかな張り地、真鍮の金具がさりげなく配されたベッドが設えられ、水魔法浄化循環式の水洗トイレまで組み込まれた瞬間、子爵が本気で言った。
「……ここに住みたい」
爆笑が起きる。
「気持ち、分かりまっせ」
「ほんま、自分で言うのもなんやけど、ええ出来やわ」
ドワーフ兄弟の自画自賛に、誰もが頷いた。
シャーも負けていなかった。
椅子の革張りは完璧で、土魔法を使い内部に小さな暖炉と装飾用の支柱を形作っていく。
一方、屋外では、警護騎士たちが「何か手伝えることはありませんか」と声をかけ合いながら、次々と集まってきていた。
サスペンションの調整のため、馬車を組み上げたレンガの上に据える必要がある。重労働だったが、身体強化魔法をかけた屈強な騎士たちは息を合わせ、馬車用ジャッキで難なく車体を持ち上げてくれた。
その間、使用人たちは手早く休憩用の卓を並べ、お茶と軽食を用意していく。湯気の立つカップと甘い香りが、作業場の空気を和らげる。
周囲ではノアールが悠然と腰を下ろし、静かに場を見守っている。
ときおり、ダンサーが俺と視線を合わせると、羽を大きく広げ、くるりと軽やかに舞ってみせた。
いつの間にか、射るような目つきの鋭さすら可愛く見えてきている自分に、苦笑する。
昼を少し過ぎた頃、ルクレールとジュールが戻ってきた。
「問題なし、だ」
「街で聞いた限り、ドワーフ兄弟の評判は上々です」
二人の低い声が、耳元に落ちた。
「じゃあ、あとで武器の相談をさせてもらおう」
陽が西へ傾き始める頃――、
馬車は、ついに完成した。
それは、もはや“改装”の域を超えている。移動する拠点。
「任務中だろうと、私情に走った。……規則だけ見れば、褒められた話じゃない。だけど、俺も彼の立場なら同じ事をする……」
低く、確かな声音。
「ジャンも若かった……、男を見る目が無かったんだ……それだけだ」
それ以上は、踏み込まなかった。
「了解」
呼吸が、ゆっくりと整っていく。
「……セ、レス……」
もう、ほとんど寝言だ。
「はいはい」
短く答え、また、髪を撫でる。
「おやすみ」
しばらくして、完全に眠ったのを確認してからそっと手を離し、大きな身体に薄手のブランケットをかける。
――本当に、手のかかる男だ……。
……つられて、俺の意識も重くなる。
ソファーにはジュールがいるし、この状況なら、余計な疑いを向けられることもないだろう。
そう判断して、俺は小さく呪文を紡ぐ。
「――エンドゥ」
灯りが静かに落ち、部屋は闇に包まれた。
そのまま、意識を手放す。
翌朝。
朝食に誘いに来たアルチュールは、バラの部屋に俺の姿がなかったことに血相を変えたらしい。
廊下を駆け、辿り着いた先――ルクレールの部屋の扉を拳で叩く。
激しいノックの音。
「……っ」
その音で、俺は目を覚ました。
寝ぼけたまま身を起こし、状況を理解する前に、扉を開けてしまう。
次の瞬間。
「セレス!」
勢いよく、アルチュールが飛び込んできた。
肩を掴まれ、顔を覗き込まれる。
「……無事か?」
「え、あ、うん……?」
何が起きているのか分からない俺をよそに、アルチュールが室内を鋭く見渡す。
その先で、ベッドに半身を起こしたルクレールが目に入る。
「……何の騒ぎだ」
低い声。
アルチュールの視線は、さらに奥へ――。
ソファーの上。そこに相変わらずだらしなく転がるジュールの姿を確認した瞬間、彼の肩から、はっきりと力が抜けた。
大きく息を吐き、胸元に手を当てる。
「……よかった」
その呟きは、ほとんど独り言だった。
俺はようやく状況を飲み込み、苦笑する。
「……ごめん……心配させたみたいだね」
ロジェのパーティーに来ていた騎士やノクターンたちも舌を巻くレベルの男と、一晩、同じ部屋で過ごしたんだ。
そりゃ、食われたと思う。
アルチュールは一瞬、言葉に詰まり、それから小さく首を振った。
「無事なら、それでいい」
そう言って、もう一度だけ、強く俺を抱き寄せた。
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朝食後、ルクレールとジュールは街へと向かい、残った俺たちは馬車の仕上げに取りかかった。
魔法で内部を拡張し移動式のティーサロンへ――という当初の予定は、ノリに乗ったドワーフ兄弟とナタンの手にかかり、見事に“暴走”した。
内部は、落ち着いた木目と金属装飾を基調にした、アンティーク調の超豪華な1LDK移動居室。
簡易とはいえ厚みのあるマットと滑らかな張り地、真鍮の金具がさりげなく配されたベッドが設えられ、水魔法浄化循環式の水洗トイレまで組み込まれた瞬間、子爵が本気で言った。
「……ここに住みたい」
爆笑が起きる。
「気持ち、分かりまっせ」
「ほんま、自分で言うのもなんやけど、ええ出来やわ」
ドワーフ兄弟の自画自賛に、誰もが頷いた。
シャーも負けていなかった。
椅子の革張りは完璧で、土魔法を使い内部に小さな暖炉と装飾用の支柱を形作っていく。
一方、屋外では、警護騎士たちが「何か手伝えることはありませんか」と声をかけ合いながら、次々と集まってきていた。
サスペンションの調整のため、馬車を組み上げたレンガの上に据える必要がある。重労働だったが、身体強化魔法をかけた屈強な騎士たちは息を合わせ、馬車用ジャッキで難なく車体を持ち上げてくれた。
その間、使用人たちは手早く休憩用の卓を並べ、お茶と軽食を用意していく。湯気の立つカップと甘い香りが、作業場の空気を和らげる。
周囲ではノアールが悠然と腰を下ろし、静かに場を見守っている。
ときおり、ダンサーが俺と視線を合わせると、羽を大きく広げ、くるりと軽やかに舞ってみせた。
いつの間にか、射るような目つきの鋭さすら可愛く見えてきている自分に、苦笑する。
昼を少し過ぎた頃、ルクレールとジュールが戻ってきた。
「問題なし、だ」
「街で聞いた限り、ドワーフ兄弟の評判は上々です」
二人の低い声が、耳元に落ちた。
「じゃあ、あとで武器の相談をさせてもらおう」
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