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第三章
ガストン卿の来訪
しおりを挟む薬草園の整備を始めてから数十日が過ぎた。
セラは袖をまくり、黙々と枯れ枝を取り除いていた。リゼットが水を運び、若木の根元にそっと注ぐ。荒れていた庭は、少しずつ息を吹き返している。
しかし王宮の女官や騎士たちは、王妃と関われば国王の逆鱗に触れるとでも思ったのか、一切この庭に近づかない。それでも二人は気にしなかった。
しかしその日は例外だった。昼下がり、重たい靴音とともに無遠慮な笑い声が近づいてきた。
「おお、これはこれは妃殿下」
振り返ると、金鎖を胸に誇示するように掛けたガストン伯爵が立っていた。太鼓腹を揺らしながら歩み寄り、わざとらしく両手を広げる。
「庭仕事に汗を流されるとは、まことに殊勝なご趣味ですなあ。しかしながら、王妃たるもの、もっと威厳をお保ちいただかねば。ただの庭いじりをしている年老いた未亡人にも見えますぞ」
セラは泥のついた手を軽く払い、穏やかな笑みを浮かべた。
「自然の香りを浴びれば心が澄み渡ります。王妃であろうと老婆であろうと、その素晴らしさを知らぬ方が、むしろお気の毒ですわ」
ガストンの目が細くなり、口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「なるほど。しかし、その薬草を育ててどうなさるおつもりで? 陛下に得体の知れぬ煎じ薬でも差し上げるおつもりか。いささか軽率に見えますな」
セラは小首をかしげ、静かに見返した。
「ではガストン卿、もしお体に不調があるのなら、私が処方して差し上げましょう。頭痛ならラベンダーとミントを煎じればよく効きますし、胃の不快感ならフェンネルとカモミールを――」
「け、けっこう! 私は至って健康ですのでな!」
ガストンは顔を真っ赤にし、慌てて手を振った。
「そ、そのような得体の知れぬ……い、いや、妃殿下のお心遣いは痛み入りますが、私などにはもったいない!」
声が裏返り、しどろもどろに言い訳を並べる姿は滑稽ですらあった。
「そ、それより――もっと困っている者たちにお与えになってはどうですかな。たとえば……孤児院の子供たちなどには、さぞ喜ばれるでしょう。ちょうどいい実験台……いや、善き施しとなりましょうからな」
そう言うや否や、ガストンは踵を返し、太鼓腹を揺らしながらそそくさと立ち去っていった。
「セラ様のお薬が得体の知れないものですって? 何も知らないくせに」
リゼットが苦々しそうに言う。
セラは逃げ去る背中を見送り、ふっと口元を緩めた。
「……でも、彼の言葉にも一理あるわ」
「と、申しますと?」
「孤児院へ行きましょう。この薬草園を甦らせるのも大切だけれど、一番必要なのは、それを必要としている人たちに与えることよ」
セラは摘んだばかりのローズマリーを胸に抱きしめ、土に汚れた顔に晴れやかな笑みを浮かべた。
「さあ、準備をしなくては。忙しくなるわよ、リゼット」
彼女の声は、庭に芽吹いた若葉のように明るく力強かった。
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