老聖女の政略結婚

那珂田かな

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第六章

真相

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 オリヴィアの唇がわずかに震えた。だが、すぐに整えられた笑みが戻る。若さに似合わぬ落ち着きと、令嬢らしい誇りがその仕草に宿っていた。彼女は真っ直ぐにセラを見返し、澄んだ声で言った。
「妃殿下をおとしめるつもりなど、決してございません」
 その言葉に、リゼットが小さく息を呑む。オリヴィアの声には迷いがなかった。
「ただ、わたくしも、そして他の令嬢たちも、やっと戦のない時代を迎えたのです。これまで命の不安に怯え、日々を生きることに必死でございました。けれど今ようやく、好きなドレスを着て、恋をし、夢と青春を謳歌できるようになったのです。ですが――もし側室に選ばれてしまえば、その自由はすべて失われてしまいます」
 セラは思いもしない答えに胸を衝かれ、言葉を失った。王妃としては当然の務めと考えていた「側室選び」が、彼女たちにとっては未来を奪う恐怖なのだと、初めて突きつけられた。
 オリヴィアは臆することなく続ける。
 「お茶会に呼ばれた令嬢の中には、未来を誓い合った相手がいる方もいます。わたくしは事前に調べて知ってしまいました。名誉と恋との板挟みになるのは、どれほど苦しいことでしょう。だから彼女たちには、“お茶会を病欠すればよい”と知恵を授けただけなのです」
 その声音は淡々としていたが、同情と若さの強がりが混じり合っていた。
「もちろん、皆、陛下や妃殿下を敬愛しておられます。ですが同時に、怯えている。……それが実情なのです」
 セラは黙してその言葉を受け止めた。青い瞳は柔らかく光りながらも、一筋の厳しさを帯びる。
 「オリヴィア、あなたは私に忠告しているつもりなのね」
「はい」
  オリヴィアは胸を張り、桃色のドレスの裾を軽やかに揺らした。金糸のような髪が窓から射す夕陽を反射し、彼女の隠されていた知的な姿を一層際立たせる。
「父の命令で、招かれもしないお茶会に押しかけ、受け取ってもらえぬ贈り物を届け続けてまいりました。そのうちに、どうしても他の令嬢たちの事情が目に入ったのです。彼女たちは皆、まだ若く、夢を追い、愛する方を想っている」
 セラは思わず口を開いた。
 「ですが、それを避けたいからと病を偽るのは――」
「ええ、今思えば、浅はかな考えでした」
  オリヴィアは真っ直ぐにリゼットを見やり、堂々と答えた。
 「けれど、それが彼女たちの、いえ、私たちの“最後の抵抗”なのです。愛する方と結ばれたい、未来を自分で選びたい――ただその思いから」
 セラは長く息を吐き、ゆっくりと頷いた。
 「……あなたのついた嘘が、結果としてこの王宮を混乱させたのです。それだけは、忘れないでください」
 オリヴィアの瞳がわずかに揺れた。それでも姿勢は崩さず、深く頭を垂れる。
 「申し訳ございません、妃殿下。どんな罰でも受ける覚悟はできております」
 その声には震えがなかった。彼女の若さは、後悔よりもむしろ覚悟へと結晶しているように見えた。
 夕陽が窓辺を赤く染め、長い影を室内に落とす。
 セラはオリヴィアの横顔を見つめながら、胸の奥で感嘆の声をあげる。
(彼女はただの華美を好む令嬢ではない。無謀なほど勇気のある方だわ)



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