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第七章
敵襲
しおりを挟む南方の大地は、秋を迎えてなお夏の熱を孕んでいた。
乾ききった土はひび割れ、枯れ草を踏みしだけば粉塵が立ち上り、兵たちの鎧を鈍く覆う。昼になれば灼けつくような暑さが戻り、喉の奥はひりつき、兵たちの息は重くなった。
エドモンドは馬上から戦場を見渡した。敵は二千ほど。数では王国軍が優勢だったが、相手はこの地に育ち、丘や茂みの一つひとつを知り尽くしている。奇襲に長けた相手は、ただの残党とは思えぬほど厄介であった。
「敵は丘陵の向こうに陣を張っています!」
伝令が駆け寄り、声を張る。
「よし。全軍、盾を前へ! 弓兵は後列に下げろ!」
命令は瞬時に伝わり、列は鍛えられた動きで整えられる。兵の槍の穂先が朝日を受けて白く光り、太鼓の音が乾いた大地に響いた。
やがて土煙を上げ、残党軍が押し寄せてくる。槍と槍が激突し、剣と剣が火花を散らす。怒号と悲鳴が入り乱れ、血の匂いが風に混じった。
エドモンドは剣を抜き、声を張り上げる。
「退くな! 我らの背には都がある! 未来を、家族を守るのだ!」
若き王の声が兵を鼓舞し、押されかけた盾列が再び持ち直す。しかし敵は狡猾だった。側面の茂みから伏兵が飛び出し、背後では小部隊が補給車を狙う。兵の間に動揺が走る。
その時だった。丘陵の影から一条の光が放たれる。狙いはただ一つ、王の胸。
「陛下っ!」
ラファエルが馬を駆り、王の前に割って入った。
矢が彼の肩に深々と突き刺さり、鎧を貫いて鮮血が飛び散る。衝撃に体が大きく揺れたが、それでも剣を手放すことはなかった。
「ラファエル!」
叫ぶエドモンドに、彼は歯を食いしばり、かすれた声で答えた。
「ご無事で……」
はしばみ色の瞳は苦痛に曇りながらも、忠誠の光を宿していた。その姿に兵たちは奮い立ち、乱れかけた列が再び締まる。
エドモンドは胸を衝かれる思いだった。己を庇い、忠臣が血を流している。それでも背を向けることなどできない。
ふとセラの力強い声がよみがえる。
――あなたほどこの国の王にふさわしい方はいない。
「まだ終わらぬ!」
王は剣を掲げ、声を轟かせた。
兵たちは鬨の声を上げ、一斉に前へ押し出す。敵兵は混乱に呑まれ、やがて旗が地に引き倒された。
乾いた風が戦場を吹き抜ける。暑さを含んだ風が、血と土の匂いを運び、兵の疲れをなでていった。
ラファエルは肩に突き立った矢を押さえながら、それでも王の隣に立ち続けた。傷口から赤が滲み出し、鎧を濡らす。それでも彼の背筋は折れなかった。
エドモンドはその姿を横目に、改めて剣を握りしめる。
――民を守るために。
――この国を未来へ渡すために。
確かに敵の旗は倒れた。だが荒れ果てた丘陵の陰には、なお残党の気配が潜んでいるかもしれない。油断すれば、再び背を衝かれる。
王の金の瞳は、勝利の余韻に浸ることなく、なお燃え続けていた。
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