出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

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第一章

まさかの落選

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 クレトと別れた翌日からエステルは王宮で開かれる王太子妃選に参加した。父からは、これは出来レースだから安心しろと再度聞かされエステルは屋敷をあとにした。もう二度と戻ることはないと思いながら。
 形だけ開かれた王太子妃選。公爵令嬢であるエステルの勝ちははじめから決まっていた。はずだった。

「オラシオ王太子殿下のご正妃には、ベニタ・グラセリ男爵令嬢が内定いたしました」

 七日間に渡る王太子妃選の結果発表の場だ。同じ七日間を戦い抜いた七人の令嬢が並んでいる。名を呼ばれたベニタは、はにかみながら一歩前へと進み出た。

「へ?」

 エステルは思わず令嬢にあるまじき行為に関わらず、ぽかんと口を開け、今しがたの発言をした文官の顔を見上げた。しんとした広間に、エステルの間抜けな声が響いた。自分の名が呼ばれなかったことの意味がわからず、一段高い上座に座るオラシオ殿下に物問うように小首を傾げた。

「あの、何かの間違いでは?」

 家格から言っても、ベニタよりエステルの方が上だ。それに王太子妃にはすでにエステルが内定していたはず。オラシオ殿下からも既に了承の返事をもらっていると父は言っていた。

 エステルがオラシオ殿下に「どういうことです?」と聞くと、

「控えなされ、エステル殿。王太子殿下の御前であるぞ」

 さきほどの文官がぴしゃりと厳しい声をあげた。

「この七日間でオラシオ王太子殿下が下された決定に、エステル殿は異を唱えられるのか? なんと不敬な。こうなってみると、エステル殿を選ばれなかった王太子殿下のご決断は、ご英断でございました」

 くすくすと周囲から嘲笑が漏れる。得にベニタは、勝ち誇ったようにエステルを見、目が合うとわざとらしくふいっとそらし、くすっと笑った。

「どうしてご自分が選ばれるとお思いになられたのかしら? こう言ってはなんだけれど、エステル様はこの七人の中で一番おできになる方ではなかったとお見受けいたしますけれど」

 ベニタの言に更に周囲から失笑が沸き起こる。
 
 確かにこの七日間のエステルは最悪だった。
 出来レースだと知らなかったなら、自分は落ちて当然と思えるほど、何もかも上手くできなかった。
 
 一日目。オラシオ殿下を囲んでのお茶会。ライバル達とのお茶会だが、どれだけ場を和やかにできるか。社交的な手腕が求められる場面だ。エステルは当たり障りのない話題を提供したが、ベニタがことごとく一言で終わらせ、自分の持ち出した話ばかりしていた。それでもと必死に話の輪に入ろうとしたが、誰もエステルの話には相槌を返してくれない。オラシオ殿下など目も合わせてくれなかった。

 二日目。ダンス。オラシオ殿下と一曲踊ってその技術、相性をみる。この場合、踊る順番も大事だ。やはりここは、一番最初に殿下と踊りたい。そう思っていたのに、いざダンスホールへ行こうとすると靴がなかった。昨夜、侍女のマリナがドレスと共に靴の確認もしていたことは知っている。だからないなんてどう考えてもおかしい。マリナは真っ青になって謝ってくれたが、マリナが悪いわけではない。とりあえずこれでと差し出された別の靴を履いて慌ててダンスホールへ向かったけれど、既に六人は踊り終え、エステルは最後だった。
 オラシオ殿下は、六曲も踊ったあとで疲れておいでだったし、エステルも履きなれない靴で踊ったものだから、何度か殿下の足を踏んづけた。
 視界の端で、ベニタが口元をおさえて笑いを噛み殺しているのが見えた。

 三日目。晩餐会を想定しての食事会。テーブルマナーは自信があったのに、なぜかナイフがちっとも切れない。話の輪に入らなければとそちらにも気を取られ、なんとか一言二言話題についていこうと発言すると、ベニタがエステルの声に被せるように話し出す。必死になって話に加わろうとタイミングを見計らいながら、手元では出されたお肉と格闘していると、つるっとお肉が滑って空を舞い、オラシオ殿下の御髪にのった。まさか。

 四日目。この国の歴史を問う試験。みっちり勉強してきたのでこれは楽勝のはず。渡された問題の答えも全てわかった。なのに用意された羽ペンのインクがかすかすだった。さすがにこれはと、交換をお願いしたのだけれど、ベニタがそれはカンニングだと言い出し(どこが?)却下され、一問も解答できなかった。

 五日目。六日目。七日目……。もういいだろうか。だいたい似たようなことが起こった。その度ベニタの口元をおさえる姿が視界の端に入ってきた。

 とまぁ散々な七日間だったが、お父様から聞かされていた話を信じ、王太子妃に選ばれるのは自分だと疑っていなかった。なのに。

「往生際の悪い方は困りますわね。あれだけ色々と失敗なさっておいでだったのに、エステル様が選ばれるわけないんじゃなくて?」

 ベニタがほほほと笑う。全くその通りではあるので、エステルはぐぐっと拳を握りしめた。
 こんな時どう言い返せばいいのか。たくさん学んできたけれど、その答えは誰も教えてくれなかった。

 けれどエステルの足を引っ張るベニタの卑怯な意地悪にも腹は立つが、考えてみればここにいる七人はそれぞれにこの王太子妃選にかけていたはずだ。そう思うと、エステル一人だけ父の手回しにより選ばれることが決まっていたなんて、それもまたベニタ以上に卑怯なことだ。
 この七日間を戦ってみてよくわかった。
 出来レースなのだと何の疑問も感じることなく参加したけれど、他の令嬢からすればエステルほど卑怯で憎い者はいなかっただろう。今頃そんなことに気がついたエステルは、己の愚かさに動転した。真っ赤になって黙り込んだエステルに、周囲のあちこちから嘲笑と嘲りの視線が注がれる。
 今日の晴れ舞台のためにと、父が用意してくれたデコルテのあいたドレスすら、張り切りすぎていてもはや恥ずかしい気がしてくる。

 ベニタは勝ち誇った顔で落ち込むエステルに近寄ると、持っていた扇でぴしゃりとエステルの肩を叩いた。

「身の程をわきまえなさいな。ダンスもお茶会も何一つ満足にこなせなかった方に、王太子妃など無理なお話。さっさと下がりなさい!」

 ベニタは高飛車に言い放つと剥き出しのデコルテに扇を付きたて、エステルを後ろへ突き飛ばした。

「あっ……」
 
 エステルは態勢を崩し、高いヒールも相まってその場に尻餅をついた。

 ほほほほほと周囲から一斉に笑い声が上がる。
 ドレスの裾を乱してその場にへたり込むなど令嬢としてあるまじき姿だ。
 もはや立ち上がる気力もなく、エステルはドレスを皺になるほど握りしめ、呆然としながら上座を仰いだ。この場で唯一エステルの味方になってくれる者がいるとすれば、オラシオ殿下しかいない。
 だが、エステルの縋るような思いに反し、エステルの視線に気がついたオラシオは、あたふたと視線を彷徨わせ、無理矢理横を向いた。

 ああ、と思った。
 この方はこういうお方だったのだ。
 窮地に陥った者を助けることもしない、どころかこの場を収めることもできないようなお方だったのだ。
 だからといってエステルにオラシオを責めることはできない。王太子妃の肩書だけを見ていた、これは自分への報いなのだから。

 エステルは自分を笑う全ての声を封じたくて耳を覆った。



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