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第一章
勘当されました
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「馬鹿者!」
王太子妃選に敗れ、もう帰るまいと思っていた父の屋敷へと這々の体で帰宅すると、父のアルモンテ公爵はエステルの顔を見た途端、青筋を立てて怒鳴った。傍らの侍女のマリナが思わず飛び上がるほどの大声だった。
父の大声には慣れているはずのエステルでさえ、思わずびくりと震え、体が固まった。
「馬鹿者が。聞いたぞ。この七日間、ことごとく失敗したそうではないか。何一つ満足に出来なかったらしいな。せっかく私がお膳立てしてやったというのに情けない。私の顔によくも泥を塗ってくれたな」
父は怒りを露わにしエステルを睨んだ。
父の怒りは最もだ。事前の手回しにより出来レースだったはずの選にエステルは落ちたのだから。
でもエステルはこの七日間、決して自分だけの失敗のせいではなかったことを知ってほしかった。
事情を話せば、父もきっとわかってくれる。エステルは明らかに誰かに意地悪をされたのであり、その結果こうなったのだと理解してくれる。
エステルはそう思い、必死になって言い募った。
「聞いてください、お父様。この七日間、わたしはわたしなりに頑張りました。でもどうしてか靴がなかったり、ナイフが切れなかったり、羽ペンが書けなかったんです。きっと誰かが故意に―――」
「―――だから馬鹿者だと言っておるのだ。王太子妃選での足の引っ張り合いは当たり前のこと。上手くかわせなかったお前が悪いのだ。この役立たずが」
「……そんな」
意地悪されて、された方が悪いなんて、そんな話があるだろうか。
父ならそうだったのか、それならば仕方がなかったなと労ってくれると思ったのに。やられた方が悪いなんて、そんなのあんまりだ。
「こういうことが起こりうるとご存知だったのなら、事前に教えてくださればよかったのに。そうすればわたしだって……」
どうにかできたのだろうか。
わからない。わからないが、少しは違っていたかもしれない。
エステルの泣き言に、父は厳しい視線を投げた。
「それくらいの察しはつくとお前を高くかっていた私が愚かだったようだな。今まで、何のためにお前にたくさんの教師をつけ、様々なことを習わせてきたと思っているのだ。それもこれも全てオラシオ王太子殿下の正妃の座を射止めさせるためではないか。お前がここまで役立たずだとは思いもしなかった」
父とは思えない言葉に、エステルは愕然とした。確かに父はいつも厳しかった。けれどそれはひとえにエステルのために放たれる言葉なのだと今までは信じてきた。けれど今はどうだろう。労いや慰めの言葉ひとつなく役立たずと罵られるなんて。
「そんな言い方あんまりです。お父様が、わたしを王太子妃にしたいとおっしゃるからわたしも今まで頑張ってきたのです。なのに、意地悪されて落選したら、役立たずだなんてあんまりです」
「私に口答えするか。ずいぶんと偉そうな口をきくではないか。どういうつもりだ、エステル」
「……お父様」
父は口答えが何より嫌いだ。それはおかしいとエステルが少しでも反抗すると、声を荒げて怒り出す。何度か失敗して怒鳴られたことがあったから、気をつけていたのに。
エステルも出来レースだと聞かされていた王太子妃選に落ちて気が動転していた。思わずきつく言い返したら、父の逆鱗に触れたようだ。しまったと思った時には遅かった。
「役立たずの娘にもう用はない。王太子妃選に落選したことは、たちまち世間に知れ渡ることだろう。出来レースだと知っている者も少なからずいる。そんな選考に落ちたお前に、よい縁談などこの先望めまい。どこかの後家に入るのがせいぜいだ。お前のせいで我がアルモンテ公爵家の評判は地に落ちたぞ。お前のせいでお前の弟も妹もいい迷惑だ。出ていけ。今すぐにだ」
「旦那様、いくら何でもそれは。亡き奥様がどれほど嘆かれることか」
見かねたマリナが擁護してくれたが、エステルは「わかりました」ときっと顔を上げた。
「わたし、出ていきます」
「お嬢様!」
マリナが悲鳴のような声をあげ、エステルの腕をつかんだ。
「短慮は損でございます。さぁ、今すぐ旦那様に謝罪なさいませ。旦那様はきっと許してくださいます」
「わたし、悪くないもの」
王太子妃選に至るまでの今まで、エステルは精いっぱい頑張ってきた。父に言われるまま、たくさんの教師について勉強し、ダンスも話術も磨いてきた。全てはエステルを王太子妃にしたいと考える父の意向を叶えるために。
屋敷に籠もってひたすら勉強してきた。同年代の女友達がいなくても、他の殿方に目をつけられては大変と舞踏会や晩餐会の類いに一度も出席させてもらえなくても、それでも耐えてきた。
全て父の言う通りにしてきた。わがままだって文句だって言わずに頑張ってきた。それが、父と亡き母の願いならと、自分の気持ちは封印してきた。
そうやって様々な知識は身につけたけれど、意地悪に対処する方法なんて誰も教えてくれなかった。うまくかわせなかった方が悪い? そうなのだろうか? そんな理不尽な話ってあるのだろうか。
あの大広間で地べたに座り込み、嘲笑を浴びせられるほど、エステルは悪いことをしたのだろうか。
おろおろするマリナには申し訳ないけれど、絶対に謝らない。
おそらく初めて反抗的な目で見返したら、父の顔は真っ赤になった。かなり怒らせたようだけれど、エステルだってここまで来たら、あとには引けない。
父とエステルはしばし睨み合った。でも、いつまでもエステルが頭を下げないから、父はついに爆発した。
「おまえなんぞ勘当だ。今後二度とアルモンテ公爵の名は名乗るな!」
「お父様がおっしゃるならそうさせていただきますわ。あら、ごめんなさい。間違えましたわ。アルモンテ公爵様。では、わたしはこれにて」
エステルはさっと踵を返した。そのまま颯爽と生まれ育った屋敷を後にした。後ろからはマリナの悲鳴のような声が追いかけてきた。
王太子妃選に敗れ、もう帰るまいと思っていた父の屋敷へと這々の体で帰宅すると、父のアルモンテ公爵はエステルの顔を見た途端、青筋を立てて怒鳴った。傍らの侍女のマリナが思わず飛び上がるほどの大声だった。
父の大声には慣れているはずのエステルでさえ、思わずびくりと震え、体が固まった。
「馬鹿者が。聞いたぞ。この七日間、ことごとく失敗したそうではないか。何一つ満足に出来なかったらしいな。せっかく私がお膳立てしてやったというのに情けない。私の顔によくも泥を塗ってくれたな」
父は怒りを露わにしエステルを睨んだ。
父の怒りは最もだ。事前の手回しにより出来レースだったはずの選にエステルは落ちたのだから。
でもエステルはこの七日間、決して自分だけの失敗のせいではなかったことを知ってほしかった。
事情を話せば、父もきっとわかってくれる。エステルは明らかに誰かに意地悪をされたのであり、その結果こうなったのだと理解してくれる。
エステルはそう思い、必死になって言い募った。
「聞いてください、お父様。この七日間、わたしはわたしなりに頑張りました。でもどうしてか靴がなかったり、ナイフが切れなかったり、羽ペンが書けなかったんです。きっと誰かが故意に―――」
「―――だから馬鹿者だと言っておるのだ。王太子妃選での足の引っ張り合いは当たり前のこと。上手くかわせなかったお前が悪いのだ。この役立たずが」
「……そんな」
意地悪されて、された方が悪いなんて、そんな話があるだろうか。
父ならそうだったのか、それならば仕方がなかったなと労ってくれると思ったのに。やられた方が悪いなんて、そんなのあんまりだ。
「こういうことが起こりうるとご存知だったのなら、事前に教えてくださればよかったのに。そうすればわたしだって……」
どうにかできたのだろうか。
わからない。わからないが、少しは違っていたかもしれない。
エステルの泣き言に、父は厳しい視線を投げた。
「それくらいの察しはつくとお前を高くかっていた私が愚かだったようだな。今まで、何のためにお前にたくさんの教師をつけ、様々なことを習わせてきたと思っているのだ。それもこれも全てオラシオ王太子殿下の正妃の座を射止めさせるためではないか。お前がここまで役立たずだとは思いもしなかった」
父とは思えない言葉に、エステルは愕然とした。確かに父はいつも厳しかった。けれどそれはひとえにエステルのために放たれる言葉なのだと今までは信じてきた。けれど今はどうだろう。労いや慰めの言葉ひとつなく役立たずと罵られるなんて。
「そんな言い方あんまりです。お父様が、わたしを王太子妃にしたいとおっしゃるからわたしも今まで頑張ってきたのです。なのに、意地悪されて落選したら、役立たずだなんてあんまりです」
「私に口答えするか。ずいぶんと偉そうな口をきくではないか。どういうつもりだ、エステル」
「……お父様」
父は口答えが何より嫌いだ。それはおかしいとエステルが少しでも反抗すると、声を荒げて怒り出す。何度か失敗して怒鳴られたことがあったから、気をつけていたのに。
エステルも出来レースだと聞かされていた王太子妃選に落ちて気が動転していた。思わずきつく言い返したら、父の逆鱗に触れたようだ。しまったと思った時には遅かった。
「役立たずの娘にもう用はない。王太子妃選に落選したことは、たちまち世間に知れ渡ることだろう。出来レースだと知っている者も少なからずいる。そんな選考に落ちたお前に、よい縁談などこの先望めまい。どこかの後家に入るのがせいぜいだ。お前のせいで我がアルモンテ公爵家の評判は地に落ちたぞ。お前のせいでお前の弟も妹もいい迷惑だ。出ていけ。今すぐにだ」
「旦那様、いくら何でもそれは。亡き奥様がどれほど嘆かれることか」
見かねたマリナが擁護してくれたが、エステルは「わかりました」ときっと顔を上げた。
「わたし、出ていきます」
「お嬢様!」
マリナが悲鳴のような声をあげ、エステルの腕をつかんだ。
「短慮は損でございます。さぁ、今すぐ旦那様に謝罪なさいませ。旦那様はきっと許してくださいます」
「わたし、悪くないもの」
王太子妃選に至るまでの今まで、エステルは精いっぱい頑張ってきた。父に言われるまま、たくさんの教師について勉強し、ダンスも話術も磨いてきた。全てはエステルを王太子妃にしたいと考える父の意向を叶えるために。
屋敷に籠もってひたすら勉強してきた。同年代の女友達がいなくても、他の殿方に目をつけられては大変と舞踏会や晩餐会の類いに一度も出席させてもらえなくても、それでも耐えてきた。
全て父の言う通りにしてきた。わがままだって文句だって言わずに頑張ってきた。それが、父と亡き母の願いならと、自分の気持ちは封印してきた。
そうやって様々な知識は身につけたけれど、意地悪に対処する方法なんて誰も教えてくれなかった。うまくかわせなかった方が悪い? そうなのだろうか? そんな理不尽な話ってあるのだろうか。
あの大広間で地べたに座り込み、嘲笑を浴びせられるほど、エステルは悪いことをしたのだろうか。
おろおろするマリナには申し訳ないけれど、絶対に謝らない。
おそらく初めて反抗的な目で見返したら、父の顔は真っ赤になった。かなり怒らせたようだけれど、エステルだってここまで来たら、あとには引けない。
父とエステルはしばし睨み合った。でも、いつまでもエステルが頭を下げないから、父はついに爆発した。
「おまえなんぞ勘当だ。今後二度とアルモンテ公爵の名は名乗るな!」
「お父様がおっしゃるならそうさせていただきますわ。あら、ごめんなさい。間違えましたわ。アルモンテ公爵様。では、わたしはこれにて」
エステルはさっと踵を返した。そのまま颯爽と生まれ育った屋敷を後にした。後ろからはマリナの悲鳴のような声が追いかけてきた。
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