出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

文字の大きさ
17 / 53
第二章

夕日以上に

しおりを挟む
 先を言いよどんだエステルの次の言葉を、クレトは辛抱強く待った。
 今までにないくらい、二人の間に流れる空気はいい雰囲気だ。
 野暮用で留守にした間、いろいろと煩わしいことが多かった。けれど二週間ぶりに会うエステルの顔に、クレトは一気に心が癒された。
 ちょうど夕暮れ時にさしかかる頃でもあるしとテラスに誘ったのは正解だった。
 エステルはいつになくそわそわとした様子だし、少しはこちらのことを意識してくれているようだ。

 そんなことは今までになかったことだ。
 道端で泥だらけだったところを助けた恩人として、エステルは自分のことを慕ってくれているとは思っていたけれど、男として見られているかといえば皆無だった。
 幼いころから王太子妃になるべく育てられ、恋愛することもなく、またそのことに疑問さえ抱かずに生きてきたエステルに、いきなりこちらのことを意識してほしいと願ってもそれは無理な話だ。
 下手にこちらが迫っては、エステルは驚いて逃げ出すのではないかと、これまで及び腰で、ブラスにさえ指摘されるほどだった。

 待った甲斐はあったのかもしれない。
 恥ずかしそうに、伺うようにこちらを見つめるエステルの顔は、どう見ても恋する乙女の顔だ。
 穿ちすぎだろうか。急いてはだめだ。
 クレトは何度も自分に言い聞かせ、エステルが口を開くのを待った。

 が―――。

「あの、クレト。お父様の、ことなんだけれど……」

 エステルの口から飛び出した言葉は、およそクレトの期待したものとはかけ離れたものだった。
 エステルの様子を注意深く見ると、まだ恥ずかしそうにうつむいているので、本当に言おうと思ったこととは別のことを口にしたのだとわかった。

 クレトは逸る気持ちを抑え、「アルモンテ公爵様のことが心配かい?」とエステルの話に乗った。

「わたし、半年以上前に家を飛び出してから一度も父に会いに行っていないの。もちろん、わたしは勘当されたのだし、父はわたしのことなんて忘れているのかもしれないけれど。でもやっぱり父は父なのだし、会いに行こうと思えば機会はいくらでもあったのに、そうしなかった。わたしって親不孝者よね……」

「アルモンテ公爵様のことなら心配はないよ。この半年は私が直接うかがってはいないけれど、私の部下が定期的に出入りしているんだよ。お元気に過ごされているようだよ」

「そうなのね。よかった……」

 あれほどひどい言葉を浴びせられたというのに、エステルはまだアルモンテ公のことを心配に思う気持ちを持っている。それはひとえにエステルの優しさであろうし、父に反抗してはいけないという長年にわたって植え付けられた意識のゆえだろう。

「君が王太子妃選に落選したことで、レウス王宮内ではアルモンテ公の発言力は落ちてしまったけれどね。代わりに選ばれたベニタ令嬢の父君、グラセリ男爵が台頭してきている。けれどグラセリ男爵は、元老院に親しい者がいないから、求心力はあまりないね。きっとまたアルモンテ公が盛り返していくに違いないよ」

「王宮内のことなのに詳しいのね」

 少し喋りすぎたかもしれない。
 クレトには独自の情報網がある。外には伝わりにくい王宮内のことでも、瞬時に耳に入るのだ。
 けれどそのことを詳しく説明しようとすると、どうしてもクレト自身のことに踏み込むことになる。
 できればもう少し、エステルの前ではただの商人でいたい。

「アルモンテ公以外にも、私の顧客にはレウス王国の貴族がいるからね。いろいろと話は入ってくるんだよ」

「そうなのですね」

 咄嗟の誤魔化しにエステルはなんの疑問も抱かずあっさり頷いた。

 夕日を見つめるエステルの目が、もっとずっと遠くを見ているような気がした。きっとレウス王国の首都で暮らしたあの屋敷を思い出しているのだろう。

 父の期待を裏切ったことを後悔しているのかもしれない。けれどその後悔を背負う責任があるのはクレトだった……。

「あの、」

「うん?」

「さっきの、……続きなんですけど…」

 エステルは不意にクレトを真っ直ぐに見た。
 どきりとするほどその目が綺麗だった。

「わたし、クレトが他の女性と一緒にいるところを見て、胸がざわざわしたの。クレトの隣に立っているのがわたしではないことが、とても嫌だったんです」

 こんなことを思うなんておかしいでしょ?とエステルは続けたが、答えを求めているわけではなかった。

 それだけ言うとエステルはぱっと立ち上がり、「それだけだから」と言い置きテラスを出ていった。
 俯けたエステルの頬は、夕日以上に真っ赤に染まっていた。

 不意打ちもいいところだ。
 手から思わずぽろりとグラスが滑り落ち、クレトは慌てて両手で受け止めた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

処理中です...