出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

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第三章

契約のお祝い

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 ワインの船便が最終的に整ったのは、クレトが帰宅してから更に一週間ほど経ってからだった。
 正式な契約も無事済ませ、セブリアンの提案でダナと三人で夕食会を催すことになった。

「ねぇ、マリナ。わたし変ではない?」

 久しぶりのドレスに、エステルは鏡の前に立ち何度もマリナにおかしなところはないかと尋ねた。
 ドレスといえばどうしても王太子妃選でのあのデコルテのあいた滑稽な自分を思い出してしまう。
 セブリアン商船とはまたお付き合いすることもあるだろうし、失礼になってはいけないとエステルはドレス選びに特に気を使った。

「お似合いでございますよ、お嬢様」

「……そうかしら…」

「それで大丈夫だよ。とても素敵だ」

 そばで様子を見ていたクレトがくすくす笑いながら請け負ってくれた。が、エステルの姿をじっと見つめ、心配そうに顔を曇らせた。

「だけどできればセブリアンの奴には見せたくないな。そんなにおしゃれをしなくてもいいんじゃないか? あいつは女と見たら手を出す奴だからな。本当は夕食会なんて行かなくてもいいんだ。なんなら私も同行しようか?」

 心配性のクレトにエステルはくすりと笑った。

「そんなことを言ってはセブリアン様に失礼だわ。これは純粋な契約のお祝いなのだから。ダナさんも一緒だし、心配しなくても大丈夫よ」

 クレトがいなくても立派に社交までこなせるところを見せたいエステルは気張って頷いた。この夕食会を成功させて、一段とクレトに近づきたい。その一心だった。

「まぁね、ダナがいれば安心だけれどね。そうでなかったら絶対にエステルを行かせたりはしないさ」

「―――お嬢様、そろそろお出かけになりませんと」

 最後はマリナに促され、馬車にのって夕食会を行うホテルまでエステルは出かけて行った。









 公爵令嬢時代に習った社交術が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
 セブリアンとの夕食会は、終始和やかに進んでいた。
 当たり障りのない話題の提供の仕方は父につけられた教師から学んだが、これまで実践で使うことはなかった。それが今日は大いに役立っている。話が途切れそうになると話の接穂を見つけ、次の話題を提供する。
 何度も練習したことで自然と身についていた。セブリアンもまた、話術に長けておりスムーズに会話が進む。ダナが時折スパイスのあるコメントを差し挟むのもまた楽しい。

 これならクレトに満点をもらえる出来栄えだわ。

 エステルはほっとしながら、そろそろ終盤にさしかかったディナーを口に運んでいた。

「あの、お客様にダナ様はいらっしゃいますでしょうか」

 あとは最後のデザートという時になって、ボーイが客席の間を行き来しながらダナを探している声が聞こえてきた。
 ダナは気が付き、「あたしだけど」と手を挙げた。

「ダナ様でいらっしゃいますか」

 ボーイはすぐにダナに気が付き、こちらに歩いてくると一枚の紙片を手渡した。

「言付けでございます。あちらにお仕事仲間だとおっしゃる方がお待ちでございますが」

 ダナは紙片にさっと目を通すと、「ちょっと外すわね」とレストランの外にいた男性の方へと向かったが、一言二言言葉を交わすとすぐに戻ってきた。

「ごめん、ちょっと別件でトラブルがあったみたい。あたし抜けるわね。エステルどうする? あとはデザートだけだし一緒に帰る?」

 ダナの言葉にセブリアンは苦笑した。

「おいおい、私を一人にするつもりかい?」

「セブリアンのところにエステル一人置いて帰れないわよ。危ないもの」

「ずいぶんな言いようだな。私は女性には優しいんだ。特に美しい女性にはね」

「その優しいってのが問題なのよ。―――ほら、エステル。私と一緒に帰りましょう。クレトにもエステルを一人にするなって釘を刺されてるのよね」

「クレトが?」

 やっぱりエステルはまだまだクレトに信用されていないのだろうか。
 ダナと一緒なら問題はないが、一人ではこなせないと心配されているようだ。それもこれもエステルがまだまだ至らない点が多いからだろう。
 ここはやはり一人ででも最後まで仕事をこなせるところをクレトに見せなければならない。
 エステルはそう思い、ダナに首を振った。

「わたしなら大丈夫です。あとはデザートだけですし、いただいて帰りますね。ダナさんもお急ぎでしょう? わたしと帰っていては遅くなってしまいますし」

「まぁそうなんだけどさ。エステル一人おいてったら、あいつに後で文句を言われるからね」

「それならわたしの方からクレトに説明しておきます。どうぞお気になさらなくて大丈夫です」

「そう?」

 ダナは迷うふうにしばらく心配げにエステルを見たが、やはりトラブルの方が気になるのか、外に待たせている男性へとちらちらと視線を送る。
 
「大丈夫だよ、ダナ。彼女のことはきちんと送っていくさ。それより早く行ったほうがいいんじゃないのか? 彼、待ってるようだし」

「……うーん。まぁ、あとはデザートだけだしね……。ほんとに大丈夫? エステル」

「はい。もちろんです。あと少しお話したらわたしも帰りますね」

「じゃあ、ほんとにあたし行くよ? 食べたらさっさと帰んなさいよ」

「はい」

 まるで子供に言うような言い方だが、それだけ自分が頼りなく思われているという証拠なのだろう。
 エステルはできるだけダナを安心させるように、本当にデザートを食べたら真っすぐ帰るのでと何度も言い、やっと納得したダナはつむじ風のごとく急いで去っていった。

 何か大きなトラブルがあったようだ。本当だったらすぐにでも飛んでいきたかっただろうに、自分が至らぬせいで迷惑をかけてしまった。

「では、改めて我々の今後に」

 ダナが慌ただしく去っていくと、セブリアンが場をとりなすようにグラスを取った。
 エステルもそれにあわせグラスを取ったが中身が空で、傍らからさきほどのボーイがさっとやってくると果実水を注いでくれた。

「こちらこそ、改めましてよろしくお願いいたします」

 乾杯というセブリアンの声に合わせグラスを鳴らし、エステルは杯を傾けた。
 








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