出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

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第二章

夕日以上に

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 先を言いよどんだエステルの次の言葉を、クレトは辛抱強く待った。
 今までにないくらい、二人の間に流れる空気はいい雰囲気だ。
 野暮用で留守にした間、いろいろと煩わしいことが多かった。けれど二週間ぶりに会うエステルの顔に、クレトは一気に心が癒された。
 ちょうど夕暮れ時にさしかかる頃でもあるしとテラスに誘ったのは正解だった。
 エステルはいつになくそわそわとした様子だし、少しはこちらのことを意識してくれているようだ。

 そんなことは今までになかったことだ。
 道端で泥だらけだったところを助けた恩人として、エステルは自分のことを慕ってくれているとは思っていたけれど、男として見られているかといえば皆無だった。
 幼いころから王太子妃になるべく育てられ、恋愛することもなく、またそのことに疑問さえ抱かずに生きてきたエステルに、いきなりこちらのことを意識してほしいと願ってもそれは無理な話だ。
 下手にこちらが迫っては、エステルは驚いて逃げ出すのではないかと、これまで及び腰で、ブラスにさえ指摘されるほどだった。

 待った甲斐はあったのかもしれない。
 恥ずかしそうに、伺うようにこちらを見つめるエステルの顔は、どう見ても恋する乙女の顔だ。
 穿ちすぎだろうか。急いてはだめだ。
 クレトは何度も自分に言い聞かせ、エステルが口を開くのを待った。

 が―――。

「あの、クレト。お父様の、ことなんだけれど……」

 エステルの口から飛び出した言葉は、およそクレトの期待したものとはかけ離れたものだった。
 エステルの様子を注意深く見ると、まだ恥ずかしそうにうつむいているので、本当に言おうと思ったこととは別のことを口にしたのだとわかった。

 クレトは逸る気持ちを抑え、「アルモンテ公爵様のことが心配かい?」とエステルの話に乗った。

「わたし、半年以上前に家を飛び出してから一度も父に会いに行っていないの。もちろん、わたしは勘当されたのだし、父はわたしのことなんて忘れているのかもしれないけれど。でもやっぱり父は父なのだし、会いに行こうと思えば機会はいくらでもあったのに、そうしなかった。わたしって親不孝者よね……」

「アルモンテ公爵様のことなら心配はないよ。この半年は私が直接うかがってはいないけれど、私の部下が定期的に出入りしているんだよ。お元気に過ごされているようだよ」

「そうなのね。よかった……」

 あれほどひどい言葉を浴びせられたというのに、エステルはまだアルモンテ公のことを心配に思う気持ちを持っている。それはひとえにエステルの優しさであろうし、父に反抗してはいけないという長年にわたって植え付けられた意識のゆえだろう。

「君が王太子妃選に落選したことで、レウス王宮内ではアルモンテ公の発言力は落ちてしまったけれどね。代わりに選ばれたベニタ令嬢の父君、グラセリ男爵が台頭してきている。けれどグラセリ男爵は、元老院に親しい者がいないから、求心力はあまりないね。きっとまたアルモンテ公が盛り返していくに違いないよ」

「王宮内のことなのに詳しいのね」

 少し喋りすぎたかもしれない。
 クレトには独自の情報網がある。外には伝わりにくい王宮内のことでも、瞬時に耳に入るのだ。
 けれどそのことを詳しく説明しようとすると、どうしてもクレト自身のことに踏み込むことになる。
 できればもう少し、エステルの前ではただの商人でいたい。

「アルモンテ公以外にも、私の顧客にはレウス王国の貴族がいるからね。いろいろと話は入ってくるんだよ」

「そうなのですね」

 咄嗟の誤魔化しにエステルはなんの疑問も抱かずあっさり頷いた。

 夕日を見つめるエステルの目が、もっとずっと遠くを見ているような気がした。きっとレウス王国の首都で暮らしたあの屋敷を思い出しているのだろう。

 父の期待を裏切ったことを後悔しているのかもしれない。けれどその後悔を背負う責任があるのはクレトだった……。

「あの、」

「うん?」

「さっきの、……続きなんですけど…」

 エステルは不意にクレトを真っ直ぐに見た。
 どきりとするほどその目が綺麗だった。

「わたし、クレトが他の女性と一緒にいるところを見て、胸がざわざわしたの。クレトの隣に立っているのがわたしではないことが、とても嫌だったんです」

 こんなことを思うなんておかしいでしょ?とエステルは続けたが、答えを求めているわけではなかった。

 それだけ言うとエステルはぱっと立ち上がり、「それだけだから」と言い置きテラスを出ていった。
 俯けたエステルの頬は、夕日以上に真っ赤に染まっていた。

 不意打ちもいいところだ。
 手から思わずぽろりとグラスが滑り落ち、クレトは慌てて両手で受け止めた。
 
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