出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

文字の大きさ
20 / 53
第三章

あら?

しおりを挟む
 エステルたちが夕食会を行っているホテルに飛び込むようにして入ったクレトの目に真っ先に映ったのは、ラウンジのソファで一人寛ぐセブリアンの姿だった。
 急いで駆け寄り、「エステルはどこだ」と尋ねると、ちょうどダナもホテルに駆け込んできて、ラウンジで一人座るセブリアンに怒る山猫のごとく毛を逆立て歩み寄った。

「よくも騙したわね。エステルはどこ」

 辺りを見回すが、他に客はなくカウンターにホテルの従業員がいるばかりだ。
 険しい顔をしたクレトとダナを前に、セブリアンはにやにや笑うとキセルの灰を灰皿に落とした。

「お二人さんお揃いでどうも」

「どうもじゃないわよ。エステルは。どこ」

「ダナ、トラブルの方はもういいのかい? やぁクレト、久しぶりだね。ワインの荷のことならもう話はついているよ」

「今は仕事の話をしに来たのではない。エステルの居場所を聞いているんだ」

「さぁね」
 
 セブリアンはわざとらしく両手を上げて肩をすくめ、一層にやにやしてクレトを見上げる。そのセブリアンの胸ポケットからホテルのキィがのぞいている。クレトはそれに気が付き、セブリアンのポケットからカギを抜き取った。302号室のプレートがついている。

「エステルはここか?」

 すでに部屋に入っていたという事実にクレトは怒り心頭だったが、なんとか声音を押さえて聞けば、セブリアンは「あー、勝手にとるなよ」とクレトからカギを奪い返した。

「今夜は楽しい夜にするんだからさ。保護者様はお帰りいただけますかね」

 しっしっと片手でクレトを払う。

「酒に酔わせて部屋につれて行ったのか? よくも」

 胸倉をつかむと、セブリアンは「まぁまぁ」とにやにやしながらクレトを押しとどめ、

「お互い合意の上なんだ。おまえが怒るのはおかしいだろう?」

「そんなわけがないだろう。エステルは酒も飲んだことがないんだぞ」

「そうなのか? 私が勧めたら、美味そうに飲んでいたぞ」

「うそをつくな。酒は香りが苦手だと言っていた。いきなり美味そうに飲むわけがない」

「まぁそう尖るなよ。ちょっと離れろ」

 クレトの厳しい声音にセブリアンはうんざりしたように顔を背けた。けれどその口端がやはりにやにやと笑っているのが目に入り、クレトはかっとなって再びセブリアンに掴みかかった。

 その時だ。

「あら? クレト?」

 だだっ広いラウンジに、澄んだエステルの声が響いた。
 驚いて声のしたほうへと視線を向けると、出て行った時と変わらぬドレス姿のエステルが、きょとんとした顔で佇んでいた。












***















「食わずに帰しちゃうなんてセブリアン様も時には紳士っすね」

 賑やかに帰っていった一行を見送り、一人ラウンジで飲みなおしていると、ボーイがやってきてにやにやするのへ、セブリアンは内ポケットから何枚かの紙幣を取り出すと、その胸ポケットに押し込んだ。

 ダナに言伝の紙片を渡し、エステルの杯に果実水を注いだボーイだ。
 本当はあのあと、酒を用意させていた。エステルに勧め、ほろ酔いのところで口説き落とすつもりだった。

「まいどっす。でもいいんっすか? 今日はうまく行かなかったんですよね。どうして飲ませなかったんです?」

 俺何もしていないからこれはお返ししますよと殊勝に申し出るボーイに、セブリアンは首を振った。

「いいよ。とっておけ。飲ませる前に、酒はクレトに教えてもらうんだとああも嬉しそうな顔をして言われると、私としても勧めることはできなかったよ」

「意外と優しいんっすね」

「意外と、とは心外だな。私はいつでもレディに対しては紳士だよ。無理にすすめたことは一度もない。けれど別れる時、なぜかいつも恨まれ、下手な噂を流される」

「モテる男はつらいっすね。だったら迎えに来た人たちに早く教えてあげればよかったんじゃないっすか? 部屋の鍵までちらつかせて、相手の男、相当怒ってましたよ」

「あれはわざとだ」

 食事が終わりレストランからラウンジへ出た時、エステルが靴擦れに痛そうに顔をしかめるのがわかった。
 セブリアンはホテルの救護室へ連絡し、上階に取っていた部屋でエステルにその応急処置を受けさせていただけだ。別に隠すつもりもなかったが、クレトとダナが焦った様子で駆け込んできたのがおかしくて、つい意地悪をした。
 いつも澄ました顔をしているクレトの怒る顔を初めて見た。
 あれだけの美人を口説き落とせなかったことは残念だが、冷静に何事も対処するあの男のあんな顔を見られただけでも儲けものだった。

「それにしても彼女、美人だったっすね。おしとやかだし、どっかの令嬢ですか?」

「個人的なことは直接は聞いてはいないけれど、これでも伯爵家の四男だからね。それなりに情報通なんだ私は。うわさではレウス王国の王太子、オラシオ殿下のお妃選びで落選した公爵令嬢が行方不明だそうだ。あれだけの女性だ。普通の出ではあるまい」

「じゃあさっきの美人がその公爵令嬢だって言うんですか?」

「まぁおそらくはね。年ごろも一致するしね」

「だけどまたどうしてこんなところで仕事なんてしてるんっすかね。公爵令嬢なら一生遊んで暮らせるだろうに」

「お妃選びに落ちた令嬢だからね。表向きは行方不明といっているけれど、外聞も悪いし、大方家を出されたんだろうよ」

「たった一回の失敗で恐ろしい世界っすね。実の娘まで切りますか」

「外聞や建前が大事な連中だからね。でもその王太子妃選自体、どこからか横槍が入ったといううわさだけれどね」

「なんすっかそれ。権謀術数渦巻くってやつですか」

 俺は平民でよかったっすとボーイは手を振り仕事に戻っていった。



 








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

処理中です...