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第三章
あら?
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エステルたちが夕食会を行っているホテルに飛び込むようにして入ったクレトの目に真っ先に映ったのは、ラウンジのソファで一人寛ぐセブリアンの姿だった。
急いで駆け寄り、「エステルはどこだ」と尋ねると、ちょうどダナもホテルに駆け込んできて、ラウンジで一人座るセブリアンに怒る山猫のごとく毛を逆立て歩み寄った。
「よくも騙したわね。エステルはどこ」
辺りを見回すが、他に客はなくカウンターにホテルの従業員がいるばかりだ。
険しい顔をしたクレトとダナを前に、セブリアンはにやにや笑うとキセルの灰を灰皿に落とした。
「お二人さんお揃いでどうも」
「どうもじゃないわよ。エステルは。どこ」
「ダナ、トラブルの方はもういいのかい? やぁクレト、久しぶりだね。ワインの荷のことならもう話はついているよ」
「今は仕事の話をしに来たのではない。エステルの居場所を聞いているんだ」
「さぁね」
セブリアンはわざとらしく両手を上げて肩をすくめ、一層にやにやしてクレトを見上げる。そのセブリアンの胸ポケットからホテルのキィがのぞいている。クレトはそれに気が付き、セブリアンのポケットからカギを抜き取った。302号室のプレートがついている。
「エステルはここか?」
すでに部屋に入っていたという事実にクレトは怒り心頭だったが、なんとか声音を押さえて聞けば、セブリアンは「あー、勝手にとるなよ」とクレトからカギを奪い返した。
「今夜は楽しい夜にするんだからさ。保護者様はお帰りいただけますかね」
しっしっと片手でクレトを払う。
「酒に酔わせて部屋につれて行ったのか? よくも」
胸倉をつかむと、セブリアンは「まぁまぁ」とにやにやしながらクレトを押しとどめ、
「お互い合意の上なんだ。おまえが怒るのはおかしいだろう?」
「そんなわけがないだろう。エステルは酒も飲んだことがないんだぞ」
「そうなのか? 私が勧めたら、美味そうに飲んでいたぞ」
「うそをつくな。酒は香りが苦手だと言っていた。いきなり美味そうに飲むわけがない」
「まぁそう尖るなよ。ちょっと離れろ」
クレトの厳しい声音にセブリアンはうんざりしたように顔を背けた。けれどその口端がやはりにやにやと笑っているのが目に入り、クレトはかっとなって再びセブリアンに掴みかかった。
その時だ。
「あら? クレト?」
だだっ広いラウンジに、澄んだエステルの声が響いた。
驚いて声のしたほうへと視線を向けると、出て行った時と変わらぬドレス姿のエステルが、きょとんとした顔で佇んでいた。
***
「食わずに帰しちゃうなんてセブリアン様も時には紳士っすね」
賑やかに帰っていった一行を見送り、一人ラウンジで飲みなおしていると、ボーイがやってきてにやにやするのへ、セブリアンは内ポケットから何枚かの紙幣を取り出すと、その胸ポケットに押し込んだ。
ダナに言伝の紙片を渡し、エステルの杯に果実水を注いだボーイだ。
本当はあのあと、酒を用意させていた。エステルに勧め、ほろ酔いのところで口説き落とすつもりだった。
「まいどっす。でもいいんっすか? 今日はうまく行かなかったんですよね。どうして飲ませなかったんです?」
俺何もしていないからこれはお返ししますよと殊勝に申し出るボーイに、セブリアンは首を振った。
「いいよ。とっておけ。飲ませる前に、酒はクレトに教えてもらうんだとああも嬉しそうな顔をして言われると、私としても勧めることはできなかったよ」
「意外と優しいんっすね」
「意外と、とは心外だな。私はいつでもレディに対しては紳士だよ。無理にすすめたことは一度もない。けれど別れる時、なぜかいつも恨まれ、下手な噂を流される」
「モテる男はつらいっすね。だったら迎えに来た人たちに早く教えてあげればよかったんじゃないっすか? 部屋の鍵までちらつかせて、相手の男、相当怒ってましたよ」
「あれはわざとだ」
食事が終わりレストランからラウンジへ出た時、エステルが靴擦れに痛そうに顔をしかめるのがわかった。
セブリアンはホテルの救護室へ連絡し、上階に取っていた部屋でエステルにその応急処置を受けさせていただけだ。別に隠すつもりもなかったが、クレトとダナが焦った様子で駆け込んできたのがおかしくて、つい意地悪をした。
いつも澄ました顔をしているクレトの怒る顔を初めて見た。
あれだけの美人を口説き落とせなかったことは残念だが、冷静に何事も対処するあの男のあんな顔を見られただけでも儲けものだった。
「それにしても彼女、美人だったっすね。おしとやかだし、どっかの令嬢ですか?」
「個人的なことは直接は聞いてはいないけれど、これでも伯爵家の四男だからね。それなりに情報通なんだ私は。うわさではレウス王国の王太子、オラシオ殿下のお妃選びで落選した公爵令嬢が行方不明だそうだ。あれだけの女性だ。普通の出ではあるまい」
「じゃあさっきの美人がその公爵令嬢だって言うんですか?」
「まぁおそらくはね。年ごろも一致するしね」
「だけどまたどうしてこんなところで仕事なんてしてるんっすかね。公爵令嬢なら一生遊んで暮らせるだろうに」
「お妃選びに落ちた令嬢だからね。表向きは行方不明といっているけれど、外聞も悪いし、大方家を出されたんだろうよ」
「たった一回の失敗で恐ろしい世界っすね。実の娘まで切りますか」
「外聞や建前が大事な連中だからね。でもその王太子妃選自体、どこからか横槍が入ったといううわさだけれどね」
「なんすっかそれ。権謀術数渦巻くってやつですか」
俺は平民でよかったっすとボーイは手を振り仕事に戻っていった。
急いで駆け寄り、「エステルはどこだ」と尋ねると、ちょうどダナもホテルに駆け込んできて、ラウンジで一人座るセブリアンに怒る山猫のごとく毛を逆立て歩み寄った。
「よくも騙したわね。エステルはどこ」
辺りを見回すが、他に客はなくカウンターにホテルの従業員がいるばかりだ。
険しい顔をしたクレトとダナを前に、セブリアンはにやにや笑うとキセルの灰を灰皿に落とした。
「お二人さんお揃いでどうも」
「どうもじゃないわよ。エステルは。どこ」
「ダナ、トラブルの方はもういいのかい? やぁクレト、久しぶりだね。ワインの荷のことならもう話はついているよ」
「今は仕事の話をしに来たのではない。エステルの居場所を聞いているんだ」
「さぁね」
セブリアンはわざとらしく両手を上げて肩をすくめ、一層にやにやしてクレトを見上げる。そのセブリアンの胸ポケットからホテルのキィがのぞいている。クレトはそれに気が付き、セブリアンのポケットからカギを抜き取った。302号室のプレートがついている。
「エステルはここか?」
すでに部屋に入っていたという事実にクレトは怒り心頭だったが、なんとか声音を押さえて聞けば、セブリアンは「あー、勝手にとるなよ」とクレトからカギを奪い返した。
「今夜は楽しい夜にするんだからさ。保護者様はお帰りいただけますかね」
しっしっと片手でクレトを払う。
「酒に酔わせて部屋につれて行ったのか? よくも」
胸倉をつかむと、セブリアンは「まぁまぁ」とにやにやしながらクレトを押しとどめ、
「お互い合意の上なんだ。おまえが怒るのはおかしいだろう?」
「そんなわけがないだろう。エステルは酒も飲んだことがないんだぞ」
「そうなのか? 私が勧めたら、美味そうに飲んでいたぞ」
「うそをつくな。酒は香りが苦手だと言っていた。いきなり美味そうに飲むわけがない」
「まぁそう尖るなよ。ちょっと離れろ」
クレトの厳しい声音にセブリアンはうんざりしたように顔を背けた。けれどその口端がやはりにやにやと笑っているのが目に入り、クレトはかっとなって再びセブリアンに掴みかかった。
その時だ。
「あら? クレト?」
だだっ広いラウンジに、澄んだエステルの声が響いた。
驚いて声のしたほうへと視線を向けると、出て行った時と変わらぬドレス姿のエステルが、きょとんとした顔で佇んでいた。
***
「食わずに帰しちゃうなんてセブリアン様も時には紳士っすね」
賑やかに帰っていった一行を見送り、一人ラウンジで飲みなおしていると、ボーイがやってきてにやにやするのへ、セブリアンは内ポケットから何枚かの紙幣を取り出すと、その胸ポケットに押し込んだ。
ダナに言伝の紙片を渡し、エステルの杯に果実水を注いだボーイだ。
本当はあのあと、酒を用意させていた。エステルに勧め、ほろ酔いのところで口説き落とすつもりだった。
「まいどっす。でもいいんっすか? 今日はうまく行かなかったんですよね。どうして飲ませなかったんです?」
俺何もしていないからこれはお返ししますよと殊勝に申し出るボーイに、セブリアンは首を振った。
「いいよ。とっておけ。飲ませる前に、酒はクレトに教えてもらうんだとああも嬉しそうな顔をして言われると、私としても勧めることはできなかったよ」
「意外と優しいんっすね」
「意外と、とは心外だな。私はいつでもレディに対しては紳士だよ。無理にすすめたことは一度もない。けれど別れる時、なぜかいつも恨まれ、下手な噂を流される」
「モテる男はつらいっすね。だったら迎えに来た人たちに早く教えてあげればよかったんじゃないっすか? 部屋の鍵までちらつかせて、相手の男、相当怒ってましたよ」
「あれはわざとだ」
食事が終わりレストランからラウンジへ出た時、エステルが靴擦れに痛そうに顔をしかめるのがわかった。
セブリアンはホテルの救護室へ連絡し、上階に取っていた部屋でエステルにその応急処置を受けさせていただけだ。別に隠すつもりもなかったが、クレトとダナが焦った様子で駆け込んできたのがおかしくて、つい意地悪をした。
いつも澄ました顔をしているクレトの怒る顔を初めて見た。
あれだけの美人を口説き落とせなかったことは残念だが、冷静に何事も対処するあの男のあんな顔を見られただけでも儲けものだった。
「それにしても彼女、美人だったっすね。おしとやかだし、どっかの令嬢ですか?」
「個人的なことは直接は聞いてはいないけれど、これでも伯爵家の四男だからね。それなりに情報通なんだ私は。うわさではレウス王国の王太子、オラシオ殿下のお妃選びで落選した公爵令嬢が行方不明だそうだ。あれだけの女性だ。普通の出ではあるまい」
「じゃあさっきの美人がその公爵令嬢だって言うんですか?」
「まぁおそらくはね。年ごろも一致するしね」
「だけどまたどうしてこんなところで仕事なんてしてるんっすかね。公爵令嬢なら一生遊んで暮らせるだろうに」
「お妃選びに落ちた令嬢だからね。表向きは行方不明といっているけれど、外聞も悪いし、大方家を出されたんだろうよ」
「たった一回の失敗で恐ろしい世界っすね。実の娘まで切りますか」
「外聞や建前が大事な連中だからね。でもその王太子妃選自体、どこからか横槍が入ったといううわさだけれどね」
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