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第三章
騒然
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祝祭日最終日、クレトは美人コンテストに出場するエステルの姿を見ようと心に決めていた。
笑顔審査、ドレス審査、どれも素敵に違いない。できれば他の者になどエステルの姿を見せたくはなかったが、エステルが出ると決めたコンテストだ。快く応援したいと思っていた。
けれどその前日、またしても野暮用が入り、到底笑顔審査とドレス審査を見に行くことは時間的に叶わないとわかり、クレトは相当へこんだ。けれどアピールタイムでのダンスだけは絶対に、何があっても間に合わせると心に誓い、今朝エステルを見送った。
そこから必死に仕事を終わらせ、クレトは余裕をもって邸を出た。祝祭日の間はどこも歩行者で埋め尽くされている。徒歩で会場となっている中央広場へ向かった。大通りを抜け、中央広場に差し掛かった頃だ。
「遅いじゃないの!」
エステルに付いていたダナが群衆の中から現れ、クレトを呼んだ。
「まだ時間に余裕はあるだろう?」
「余裕はあるけれどエステルが緊張しててね。早く行って安心させてあげなさいよ」
そういうことなら、とクレトは集まった見物客を縫うようにして進んだ。
その時だ。コンテストの舞台となっている辺りから、わっと群衆がさざめき、ざわざわと波紋のように騒ぎが広がってきた。
「そっちに行ったぞ!」
「捕まえろ!」
ひときわ大きな怒号が飛び交い、波が割れるように群衆が動いてできた道筋を騎士が数人駆けてきた。王宮の騎士団の制服を着た騎士の姿に、群衆は次々に道を開けていく。クレトとダナはその群衆に押され、お互いを見失った。
「一体何が……」
ダナとは後で合流すればいい。それより心配なのはエステルだ。
クレトは人をかき分け舞台袖へと向かったが、そこも大きな混乱が起きており、もはやコンテストどころではない様子だ。騒ぎの中心には貴族の令嬢と思われる女性がいて、胸に沢山の勲章バッジをつけた騎士に向かって騒ぎ立てていた。
「早く捕まえてちょうだい! 絶対によ。わたしに逆らうなんて許せないわ。捕まえたら酷い目にあわせてあげるんだから」
「向こうはヒールにドレス姿でございますので、すぐに捕らえてまいります。今しばらくお待ちを、ベニタ様」
ベニタ?
聞こえてきた護衛騎士の言葉にクレトは歩を止めた。
ベニタといえばエステルの代わりに王太子妃に選ばれた男爵令嬢だ。そんな令嬢がこんなところにいることも驚きだが、エステルの姿がないのが気になる。
一体何事が起こっているのだろう。
クレトは手近にいたコンテストの出場者と思われる女性に小声で声をかけた。
「何かあったのですか?」
女性は声を潜め、眉をしかめながら教えてくれた。
「あちらにおられる方が、出場者の一人とお知り合いだったようで、いきなり近づいてきてその女性の足を蹴って怪我をさせた上に自分の侍女になれとおっしゃって。それでその女性が逃げ出したものですから、あちらのお方が騎士たちに追わせたのです」
「その女性というのは……」
「あちらのお方はエステルと呼んでおられましたわ」
「―――教えてくださってありがとう」
事態を察したクレトはすぐにその場を離れ駆けだした。
エステルのことだ。ベニタに怪我をさせられても何も言わなかっただろうが、侍女になれと言われ戸惑い、逃げ出したのだろう。ベニタは末は王妃だ。王妃の侍女となれば本来なら栄誉なことだが、王宮で罵声を浴びせるような者の下につくのは誰だって嫌だ。それに外の世界を知ったエステルは、この後王宮から出ることなく暮らしていくと考えるだけで拒否反応を示しただろう。
けれどあのベニタの様子だ。強権を振りかざし、無理矢理エステルを従わせようとしたはずだ。平民となったエステルに、ベニタに対抗する手段は逃げることだけだった。
エステルが真っ先に逃げ込む先と言えばやはりクレトの邸だろう。
騎士たちより先にエステルを見つけなければならない。
そう思いクレトは一旦は邸の方角へ向かって走り出したのだが、すぐに足を止めた。
エステルならば、もし邸で自分が捕まった場合、邸の主である私にも害が及ぶと考えるのではないか。
だとすれば逃げる方向は邸の方向ではない。
きっと真逆の方へと舵を切る―――。
それにそうだ。エステルはドレスを着ている。ヒールは走りにくいので途中で脱ぎ捨てたかもしれない。
今はいくら祝祭日の最終日とはいえ、裸足でドレス姿で走っていては目立つ。
それならば……。
人通りの多い道を避け、人目の少ない路地を選ぶ。騎士たちの目から隠れるために店の裏通りを通り、積まれた木箱に身を隠しながら移動する―――。
クレトはエステルの心理になって裏路地を走った。
裸足ならば足が痛み、そう速くは走れまい。
この辺りにいるかもしれない……。
一旦足を止めるといくつある裏路地へと入り、物陰を探した。この街のことはよく知っている。どの路地がより暗く、隠れるのに適しているかもわかる。
エステルなら上手く物陰を利用して身を潜めているはずだ。
注意深く周囲を巡り、クレトはようやく探し求める姿を木箱の間で見つけた。
笑顔審査、ドレス審査、どれも素敵に違いない。できれば他の者になどエステルの姿を見せたくはなかったが、エステルが出ると決めたコンテストだ。快く応援したいと思っていた。
けれどその前日、またしても野暮用が入り、到底笑顔審査とドレス審査を見に行くことは時間的に叶わないとわかり、クレトは相当へこんだ。けれどアピールタイムでのダンスだけは絶対に、何があっても間に合わせると心に誓い、今朝エステルを見送った。
そこから必死に仕事を終わらせ、クレトは余裕をもって邸を出た。祝祭日の間はどこも歩行者で埋め尽くされている。徒歩で会場となっている中央広場へ向かった。大通りを抜け、中央広場に差し掛かった頃だ。
「遅いじゃないの!」
エステルに付いていたダナが群衆の中から現れ、クレトを呼んだ。
「まだ時間に余裕はあるだろう?」
「余裕はあるけれどエステルが緊張しててね。早く行って安心させてあげなさいよ」
そういうことなら、とクレトは集まった見物客を縫うようにして進んだ。
その時だ。コンテストの舞台となっている辺りから、わっと群衆がさざめき、ざわざわと波紋のように騒ぎが広がってきた。
「そっちに行ったぞ!」
「捕まえろ!」
ひときわ大きな怒号が飛び交い、波が割れるように群衆が動いてできた道筋を騎士が数人駆けてきた。王宮の騎士団の制服を着た騎士の姿に、群衆は次々に道を開けていく。クレトとダナはその群衆に押され、お互いを見失った。
「一体何が……」
ダナとは後で合流すればいい。それより心配なのはエステルだ。
クレトは人をかき分け舞台袖へと向かったが、そこも大きな混乱が起きており、もはやコンテストどころではない様子だ。騒ぎの中心には貴族の令嬢と思われる女性がいて、胸に沢山の勲章バッジをつけた騎士に向かって騒ぎ立てていた。
「早く捕まえてちょうだい! 絶対によ。わたしに逆らうなんて許せないわ。捕まえたら酷い目にあわせてあげるんだから」
「向こうはヒールにドレス姿でございますので、すぐに捕らえてまいります。今しばらくお待ちを、ベニタ様」
ベニタ?
聞こえてきた護衛騎士の言葉にクレトは歩を止めた。
ベニタといえばエステルの代わりに王太子妃に選ばれた男爵令嬢だ。そんな令嬢がこんなところにいることも驚きだが、エステルの姿がないのが気になる。
一体何事が起こっているのだろう。
クレトは手近にいたコンテストの出場者と思われる女性に小声で声をかけた。
「何かあったのですか?」
女性は声を潜め、眉をしかめながら教えてくれた。
「あちらにおられる方が、出場者の一人とお知り合いだったようで、いきなり近づいてきてその女性の足を蹴って怪我をさせた上に自分の侍女になれとおっしゃって。それでその女性が逃げ出したものですから、あちらのお方が騎士たちに追わせたのです」
「その女性というのは……」
「あちらのお方はエステルと呼んでおられましたわ」
「―――教えてくださってありがとう」
事態を察したクレトはすぐにその場を離れ駆けだした。
エステルのことだ。ベニタに怪我をさせられても何も言わなかっただろうが、侍女になれと言われ戸惑い、逃げ出したのだろう。ベニタは末は王妃だ。王妃の侍女となれば本来なら栄誉なことだが、王宮で罵声を浴びせるような者の下につくのは誰だって嫌だ。それに外の世界を知ったエステルは、この後王宮から出ることなく暮らしていくと考えるだけで拒否反応を示しただろう。
けれどあのベニタの様子だ。強権を振りかざし、無理矢理エステルを従わせようとしたはずだ。平民となったエステルに、ベニタに対抗する手段は逃げることだけだった。
エステルが真っ先に逃げ込む先と言えばやはりクレトの邸だろう。
騎士たちより先にエステルを見つけなければならない。
そう思いクレトは一旦は邸の方角へ向かって走り出したのだが、すぐに足を止めた。
エステルならば、もし邸で自分が捕まった場合、邸の主である私にも害が及ぶと考えるのではないか。
だとすれば逃げる方向は邸の方向ではない。
きっと真逆の方へと舵を切る―――。
それにそうだ。エステルはドレスを着ている。ヒールは走りにくいので途中で脱ぎ捨てたかもしれない。
今はいくら祝祭日の最終日とはいえ、裸足でドレス姿で走っていては目立つ。
それならば……。
人通りの多い道を避け、人目の少ない路地を選ぶ。騎士たちの目から隠れるために店の裏通りを通り、積まれた木箱に身を隠しながら移動する―――。
クレトはエステルの心理になって裏路地を走った。
裸足ならば足が痛み、そう速くは走れまい。
この辺りにいるかもしれない……。
一旦足を止めるといくつある裏路地へと入り、物陰を探した。この街のことはよく知っている。どの路地がより暗く、隠れるのに適しているかもわかる。
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注意深く周囲を巡り、クレトはようやく探し求める姿を木箱の間で見つけた。
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