出来レースだった王太子妃選に落選した公爵令嬢 役立たずと言われ家を飛び出しました でもあれ? 意外に外の世界は快適です

流空サキ

文字の大きさ
35 / 53
第四章

売られたけんか

しおりを挟む
 大広間のざわめきを貫くように突然上がった大声に、クレトとカミロ、それに後から加わったもう一人の兄と四人で談笑していたエステルはそちらへと視線を向けた。
 その先にはオラシオ殿下にエスコートされたベニタがいて驚いた。ベニタの顔は怒っているのか上気して、表情が険しい。一緒のオラシオもどこか険しい顔をしている。お互い何か言いあっていたのかもしれない。皆の視線が集まると、オラシオはぱっとベニタの手を放し、ベニタを置いて一人ですたすたとどこかへ歩いて行ってしまった。

「もう! 何なのよ一体」

 ベニタは怒ってその背に悪態をつくと、エステルの方へつかつかと歩いてきた。
 周りの賓客は一体何が始まるのかと遠巻きに見ている。自然と警戒に体が強張ると、腰に回っていたクレトの腕が大丈夫だというようにより一層エステルを引き寄せた。

 それでも思わず一歩二歩と後ずさると、クレトの二人の兄がその前に立ちはだかってくれた。

「エステル! あなたこんなところで何をしているのかしら?」

「……それは、あの…」

 ベニタの言に乗って言い返していてはこの場のせっかくの雰囲気を壊しかねない。誕生パーティーの主役はまだ登場していないのだ。揉め事を起こすべきではない。どうしたらいいのかとクレトを見上げれば、クレトは静かに首を振った。何も言わないでいい、というように。
 エステルは頷くとクレトに導かれるままその場を後にしようとした。ベニタにとっても、バラカルド帝国要人の誕生パーティーで揉め事を起こすことは重大な瑕疵となることは明らかだ。静かに引き下がろうとした。
 が―――。

「待ちなさいよ! あなた、何の権利があってこの場にいるの? 大方アルモンテ公爵に頼み込んで連れてきてもらったのでしょう? その方が新しい婿候補かしら? 汚らしい泥ネズミみたいに、こんなところにまで来て男漁りだなんてよくやるわね。恥ずかしい」

 男漁り……。とんでもない言い方にエステルはかぁっと頬に血が上った。こんな各国の賓客が揃うような場で、男漁りと罵られるなんて……。
 酷い侮辱だし、何より一緒にいるクレトに失礼な話だ。これではクレトがエステルの男漁りの餌食となったようではないか。自分のことはどう言われようと構わない。でもクレトのことを貶めるような発言は許せない。

「……ごめんなさい、クレト…」

 自分のせいでクレトにまで恥をかかせた。エステルがクレトに頭を下げると、

「ちょいお嬢さん。その言い方は酷くはないかい?」

 カミロが見かねてベニタに声をかけてくれた。

「あなた、どなた? わたしはその子と話しているのよ。関係のない方は引っ込んでらして」

 ベニタがカミロにそう言い放つやいなや、周囲の人たちがざわっとどよめいた。周りを見ると、カミロに向かってなんてことを言うんだとその目が語っている。注意深く周囲の人々の様子を観察すると、エステルたちを遠巻きに見ているのは、何もベニタが暴言を浴びせてきたからだけではないことがなんとなくだがわかった。
 この距離の取り方はそうだ。自分よりも高貴な身分の者を遠巻きに眺めるような距離の取り方だ。クレトたちを見る賓客の視線は明らかにそれだった。

 一体クレト兄弟は何者なのだろう。バラカルド帝国の宮殿で行われるパーティーにおいてさえ、このような視線を向けられる存在……。

 しかしベニタはそんな視線にさえ気が付かず、カミロに食って掛かった。

「ああ、わかった。あなたもエステルに誘われたのかしら? その後ろの方もそうなの? 本当に節操がないのね、エステル。男性なら誰でもいいのかしら。そんなことだから王太子妃選にも落ちてしまうのよ!」

 かばってくれたカミロにまでベニタは暴言を吐く。カミロはお手上げだというように両手を挙げると、

「お嬢さん、誰に向かって物を言っているのかわかっているのかい?」

「誰って、そこの落ちぶれたエステルとそのエステルに誘われた馬鹿な紳士三人でしょう?」

「ベニタ」

 エステルは我慢できず、クレトの腕を離すとベニタの前まで歩み寄った。こんな場所で売られたけんかを買うべきではない。それはよくわかっている。でもあの王太子妃選落選の場でけんかを売られてから今まで、エステルは一度もきちんとベニタに向き合ってこなかった。
 これ以上、クレトとクレトの兄二人を貶めるようなことは何も言わせない。
 毅然と立ち向かうべき時は立ち向かう。自分の逃げ腰がこんな状況を招いたのだ。
 怒りと興奮と緊張と恐怖にエステルの足はがくがくと震えた。けんかの仕方はわからない。でも声を荒げるだけがけんかではない。この場をおさめ、これから登場する誕生パーティーの主役にも迷惑をかけないよう、言いたいことは言う。

「ベニタ……」

 静かに呼びかけると、ベニタは「な、なによ」と常にないエステルの様子に声を上ずらせた。
 気持ちを静め、大きく深呼吸すると腕を離したクレトがすっと戻ってきてエステルの腰に手を回した。

「こんな奴、相手にしなくともいいんだよ? 勝手に吠えさせておけばいいんだ」

「でも……」

「私たちのことを悪く言われたのを気にしているのだろう? けれど放っておけばいい。この場がどんな場かもわきまえず、大声で喚き散らすような相手だ。君が真剣に怒るような相手でもないよ」

「なっ、何よあなた。失礼ね。エステルに騙されたくせに」

 クレトの言葉にベニタがまた怒り出す。けれどクレトは冷静だった。

「失礼なのは君の方だろう? これ以上私のパートナーに難癖をつけないでいただきたい。君はエステルが誘っただの、男漁りだのと勝手なことを言っているが、エステルを欲しかったのは私の方だ。エステルを誘ったのは私の方なんだよ。だからそもそも君の言っていることは間違っている」

「そ、そんな子のどこがいいって言うのよ! 出来レースだった王太子妃選にも落ちるような馬鹿な子なのよ!」

「だからそこが間違っていると言っているのだ。エステルが落選するよう手を回したのは私だ。エステルのせいではない。こんなことを一々君などに説明する必要もないのだがね」

 あしらうように言われて、ベニタはかっとなってクレトに掴みかかった。

「あなた! 誰に向かってそんな口をきいているのかわかっているの? わたしはレウス王国の次期王太子妃よ! 控えなさい!」

「―――やめて!」

 エステルはクレトに掴みかかったベニタの手を引きはがし、クレトを守るように両腕で彼を囲った。これ以上は我慢できない。大切なクレトに掴みかかるなんて、どうあっても許せない。
 エステルはクレトに両腕で抱きついたままベニタに振り返った。

「わたしの大事なクレトに手を出さないで!」

「エステル! 誰に向かって口をきいているの! あなたとわたしではもう身分が違うのよ! あなたは一度平民に落ちた身。王族に歯向かうって言うの!」

「そんなの関係ないわ。身分がどうとか、そんなの全然関係ない。わたしの大事な人を傷つけないで!」

 そうエステルが言い放った時。

 ―――ソルの間にいた賓客たちが一斉に低頭した。

 







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

【完結】記憶にありませんが、責任は取りましょう

楽歩
恋愛
階段から落ちて三日後、アイラは目を覚ました。そして、自分の人生から十年分の記憶が消えていることを知らされる。 目の前で知らない男が号泣し、知らない子どもが「お母様!」としがみついてくる。 「状況を確認いたします。あなたは伯爵、こちらは私たちの息子。なお、私たちはまだ正式な夫婦ではない、という理解でよろしいですね?」 さらに残されていたのは鍵付き箱いっぱいの十年分の日記帳。中身は、乙女ゲームに転生したと信じ、攻略対象を順位付けして暴走していた“過去のアイラ”の黒歴史だった。 アイラは一冊の日記を最後の一行まで読み終えると、無言で日記を暖炉へ投げ入れる。 「これは、焼却処分が妥当ですわね」 だいぶ騒がしい人生の再スタートが今、始まる。

【完結】初恋相手に失恋したので社交から距離を置いて、慎ましく観察眼を磨いていたのですが

藍生蕗
恋愛
 子供の頃、一目惚れした相手から素気無い態度で振られてしまったリエラは、異性に好意を寄せる自信を無くしてしまっていた。  しかし貴族令嬢として十八歳は適齢期。  いつまでも家でくすぶっている妹へと、兄が持ち込んだお見合いに応じる事にした。しかしその相手には既に非公式ながらも恋人がいたようで、リエラは衆目の場で醜聞に巻き込まれてしまう。 ※ 本編は4万字くらいのお話です ※ 他のサイトでも公開してます ※ 女性の立場が弱い世界観です。苦手な方はご注意下さい。 ※ ご都合主義 ※ 性格の悪い腹黒王子が出ます(不快注意!) ※ 6/19 HOTランキング7位! 10位以内初めてなので嬉しいです、ありがとうございます。゚(゚´ω`゚)゚。  →同日2位! 書いてて良かった! ありがとうございます(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

処理中です...